冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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11歳

272 楽しい時間

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「あらユリス、ルイス。ふたりとも今日も可愛いわね」

 胸の前で両手を合わせて、にこにこするお母様は、本日も楽しそうであった。突然の訪問であったのだが、快く迎え入れてくれる。

 お母様に遠慮してか、ロニーたちは廊下で待機している。

「ティアンに会ってきた。ティアン楽しそうだった」
「あらまあ」

 微笑みながら俺の話を聞いてくれるお母様は、お茶菓子を用意してくれる。「ブルースには内緒よ?」と、悪戯っぽくウインクをしてくるお母様は、最高である。

 ユリスと並んで、早速お菓子を堪能する。お母様を前にすると、ユリスは比較的大人しくなる。この激ヤバユリスにも、親を敬うという考えが備わっているらしい。兄様たちのことは全く敬っていないのに。そういえばユリスは、兄様たちのことを呼び捨てにしている。たまにブルース兄様が、兄と呼べと文句を言っているが、ユリスはそれをガン無視している状態だ。

「ユリスは? ティアンと会えて楽しかったのかしら?」
「まぁ、それなりに」

 ティーカップを傾けるユリスは、口数少なめに応じている。ティアンとユリスは、そんなに会話していない。なんだか微妙な距離感のふたりは、俺を介してやり取りすることが多かった。

 ユリスはどちらかといえば、ラッセルと会えたことの方が嬉しかったみたいだ。オーガス兄様を揶揄うネタを手に入れたと満足気であった。

「あ。でも帰りは大変、なにすんだ」

 帰り道、ユリスがすごく不機嫌になってアロンと一悶着あったことを教えてやろうと思ったのだが、邪魔が入った。どうやらその件は、お母様には秘密にしておきたいらしいユリスが、テーブルの下で俺の足をこっそりと踏んでくる。すかさず抗議をしたのだが、「黙っておけ」と逆にこちらを脅迫してくる。

 お母様の前では、良い子を演じたいようだ。意外と可愛いところもあるんだな。

 今回は黙っておいてやろう。にやにやしていれば、ユリスに睨まれてしまった。

 俺らからのお土産を受け取ったお母様は、大袈裟なくらいに喜んでくれた。「こんなに立派に成長して」と涙ぐむお母様に、すかさずメイドさんがハンカチを差し出している。そのメイドさんは、先程まで俺らの中で話題になっていたセドリックのお姉ちゃんである。

 お土産渡したくらいで感激するお母様と、淡々と対処するメイドさんを見比べる。

 お母様が喜んでくれるのは嬉しい限りであるが、喜び過ぎである。なんか、みんなと同じ適当なお菓子を渡したことが恥ずかしく思えてしまう。

 こんなに喜んでくれるのならば、もっとちゃんとしたお土産を用意してくればよかった。居心地が悪くなって、身を捩る。

「セドリックのお姉さん?」

 このままでは、再びお母様による猫可愛がりが始まってしまう。お土産も渡したし、ただいまの挨拶も済ませた。

 話題を逸らそうと、傍に佇むメイドさんへと目をやった。

「はい。弟がいつもお世話になっております」

 キリッとお辞儀したメイドさんは、多くは語らない。表情の動かない様が、弟のセドリックにそっくりだ。

「そういえば、セドリックは副団長に戻ったそうね。オーガスにも困ったものねぇ。普段は気が弱いのに、変なところで大胆ね」

 お母様はこうして時折、すでに終わった件について唐突に引っ張り出しては、上の兄達を揶揄ってにこにこしている。

 お母様いわく、オーガス兄様は気の弱い子で、ブルース兄様はちょっと乱暴な子らしい。

 可愛いもの好きの彼女からすれば、すっかり成長した上ふたりよりも、俺らに構う方が楽しいのだろう。「男の子って嫌ねぇ。すぐに恥ずかしがって母親と遊んでくれなくなるのよ」とは、お母様の口癖である。

 それを小さい頃から散々聞かされ続けていたからだろうか。ユリスは今のところ、両親に対しては比較的素直である。

 その後も、たまにブルース兄様への揶揄いの言葉を口にしながら、お母様は楽しそうに頬を緩めていた。

 お母様に可愛い可愛いと連呼されて、ちょっとだけ唇を尖らせるユリス。しかし、満更でもなさそうな彼は、珍しくお母様との時間を楽しんでいるようであった。
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