冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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11歳

266 さようなら

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 くすくす笑うティアンは、「すみません」と小声で謝ってから、再び笑い始めてしまう。その見慣れた明るい表情に、ようやく肩の力が抜けた気がする。

「いえ、あの。ルイス様に気を遣われる日がくるなんて」
「俺だって気遣いくらいするけど」

 唇を尖らせつつも、俺は内心でホッとしていた。いつものティアンである。少し会っていないだけで、なんだかティアンが一瞬、遠い存在に思えてしまった。けれども、ティアンはなんにも変わっていない。俺も変わっていない。

 切り出し方がわかれば、あとは普段通りだった。

「学校楽しい? 俺がいないと毎日が楽しくないだろ」
「そんなこと。相変わらず自己評価高くて安心しました」

 ソファーに並んで座って、足をぶらぶらさせておく。ユリスは興味ないようで、少し離れたテーブルに腰掛けている。タイラーたちも、ユリスの方へと行ってしまう。

「噴水見ました? ルイス様なら絶対に気に入ると思ったんですけど」
「見たよ。大きかった。もう泳いだ?」
「泳ぎませんよ。ルイス様じゃないんですから」
「友達できたか?」
「できましたよ。僕、性格いいので」
「そうだっけ?」

 だらだらと、たいして意味のない会話を交わす時間が楽しくてたまらない。ユリスは俺とは遊んでくれないし、マーティーも最近では顔を合わせる機会がまったくない。たまにデニスが屋敷に遊びに来るけれども、彼はユリス目当てなので俺とは遊んでくれない。

 歳が近くて俺とも遊んでくれるティアンは、結構貴重な存在だったのかもしれないと、今更になって気づいてしまう。

「……帰ってこないの? 夏休みとか冬休みとかないの」
「長期休暇はありますけど。すみません。もう決めたことなので」

 申し訳なさそうに目を伏せるティアンは、本当に卒業まで帰ってこないつもりらしい。確かに遠かったが、俺とユリスでもやって来られた距離である。帰るのが不可能というわけでもないのに、ティアンは頑なだった。その折れない態度に、ちょっとだけ、いや。かなりもやもやしてしまうが、どうしようもない。

「そうか」
「はい。すみません」

 きっとティアンには、ティアンなりの考えがあるのだろうと無理矢理に納得しようとしてみるが、やはり無理である。本当なら、帰ってこいと大声で騒いでやりたいくらいなのだが、そんなことをしてもティアンは考えを変えてはくれないと思う。変なところで真面目だから。

 だったら、大騒ぎして変な空気にするよりかは、納得いかないけれども無理矢理に納得しておこうと思う。

「猫、ちょっと大きくなったよ」
「よかったですね」
「ティアンは大きくなってないな」
「これから身長伸びるので!」

 ふんっと胸を張るティアンは、もう十三歳である。まだまだ幼い顔立ちだが、四年後にはちゃんと大人っぽくなっているのだろうか。

「卒業したら、真っ先にルイス様に報告に行きますから」
「うん」
「僕がいない間、お勉強サボったらダメですよ」
「うん」
「乗馬も。ちゃんと練習してください。あんまり僕の父上を困らせないで」
「うん」
「ユリス様とも仲良くするんですよ」
「うん」

 その後も、ティアンはつらつらと俺に対して小言のような助言のような、よくわからない言葉を投げかけてくる。それに適当に相槌を打ちながら、俺はティアンの横顔をちらちらと視界に入れていた。

 次に会うのは本当に卒業してからですよ。ティアンが言う。

 何度も言うが、四年は長いよ。ティアンは長いとは思わないのかな。俺にとってはすごく長いよ。

「もういいか? おまえらのくだらん話、さすがに飽きたんだが」
「またそういうこと言って。空気読んでくださいよ、ユリス様」

 突然立ち上がったユリスが、偉そうに腕を組んでいる。慌てた様子のタイラーが「お気になさらず」と言ってくるが、ユリスがマジで飽きているらしいのは明白だった。ティアンも時間を確認して、「あ、そろそろ行かないと」と腰をあげる。

 忘れ物だという書類を渡して、目的は達成である。

「ごめんね。オーガス兄様が間抜けなばかりに」
「いえいえ。正直、僕もオーガス様に預けていたことを失念していたので」

 受け取った書類を眺めるティアンは、満足そうな表情だった。

「じゃあ、またね」
「はい。ルイス様」

 まだ授業が残っているからと駆け足気味に戻るティアンの背中は、やっぱりなんか見慣れないような気がした。


※※※


「ティアンって、制服あんまり似合ってないですよね」

 唐突に現れて、そんな悪口めいたことを吐いたアロンは、ガシガシと乱暴に頭を掻いていた。今までどこに居たのか。そのクソ失礼な発言に、タイラーが首を捻る。

「似合っていないというより、サイズがちょっとあってないですよね。成長を見越して大きめに?」
「成長するんすかね、想像できないなぁ」
「四年もあれば成長するでしょうよ」

 適当にあしらうタイラーは、軽く肩をすくめると会話を打ち切ってしまう。すると、まだこの件で言いたいことのあるらしいアロンは、ティアンの父親であるクレイグ団長へと向き直る。

「団長。なにも今から成長見越してサイズ大きめにしなくとも。成長してから新調してやりゃあいいのに。ジャネック家ってそんなに金欠でしたっけ? あ、お飾りの成り上がり当主のせいで没落の一途を辿っているとか?」
「ここぞとばかりに言いますね」

 露骨に引いてしまうタイラーは、そろそろと団長から距離を取る。

 案の定、眉間に皺を寄せた団長は、アロンのことを鋭く睨みつけている。アロンのいうお飾りの成り上がり当主とは、目の前にいるクレイグ団長のことだ。

 団長は、元々ジャネック伯爵家の生まれではないことを全力で揶揄っているらしい。本人目の前にして、ここまで明確に敵意をぶつけることができるのは、ある意味すごいな。さすがクソ野郎。

「子供の成長ははやいからな。なにも問題はない」
「団長もガタイだけは良いですもんね。でも体だけデカくても、肝心なのは中身ですからね。ジャネック伯爵家が今代で終わらないことを陰ながら祈ってますよ」

 すげぇよ、アロン。ここまでくれば、もはや尊敬に値する。タイラーやロニーが必死に団長から目を逸らす中で、アロンはただひとり、団長と真正面から睨み合っている。

 なんだこの時間。

 しかし、この剣呑な雰囲気をお気に召したらしいユリスが、にやにや顔で団長のまわりをうろうろしている。相変わらず揉め事大好きの嫌なお子様である。普段は座ったままで、立ち上がるのさえ面倒くさそうな顔をするくせに。

 しかし、そんなユリスの鬱陶しい行動に、団長がわざとらしい咳払いをしたことで、争いは一旦中断へと持ち込まれた。

 クレイグ団長は、良識のある大人だからな。目に見えて残念そうな顔をするユリスは、「僕のことは気にせず続けてくれ」と無茶を言っている。

「アロン。なんで勝手にいなくなるの」

 このままアロンと団長のバトルが再開されても困る。話を逸らそうと、アロンに寄っていけば「いなくなったのはルイス様の方でしょ」と文句を言われてしまった。そうだっけ?

 どうやらアロンは、知り合いに声をかけられた後、しばらくしてから俺たちが居なくなっていることに気がついたらしい。しかし、ティアンとの待ち合わせがあることを知っていた彼は、わざわざ俺らを探しに行かなくとも、この部屋に来れば合流できると考えたそうだ。

 そういうわけで、時間まで好き勝手に自由時間を満喫していたらしい。勝手に自由時間を作るなとタイラーが眉を吊り上げている。

 タイラーにとっては、アロンも先輩であるはずなのに、扱い方がなんだか雑である。しかしアロンの言動は無責任だからな。しっかり者のロニーと違い、アロンの言葉はいまいち信用できないところがある。それゆえに、アロンはいろんな人からの扱いが雑である。後輩に注意されている場面も多々目撃されている。

「そろそろ帰りましょうよ」

 疲れたとこぼすアロンは、たいした仕事をしていないはずである。

「ルイス様も帰りたいですよね?」

 なぜか俺を巻き込んでくるアロンは、そそくさと帰宅の準備を進めている。ティアンに会えて、忘れ物も渡した今、学園に用はない。

 しかし、だ。

「帰る時にさ、噴水見て行こうよ」
「またですか? さっき見たでしょ」
「タイラー! 噴水は何回見てもいいものだから!」

 渋るタイラーは放置して、ロニーの手を取る。ついでにぼけっとしていたジャンにも声をかけて、俺たちは学園を後にした。
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