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12歳
282 宴会
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その話は、突然舞い込んできた。
そろそろいい歳なので結婚しようと思う。
そんな内容の手紙が、エリックからヴィアン家宛に届いたのだ。そこからは怒涛の展開だった。
なぜかガッツポーズで喜ぶアロンに、頭を抱えるブルース兄様。「え! 結婚?」とごくごく普通の反応をするオーガス兄様に、「おめでたいですね」と返すニック。
反応は三者三様であった。
アロンが喜んでいる理由だけはよくわからない。だが彼はクソな性格なので、きっとクソみたいな理由で喜んでいるに違いなかった。
「なんだ、エリックと結婚するのか?」
エリックと? 誰が?
なぜか結婚相手は俺だと決めつけて絡んでくるユリスは、終始にやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。そんなユリスを見て、オーガス兄様が「そうなの!?」と盛大な悲鳴をあげた。違いますが?
俺はエリックとは結婚しない。
何度も説明するが、絶望顔のオーガス兄様の耳には届かなかったらしい。ちょっと殴り込んでくると物騒な言葉を残して、オーガス兄様は早々に王宮へと出かけて行った。
「兄上は、なんであんなに人の話を聞かないんだ」
「俺に言われても」
困った顔で見送ったブルース兄様は、やれやれと肩をすくめていた。王宮に到着すれば、エリックの結婚相手と顔を合わせることになる。そこでオーガス兄様は、相手が俺ではないときちんと理解してくれることだろう。
「俺は国境近くまで行ってくる」
「観光?」
「馬鹿」
俺を罵倒したブルース兄様は、国外の来賓を迎えに行った。
そんなこんなでバタバタとした日々も、本日の式をもって終了である。身内のみの無礼講な宴会は、なんかもうカオスであった。
「オーガスは? まだ結婚しないのか!」
「い、いや僕はまだ」
「私に遠慮する必要はないぞ? どれ、良さげな相手を数人見繕ってやろうか」
「お構いなく」
酔いのまわったらしいエリックに絡まれるオーガス兄様は、側から見ても嫌そうな顔をしていた。
目線で助けを求められたが、俺にできることはない。酔っ払いエリックにうざ絡みされるのはごめんである。
「おい、マーティー。なんか甘い物を持ってこい」
「自分で取りにいけよ」
「は? 下僕の分際で僕に口答えするとはいい度胸だな」
「だから! おまえの下僕になった覚えなんてない!」
マーティーを顎でこき使うユリスは、いつも通りである。そんな彼に、珍しくマーティーが言い返している。どうやらマジで成長したらしい。巻き込まれるのはごめんなので、そろそろと距離を取っておく。
「今日も可愛いわね、ルイス。お洋服を新調したかいがあったわ」
「ユリスと揃いにして正解だったね」
そうして軽食でもつまもうかと思っていたのだが、お母様に捕まってしまった。結婚式仕様の華やかな正装に身を包む俺を、お母様は可愛い可愛いと愛ではじめる。そこにお父様まで加わって、好き勝手に褒められる。
はいはいと適当に相槌を打って、にこにこしておく。誰か助けて。
そんな俺の願いが通じたのか。タイミングよくブルース兄様が顔を出す。
「父上、陛下がお呼びですよ」
「今忙しいんだけどね」
「俺には単にルイスを猫可愛がりしているだけのように見えるのですが」
「大事なことだろう?」
きっぱりと断言してみせたお父様に、ブルース兄様が言葉を失っている。ははっと笑ったお父様は、「冗談だよ」と真顔で宣言してから立ち上がった。どうみても冗談の顔ではない。
そうしてお母様と仲睦まじく腕を組んで、国王陛下のところへと向かったお父様の背中を見送って、ブルース兄様が天を仰ぐ。
「……疲れた」
心の底から吐き出されたであろう言葉に、同情する。
この一連の式において、一番苦労したのはブルース兄様で間違いない。
エリックは浮かれ気味でろくに準備を手伝わないし、オーガス兄様は抜けているから、度々やらかしてはブルース兄様が尻拭いに奔走していた。おまけに来賓の世話まで押し付けられて、連日馬を走らせていた。
「おつかれ」
労いの言葉をかけてあげると、先程までお父様が占領していた椅子に、どかりと腰を下ろして俯いてしまう。大変お疲れらしい。
「……これで兄上も結婚を決めてくれるといいのだが」
「キャンベルと結婚するんでしょ?」
「どうだか」
兄上の考えはよくわからない、と首を振るブルース兄様。
オーガス兄様は、あれから度々キャンベルと顔を合わせているらしいが、これといった進展はない。オーガス兄様もキャンベルも、どちらも奥手だから。話が一向に進まないのだ。
そうしてしばらくブルース兄様の愚痴に付き合っていると、げんなりとしたオーガス兄様が寄ってきた。
「なにあいつマジで。浮かれすぎだろ。僕に絡むなよ」
ぶつぶつとエリックの悪口を言ったオーガス兄様は、ブルース兄様の隣に腰を落ち着ける。
どうやら酔っ払いエリックから逃げてきたらしい。
エリックの結婚相手は、隣国の王女様らしい。隣国同士仲良くしましょう、という結婚。つまりは政略結婚だ。
けれども、王女様とエリックの仲は良好だ。幼い頃から親交があるらしく、ふたりはそれなりに幸せそうである。
「オーガス兄様。ブルース兄様に謝りなよ」
「え、なんで?」
ブルース兄様は、オーガス兄様の尻拭いで大変お疲れである。見てこの疲労具合と、項垂れるブルース兄様を示せば、オーガス兄様はあわわと顔色を悪くする。
「なんかごめん!」
「……いえ」
短く応答したブルース兄様は、それきり腕を組んで目を瞑ってしまう。
「寝たの?」
動かないブルース兄様の頭をペシペシしようとするが、オーガス兄様に「やめてあげて?」と止められてしまった。
「あ、そういえば」
俺の相手をしてくれないブルース兄様に背を向けて、美味しそうなお菓子が並んでいるテーブルに目をやる。けれども、オーガス兄様の呟きで、お菓子へと伸ばしていた手をぴたりと止めた。
「さっきティアン見たよ。なんか身長伸びてた。子供の成長ってはやいねぇ」
「え!」
ガバリとオーガス兄様を振り返る。
ティアン? 来てんの?
「どこ!」
「向こうの部屋。ほら、使用人たちが集まってるとこ。あそこに入っていくとこ見かけたよ」
なんだって。こうしちゃいられない。急いで部屋を飛び出る。
俺たちはこの広間で宴会をやっているが、同時に使用人を労うために、向こうの部屋でも使用人のための小さな宴会をやっていると聞いていた。ジャンやロニーたちもそちらに顔を出しているはずだ。
主人の居ないところで羽を伸ばさせてやるのが目的だから、くれぐれもそちらの部屋には顔を出すなとブルース兄様から言われている。
しかし、ティアンがいるとなれば居ても立っても居られない。もうちょっとはやく教えてくれればいいのに。
そうして、ひとり廊下に飛び出た俺は、きょろきょろと周囲を見渡す。確か、あっちの方だった気がする。記憶を頼りに長い廊下を早足に進む。
人気のない廊下は、なんだか静まり返っていた。
「ルイス様」
そんな時である。前方から歩いてきたのは、ティアンの父親であるクレイグ団長だ。
「団長! ティアンどこ」
一瞬だけ、ハッとした表情になった団長は、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げてしまう。
「倅であれば、先程帰りましたが」
「え」
ピシッと固まる俺に、クレイグ団長は困ったように頬を掻く。どうやら学園までが遠いという理由で、はやめに切り上げて帰ってしまったらしい。ここにやって来たのも式が始まる直前だという。滞在時間がすごく短い。
たぶんエリック殿下の結婚式という重要な国家行事だからさらっと顔だけ出しにやって来たのだろう。それにしても、もうちょっとなんとかならなかったのか。
「なんで? 俺は? ちょっとくらい会っていってもよくない?」
「申し訳ありません」
「なんだあいつ」
思えば、前回学園で会った時にも、卒業までは俺と会わないという変な宣言をされていた。もしかして、その宣言を忠実に守っているのか?
「意味わかんない」
一転してむしゃくしゃした気分になり、拳を握りしめる。
「ティアンめ!」
全力で飛び跳ねて苛々を発散するが、しばらく治まりそうにない。マジでなんだあいつ! ふざけるな!
「もう!」
ジタバタする俺を、クレイグ団長が困ったように見守っていた。
そろそろいい歳なので結婚しようと思う。
そんな内容の手紙が、エリックからヴィアン家宛に届いたのだ。そこからは怒涛の展開だった。
なぜかガッツポーズで喜ぶアロンに、頭を抱えるブルース兄様。「え! 結婚?」とごくごく普通の反応をするオーガス兄様に、「おめでたいですね」と返すニック。
反応は三者三様であった。
アロンが喜んでいる理由だけはよくわからない。だが彼はクソな性格なので、きっとクソみたいな理由で喜んでいるに違いなかった。
「なんだ、エリックと結婚するのか?」
エリックと? 誰が?
なぜか結婚相手は俺だと決めつけて絡んでくるユリスは、終始にやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。そんなユリスを見て、オーガス兄様が「そうなの!?」と盛大な悲鳴をあげた。違いますが?
俺はエリックとは結婚しない。
何度も説明するが、絶望顔のオーガス兄様の耳には届かなかったらしい。ちょっと殴り込んでくると物騒な言葉を残して、オーガス兄様は早々に王宮へと出かけて行った。
「兄上は、なんであんなに人の話を聞かないんだ」
「俺に言われても」
困った顔で見送ったブルース兄様は、やれやれと肩をすくめていた。王宮に到着すれば、エリックの結婚相手と顔を合わせることになる。そこでオーガス兄様は、相手が俺ではないときちんと理解してくれることだろう。
「俺は国境近くまで行ってくる」
「観光?」
「馬鹿」
俺を罵倒したブルース兄様は、国外の来賓を迎えに行った。
そんなこんなでバタバタとした日々も、本日の式をもって終了である。身内のみの無礼講な宴会は、なんかもうカオスであった。
「オーガスは? まだ結婚しないのか!」
「い、いや僕はまだ」
「私に遠慮する必要はないぞ? どれ、良さげな相手を数人見繕ってやろうか」
「お構いなく」
酔いのまわったらしいエリックに絡まれるオーガス兄様は、側から見ても嫌そうな顔をしていた。
目線で助けを求められたが、俺にできることはない。酔っ払いエリックにうざ絡みされるのはごめんである。
「おい、マーティー。なんか甘い物を持ってこい」
「自分で取りにいけよ」
「は? 下僕の分際で僕に口答えするとはいい度胸だな」
「だから! おまえの下僕になった覚えなんてない!」
マーティーを顎でこき使うユリスは、いつも通りである。そんな彼に、珍しくマーティーが言い返している。どうやらマジで成長したらしい。巻き込まれるのはごめんなので、そろそろと距離を取っておく。
「今日も可愛いわね、ルイス。お洋服を新調したかいがあったわ」
「ユリスと揃いにして正解だったね」
そうして軽食でもつまもうかと思っていたのだが、お母様に捕まってしまった。結婚式仕様の華やかな正装に身を包む俺を、お母様は可愛い可愛いと愛ではじめる。そこにお父様まで加わって、好き勝手に褒められる。
はいはいと適当に相槌を打って、にこにこしておく。誰か助けて。
そんな俺の願いが通じたのか。タイミングよくブルース兄様が顔を出す。
「父上、陛下がお呼びですよ」
「今忙しいんだけどね」
「俺には単にルイスを猫可愛がりしているだけのように見えるのですが」
「大事なことだろう?」
きっぱりと断言してみせたお父様に、ブルース兄様が言葉を失っている。ははっと笑ったお父様は、「冗談だよ」と真顔で宣言してから立ち上がった。どうみても冗談の顔ではない。
そうしてお母様と仲睦まじく腕を組んで、国王陛下のところへと向かったお父様の背中を見送って、ブルース兄様が天を仰ぐ。
「……疲れた」
心の底から吐き出されたであろう言葉に、同情する。
この一連の式において、一番苦労したのはブルース兄様で間違いない。
エリックは浮かれ気味でろくに準備を手伝わないし、オーガス兄様は抜けているから、度々やらかしてはブルース兄様が尻拭いに奔走していた。おまけに来賓の世話まで押し付けられて、連日馬を走らせていた。
「おつかれ」
労いの言葉をかけてあげると、先程までお父様が占領していた椅子に、どかりと腰を下ろして俯いてしまう。大変お疲れらしい。
「……これで兄上も結婚を決めてくれるといいのだが」
「キャンベルと結婚するんでしょ?」
「どうだか」
兄上の考えはよくわからない、と首を振るブルース兄様。
オーガス兄様は、あれから度々キャンベルと顔を合わせているらしいが、これといった進展はない。オーガス兄様もキャンベルも、どちらも奥手だから。話が一向に進まないのだ。
そうしてしばらくブルース兄様の愚痴に付き合っていると、げんなりとしたオーガス兄様が寄ってきた。
「なにあいつマジで。浮かれすぎだろ。僕に絡むなよ」
ぶつぶつとエリックの悪口を言ったオーガス兄様は、ブルース兄様の隣に腰を落ち着ける。
どうやら酔っ払いエリックから逃げてきたらしい。
エリックの結婚相手は、隣国の王女様らしい。隣国同士仲良くしましょう、という結婚。つまりは政略結婚だ。
けれども、王女様とエリックの仲は良好だ。幼い頃から親交があるらしく、ふたりはそれなりに幸せそうである。
「オーガス兄様。ブルース兄様に謝りなよ」
「え、なんで?」
ブルース兄様は、オーガス兄様の尻拭いで大変お疲れである。見てこの疲労具合と、項垂れるブルース兄様を示せば、オーガス兄様はあわわと顔色を悪くする。
「なんかごめん!」
「……いえ」
短く応答したブルース兄様は、それきり腕を組んで目を瞑ってしまう。
「寝たの?」
動かないブルース兄様の頭をペシペシしようとするが、オーガス兄様に「やめてあげて?」と止められてしまった。
「あ、そういえば」
俺の相手をしてくれないブルース兄様に背を向けて、美味しそうなお菓子が並んでいるテーブルに目をやる。けれども、オーガス兄様の呟きで、お菓子へと伸ばしていた手をぴたりと止めた。
「さっきティアン見たよ。なんか身長伸びてた。子供の成長ってはやいねぇ」
「え!」
ガバリとオーガス兄様を振り返る。
ティアン? 来てんの?
「どこ!」
「向こうの部屋。ほら、使用人たちが集まってるとこ。あそこに入っていくとこ見かけたよ」
なんだって。こうしちゃいられない。急いで部屋を飛び出る。
俺たちはこの広間で宴会をやっているが、同時に使用人を労うために、向こうの部屋でも使用人のための小さな宴会をやっていると聞いていた。ジャンやロニーたちもそちらに顔を出しているはずだ。
主人の居ないところで羽を伸ばさせてやるのが目的だから、くれぐれもそちらの部屋には顔を出すなとブルース兄様から言われている。
しかし、ティアンがいるとなれば居ても立っても居られない。もうちょっとはやく教えてくれればいいのに。
そうして、ひとり廊下に飛び出た俺は、きょろきょろと周囲を見渡す。確か、あっちの方だった気がする。記憶を頼りに長い廊下を早足に進む。
人気のない廊下は、なんだか静まり返っていた。
「ルイス様」
そんな時である。前方から歩いてきたのは、ティアンの父親であるクレイグ団長だ。
「団長! ティアンどこ」
一瞬だけ、ハッとした表情になった団長は、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げてしまう。
「倅であれば、先程帰りましたが」
「え」
ピシッと固まる俺に、クレイグ団長は困ったように頬を掻く。どうやら学園までが遠いという理由で、はやめに切り上げて帰ってしまったらしい。ここにやって来たのも式が始まる直前だという。滞在時間がすごく短い。
たぶんエリック殿下の結婚式という重要な国家行事だからさらっと顔だけ出しにやって来たのだろう。それにしても、もうちょっとなんとかならなかったのか。
「なんで? 俺は? ちょっとくらい会っていってもよくない?」
「申し訳ありません」
「なんだあいつ」
思えば、前回学園で会った時にも、卒業までは俺と会わないという変な宣言をされていた。もしかして、その宣言を忠実に守っているのか?
「意味わかんない」
一転してむしゃくしゃした気分になり、拳を握りしめる。
「ティアンめ!」
全力で飛び跳ねて苛々を発散するが、しばらく治まりそうにない。マジでなんだあいつ! ふざけるな!
「もう!」
ジタバタする俺を、クレイグ団長が困ったように見守っていた。
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