冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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11歳

267 心配ではある

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「クレイグ団長とアロンが喧嘩するから。すごく大変だった」
「喧嘩というか、アロン殿が一方的に絡みに行っていただけでは?」

 帰宅後。
 どうだった? とブルース兄様に問われたので、俺がいかに大人ふたりの仲裁に苦労したのかを語ってやれば、兄様が口元を引き攣らせる。

 タイラーは全面的に団長の味方をしている。悪いのはアロンだとずっと主張している。

 すごく疲れた。

 帰り道も長かった。まず、アロンの実家を離れるのに苦労した。アロンの妹であるアリアが、中々俺たちを帰してくれなかったのだ。「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」と拗ねてしまうアリアの相手は大変だった。

 彼女としては、俺とユリスを彼女の父親であるミュンスト家伯爵に紹介したかったらしい。けれども伯爵はお忙しい人らしく、屋敷に戻ってくるまでまだ時間があった。

 アロンの父親に興味はあった。けれども伯爵の帰宅は三、四日後になると聞いて諦めた。流石にそんなに滞在期間を伸ばすわけにはいかない。俺は暇だが、クレイグ団長は仕事がある。早く屋敷に戻らないと、ブルース兄様が困ってしまうからな。

 なんとかアリアを説得して馬車に乗り込んだのだが、今度はユリスが不機嫌になってしまった。馬車での長距離移動が気に食わないらしい。今更そんなこと言われても。馬車がないと帰宅できないだろ。行きはそれなりに楽しそうだったのに、帰りはずっと苛々しているようだった。ユリスと一緒に馬車に押し込められた俺は、すごく大変だった。

 何度も何度も停車を要求するユリスは、はっきり言って面倒だった。少し進んでは、すぐに休憩を挟むという無茶苦茶な流れに、今度はアロンが不機嫌となる。間に挟まれていたロニーが可哀想だった。

 というわけで、めっちゃ疲れた。すごく気疲れした。

 帰宅と共に、自室に引きこもったユリスを追いかける元気もない。

 時刻は夕飯前であるが、あの様子だとユリスは出てこないだろう。俺も疲れたし。出迎えてくれたブルース兄様は、みんなに声をかけて気遣っている。

 ぐったりする俺の背中を、ロニーが支えてくれる。彼も、アロンの相手で疲れているはずなのに。

「すごく疲れた」

 ぺたんと玄関先に座り込めば、「おい」とブルース兄様が睨んでくる。疲れている弟には、もっと優しくしろ。

「休むなら部屋に戻ってからにしろ」

 そう言うなり、俺の両脇に手を突っ込んで立たせようとしてくる。従うのも癪なので、ぐだっと力を抜いて抵抗しておく。

「おい、立て」
「疲れたぁ! 俺が全員の面倒見てたんだぞ。ユリスはずっと機嫌悪いし、アロンもだし。クレイグ団長もアロンと喧嘩するし」
「はいはい。ご苦労だったな」

 たいしてご苦労とは思っていないブルース兄様は、力ずくで俺を立たせてくる。仕方なく己の足で立った俺は、欠伸をもらす。

「団長。アロンと喧嘩したらダメだよ」
「喧嘩というわけでは」

 眉を寄せるクレイグ団長は、いまだにアロンを睨み付けている。そうだな。ふたりの争いは、アロンが原因だな。

 悪びれないアロンは、きょとんとしている。この状況で被害者面できるのは、ある意味すごい。

 重い足を引きずって、ようやく部屋に転がり込む。本当ならベッドにダイブしたいのだが、ジャンが許してくれない。せめて寝巻きに着替えてくれと懇願してくる。

 そうしてようやくベッドに潜り込むことのできた俺は、深い眠りに落ちた。


※※※


 翌朝。
 一晩寝て元気を取り戻した俺は、朝からブルース兄様の部屋に突撃していた。お預けしていた白猫を引き取りに来たのだ。

「エリスちゃん!」

 ドアの外から大声で名前を呼べば、中からにゃあにゃあと威勢の良い声が返ってくる。それと同時に、苦い顔をしたブルース兄様が顔を覗かせた。

「なんだ、朝っぱらから」
「猫をとりにきた」
「あー、勝手に持っていけ」

 言われなくとも、そのつもりである。

「お世話ありがとう」
「あぁ」

 ぺこりと頭を下げてお礼を言って、受け取った猫の頭をなでなでしておく。

 寝起きらしいブルース兄様は、ちょっと眠そうであった。

「あのね、ティアンに会ってきたよ」
「……そうか」

 昨日は疲れていたから、長旅のお土産話をする暇もなかった。猫をぎゅっと抱きしめて「ティアン、制服あんまり似合ってなかった」と報告しておく。

 はぁっと大きくため息をついた兄様は、ドアを開け放って中に招いてくれる。遠慮なくソファーを占領すれば、兄様が向かいに腰掛けた。偉そうに足を組んで、ブルース兄様にしては珍しくだらしのない姿勢である。

「ティアンは、楽しそうだったか」
「うん」
「そうか」

 少しの時間しか会話できなかったが、ティアンは楽しそうであった。卒業まで帰ってくるつもりはないと言い張っていたし。多分、学園生活が楽しくて仕方がないのだろう。

「俺、ティアンに忘れられたらどうしよう」
「そんなこと」

 あるわけないだろ、と無責任に言い放つ兄様はわかっていない。ティアンは俺しか友達がいなかったから、毎日遊んでくれていたのだ。それが、学園には同い年の子がたくさんいる。

 俺よりも仲良くしたいと思う友達を、ティアンが見つけてしまったらどうしよう。友達できたと得意気に語ったティアンをみて、俺はちょっとだけ嫌だなと思ってしまった。

「ティアンは冷たい奴だから」
「そうか?」

 小首を傾げる兄様は、あまり納得していないようであった。ティアンは結構冷たいところがある。俺が帰ってこいと言っても、嫌とか言うし。制服姿のティアンは、やっぱりなんだか知らない人のような感じがしたし。

 朝っぱらから、憂うつな気分である。
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