冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
269 / 656
11歳

257 伯爵家

しおりを挟む
「お久しぶりです! ユリス様? ん、ルイス様でしたっけ?」
「……誰?」
「え」

 大袈裟に目を丸くした彼女は、けれどもすぐに笑顔を戻すと「私ですよ、私」と、己の顔を指さしてみせた。明朗な雰囲気で、記憶にあるようなないような。

 朝食後、なんとなくだらだらしていた俺らのもとに突入してきた女性は、赤みがかった髪で、なんだかすごく見覚えがあった。

 俺の中にひとつの可能性が浮かぶが、果たして正解なのか。

「もしかして、アリア?」
「正解でーす。もしかしなくともアリアお姉さんです」

 にこっと笑ったアリアは、どこからどう見ても貴族のお嬢様だった。黙っていれば、お上品なお姫様である。記憶の中のアリアは、お兄さんっぽい格好をしていたため、ちょっと一瞬本気で誰だかわからなかった。服装が変わると印象もガラリと変わるな。

「なんでそんな格好してるの」
「なんでって。ユリス様、ルイス様? が来るって聞いて。頑張ってオシャレしてみました!」

 どうです? と、その場でくるりとまわってみせたアリアは、上機嫌であった。

「似合うね。お姉さんみたい」
「みたいじゃなくて。正真正銘のお姉さんなんですけどね」

 からりと笑ったアリアは、「でも堅苦しいのって苦手で」と、はやくも着替えたいとこぼしている。

「あのね。俺はルイス。あっちがユリス」

 先程から、俺たちの名前をあやふやに呼んでいるアリアに、改めて自己紹介しておく。ふむふむと耳を傾けていたアリアは、「それで?」と身を乗り出す。

「うちの兄さんと結婚するのはどっちですか?」
「ユリスだよ」
「おい」

 反射的にユリスを差し出せば、今まで黙っていたユリスが低い声を発した。そんなに怒らんでも。


※※※


 本日は、午後からティアンに会いに行く予定である。

 アロンによると、学園に居るはずなのでそこに乗り込むらしい。果たしてアロン情報をどこまで信用していいものか。というより、わざわざ学園に乗り込まずとも、ティアンをここに呼び出せば済む話のような気もする。せめてどこかで待ち合わせくらいした方が良い。しかしアロンは、ティアンとの連絡の取り方がわからないとか適当言っている。絶対に嘘だ。

 けれどもクレイグ団長が異議を唱えないので、おそらく大丈夫ではあるのだろうが。

「おまえに学園を見せたいんだろ」
「なんで?」

 わかったような口を利くユリスは、どうやら出発前にブルース兄様とクレイグ団長が話し合っている場面を目撃したらしい。

「おまえが全く勉強しないから。学園を見せれば少しはやる気を出すかもしれないと」
「なんでだよ」

 勉強のやる気がないのはユリスも一緒だろ。カル先生が困っているぞ。

 学園にお邪魔するまでは、まだ時間がある。それまでは、ここでゆっくりする。昨日の長旅で疲れているらしく、ユリスは椅子に座ったまま動く気配がない。しかしユリスが動かないのはいつものことである。

 しばらくユリスに遊ぼうと言い続けていたのだが、ガン無視されたため諦めた。

 アロンの実家は広かった。聞きかじった話によると、ミュンスト家は諜報活動を得意としているらしい。敵にまわすと厄介だと、以前ブルース兄様が嘆いていた。

 同じように考えている人は多いらしく、表立ってミュンスト家を目の敵にする人は、ほとんど居ないようだ。目を付けられても厄介そうだしな。

 なので、アロンがどれだけクソなことをやらかしたとしても、みんながなんとなく流してしまうらしい。まぁ、アロンはクソ野郎とはいえ、ガチな大事件は起こさないから。

 屋敷の探検をしてみる。ロニーとジャン、それにアロンがついてくる。

「うちなんて見て楽しいですか?」
「楽しい!」

 ぶっちゃけ平凡な日本人的感覚からすれば、テーマパークかよと言いたくなる広い屋敷を探検するのはとても楽しい。

 わくわくと長い廊下を進んでいれば、アロンが「俺は楽しくないですね」と、文句を言ってくる。アロンにとっては実家だもんね。そりゃ今更探検しても楽しくはないだろう。

「じゃあ、ついてこなくていいよ」

 気遣いからそう告げれば、アロンが露骨に嫌そうな顔をする。

「俺と一緒は嫌なんですか?」
「そういうわけでは。アロンがつまらないって言うから」
「ルイス様と一緒にいて退屈なんて。そんなことありえませんよ」

 ふっと笑ったアロンは、なぜか得意な顔をしていた。

「そう。じゃあ、ついてきてもいいけど」

 長い廊下には、たくさんの部屋が並んでいる。しかし、どの部屋のドアも閉まっているため、中を覗くことは躊躇われる。

 流石に人の家を開け放ってまわるのはどうかと思うし。

「ここって噴水ある?」
「ないですよ」

 きっぱり答えたアロンの顔を見上げる。「ん?」と小首を傾げるアロンは、嘘をついている様には見えないが。

「本当に?」

 念の為、再度質問すれば「本当ですよ」と、間髪入れずに返ってきた。そうなのか。

「でもルイス様が俺と結婚してくれるなら、噴水くらいすぐに作りますよ」
「お気になさらず」

 噴水目当てで結婚するのはちょっとな。いくら俺でも、そこまでチョロくはないぞ。

 半眼になる俺の横で、アロンは「遠慮せずに」と朗らかに笑っていた。
しおりを挟む
感想 474

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません

めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。 家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。 しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。 調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。 だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。 煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!? /////////////////////////////// ※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。 ///////////////////////////////

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

処理中です...