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11歳

264 忖度お兄さん

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 噴水に行くと主張すれば、ラッセルは即座に了承してくれる。渋るユリスも、ひとりになりたくはないらしく嫌々ついてくる。

 季節は秋。

 まだちょっと暖かい気もするし、少しくらいは遊べる気がする。

「噴水で遊ぼうね」
「はい!」

 二つ返事で頷いたラッセルは、いい人だ。さすが忖度お兄さん。

 わくわくと噴水に向かう。うちにあるものにも負けないくらい大きな噴水を目に入れた瞬間、勢いよく駆け出す。

 慌てたラッセルが、ユリスのことも気にしながら追いかけてくる。どうやら目を離すと、ユリスが迷子になると思っているらしい。ユリスは十一歳だからな。迷子になる可能性が高いと思う。俺は大人なのでお気になさらず。ひとりでも大丈夫。

「噴水!」

 早速遊ぶぞとラッセルを振り返ったその時である。

「ルイス様!」

 背後からがっちりと肩を掴まれて、マジでびっくりした。見上げると、安堵した表情のタイラーがいた。

「タイラー。なにしてるんだ」
「なにって、こっちのセリフですよ。なんで迷子になるんですか」
「迷子はタイラーの方だろ」
「違います」

 きっぱり否定してくるタイラーは、俺の肩を掴んだまま放してくれる気配がない。なんのつもりだ。

「まさか本当に来るとは」

 ぶつぶつ呟くタイラーは、ユリスのことも確認してからため息を吐く。その後ろから顔を見せたロニーも、安堵の表情であった。

「ロニー!」

 素敵長髪男子くんに手を伸ばせば、ようやくタイラーが俺を解放してくれる。そのまま彼は、ユリスの方へと向かっていく。

「ロニー。大丈夫? 迷子になって泣いてない?」
「もしかして私が迷子になったことになってます? 大丈夫ですよ。ルイス様こそ、ご無事で安心致しました」

 へへっと笑って、ロニーと手を繋ぐ。嬉しさに手をぶんぶんと振れば、ロニーは苦笑しつつも付き合ってくれる。

「ラッセルと一緒だったから大丈夫だよ」

 目に見えてホッとしているラッセルを示せば、タイラーが眉を寄せる。「また知らない人に絡みに行って」と苦い顔をするタイラーは、ラッセルにお礼を言っている。

 その白い騎士服を確認したタイラーは、すぐに目を丸くしている。

「え、待ってください。ラッセル殿ってもしかして、あの裏で媚び売りまくって、じゃないや。えっと、あの。あのラッセル殿ですか!」

 どのラッセルだよ。
 というか、裏で媚び売りまくってるって言った? どんな認識の仕方だよ。

 これは流石にラッセルが怒るのでは、とおそるおそるイケメン忖度お兄さんの顔を窺えば、彼は照れたように頭を掻いていた。

「あ、いえ。お恥ずかしい」

 認めるのかよ。

 てれてれと頬を掻くラッセルは、心なしか嬉しそうにしていた。今のどこに喜ぶ要素があったのか。媚び売りまくってるって悪口だろ。

 やっぱり、ラッセルは変なお兄さんだ。

 警戒しておこうと、ロニーの手をぎゅっと握れば、ロニーも握り返してくれる。

「ロニーは? ラッセルのこと知ってるの?」
「有名な方ですよね。第一部隊の隊長さんですよ」
「あの人、忖度してるの?」
「そうですね。そういう話をよく耳にしますね」

 マジかよ。

 どうやらラッセルは、この国で広く忖度お兄さんとして知られているらしい。どんなお兄さんだよ。

 じりじりと距離を取れば、ユリスが寄ってくる。

「あいつは誰彼構わず媚びているらしいな」
「みたいだね」
「じゃあやはり、オーガスの友達というのも嘘だろ。オーガス相手に媚びても意味ないのにな」
「そうだね。オーガス兄様は忖度って気付いてないもんね」

 オーガス兄様は、純粋にラッセルのことを友達として見ていた。気を遣われているなんて、これっぽっちも考えていない。

 どうしてもオーガス兄様とラッセルが友達だとは認めたくないらしいユリスは、勝ち誇った顔をしていた。嫌な弟である。

「ロニーは、俺に忖度してる?」

 ちょっと不安になって見上げれば、目を丸くするロニーがいた。ロニーは優しいから、俺と一緒に遊んでくれるけど。その実、内心では面倒だと思われていたらどうしよう。

 おずおずと返答を待っていれば、ロニーが屈んで目線を合わせてくれる。

「私はルイス様とご一緒できて、毎日楽しいですよ」
「ほんと?」
「はい!」

 それならよかった。にこにこして、ロニーの腕を掴んでおく。長髪男子くんは、やっぱり優しいな。
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