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11歳
257 伯爵家
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「お久しぶりです! ユリス様? ん、ルイス様でしたっけ?」
「……誰?」
「え」
大袈裟に目を丸くした彼女は、けれどもすぐに笑顔を戻すと「私ですよ、私」と、己の顔を指さしてみせた。明朗な雰囲気で、記憶にあるようなないような。
朝食後、なんとなくだらだらしていた俺らのもとに突入してきた女性は、赤みがかった髪で、なんだかすごく見覚えがあった。
俺の中にひとつの可能性が浮かぶが、果たして正解なのか。
「もしかして、アリア?」
「正解でーす。もしかしなくともアリアお姉さんです」
にこっと笑ったアリアは、どこからどう見ても貴族のお嬢様だった。黙っていれば、お上品なお姫様である。記憶の中のアリアは、お兄さんっぽい格好をしていたため、ちょっと一瞬本気で誰だかわからなかった。服装が変わると印象もガラリと変わるな。
「なんでそんな格好してるの」
「なんでって。ユリス様、ルイス様? が来るって聞いて。頑張ってオシャレしてみました!」
どうです? と、その場でくるりとまわってみせたアリアは、上機嫌であった。
「似合うね。お姉さんみたい」
「みたいじゃなくて。正真正銘のお姉さんなんですけどね」
からりと笑ったアリアは、「でも堅苦しいのって苦手で」と、はやくも着替えたいとこぼしている。
「あのね。俺はルイス。あっちがユリス」
先程から、俺たちの名前をあやふやに呼んでいるアリアに、改めて自己紹介しておく。ふむふむと耳を傾けていたアリアは、「それで?」と身を乗り出す。
「うちの兄さんと結婚するのはどっちですか?」
「ユリスだよ」
「おい」
反射的にユリスを差し出せば、今まで黙っていたユリスが低い声を発した。そんなに怒らんでも。
※※※
本日は、午後からティアンに会いに行く予定である。
アロンによると、学園に居るはずなのでそこに乗り込むらしい。果たしてアロン情報をどこまで信用していいものか。というより、わざわざ学園に乗り込まずとも、ティアンをここに呼び出せば済む話のような気もする。せめてどこかで待ち合わせくらいした方が良い。しかしアロンは、ティアンとの連絡の取り方がわからないとか適当言っている。絶対に嘘だ。
けれどもクレイグ団長が異議を唱えないので、おそらく大丈夫ではあるのだろうが。
「おまえに学園を見せたいんだろ」
「なんで?」
わかったような口を利くユリスは、どうやら出発前にブルース兄様とクレイグ団長が話し合っている場面を目撃したらしい。
「おまえが全く勉強しないから。学園を見せれば少しはやる気を出すかもしれないと」
「なんでだよ」
勉強のやる気がないのはユリスも一緒だろ。カル先生が困っているぞ。
学園にお邪魔するまでは、まだ時間がある。それまでは、ここでゆっくりする。昨日の長旅で疲れているらしく、ユリスは椅子に座ったまま動く気配がない。しかしユリスが動かないのはいつものことである。
しばらくユリスに遊ぼうと言い続けていたのだが、ガン無視されたため諦めた。
アロンの実家は広かった。聞きかじった話によると、ミュンスト家は諜報活動を得意としているらしい。敵にまわすと厄介だと、以前ブルース兄様が嘆いていた。
同じように考えている人は多いらしく、表立ってミュンスト家を目の敵にする人は、ほとんど居ないようだ。目を付けられても厄介そうだしな。
なので、アロンがどれだけクソなことをやらかしたとしても、みんながなんとなく流してしまうらしい。まぁ、アロンはクソ野郎とはいえ、ガチな大事件は起こさないから。
屋敷の探検をしてみる。ロニーとジャン、それにアロンがついてくる。
「うちなんて見て楽しいですか?」
「楽しい!」
ぶっちゃけ平凡な日本人的感覚からすれば、テーマパークかよと言いたくなる広い屋敷を探検するのはとても楽しい。
わくわくと長い廊下を進んでいれば、アロンが「俺は楽しくないですね」と、文句を言ってくる。アロンにとっては実家だもんね。そりゃ今更探検しても楽しくはないだろう。
「じゃあ、ついてこなくていいよ」
気遣いからそう告げれば、アロンが露骨に嫌そうな顔をする。
「俺と一緒は嫌なんですか?」
「そういうわけでは。アロンがつまらないって言うから」
「ルイス様と一緒にいて退屈なんて。そんなことありえませんよ」
ふっと笑ったアロンは、なぜか得意な顔をしていた。
「そう。じゃあ、ついてきてもいいけど」
長い廊下には、たくさんの部屋が並んでいる。しかし、どの部屋のドアも閉まっているため、中を覗くことは躊躇われる。
流石に人の家を開け放ってまわるのはどうかと思うし。
「ここって噴水ある?」
「ないですよ」
きっぱり答えたアロンの顔を見上げる。「ん?」と小首を傾げるアロンは、嘘をついている様には見えないが。
「本当に?」
念の為、再度質問すれば「本当ですよ」と、間髪入れずに返ってきた。そうなのか。
「でもルイス様が俺と結婚してくれるなら、噴水くらいすぐに作りますよ」
「お気になさらず」
噴水目当てで結婚するのはちょっとな。いくら俺でも、そこまでチョロくはないぞ。
半眼になる俺の横で、アロンは「遠慮せずに」と朗らかに笑っていた。
「……誰?」
「え」
大袈裟に目を丸くした彼女は、けれどもすぐに笑顔を戻すと「私ですよ、私」と、己の顔を指さしてみせた。明朗な雰囲気で、記憶にあるようなないような。
朝食後、なんとなくだらだらしていた俺らのもとに突入してきた女性は、赤みがかった髪で、なんだかすごく見覚えがあった。
俺の中にひとつの可能性が浮かぶが、果たして正解なのか。
「もしかして、アリア?」
「正解でーす。もしかしなくともアリアお姉さんです」
にこっと笑ったアリアは、どこからどう見ても貴族のお嬢様だった。黙っていれば、お上品なお姫様である。記憶の中のアリアは、お兄さんっぽい格好をしていたため、ちょっと一瞬本気で誰だかわからなかった。服装が変わると印象もガラリと変わるな。
「なんでそんな格好してるの」
「なんでって。ユリス様、ルイス様? が来るって聞いて。頑張ってオシャレしてみました!」
どうです? と、その場でくるりとまわってみせたアリアは、上機嫌であった。
「似合うね。お姉さんみたい」
「みたいじゃなくて。正真正銘のお姉さんなんですけどね」
からりと笑ったアリアは、「でも堅苦しいのって苦手で」と、はやくも着替えたいとこぼしている。
「あのね。俺はルイス。あっちがユリス」
先程から、俺たちの名前をあやふやに呼んでいるアリアに、改めて自己紹介しておく。ふむふむと耳を傾けていたアリアは、「それで?」と身を乗り出す。
「うちの兄さんと結婚するのはどっちですか?」
「ユリスだよ」
「おい」
反射的にユリスを差し出せば、今まで黙っていたユリスが低い声を発した。そんなに怒らんでも。
※※※
本日は、午後からティアンに会いに行く予定である。
アロンによると、学園に居るはずなのでそこに乗り込むらしい。果たしてアロン情報をどこまで信用していいものか。というより、わざわざ学園に乗り込まずとも、ティアンをここに呼び出せば済む話のような気もする。せめてどこかで待ち合わせくらいした方が良い。しかしアロンは、ティアンとの連絡の取り方がわからないとか適当言っている。絶対に嘘だ。
けれどもクレイグ団長が異議を唱えないので、おそらく大丈夫ではあるのだろうが。
「おまえに学園を見せたいんだろ」
「なんで?」
わかったような口を利くユリスは、どうやら出発前にブルース兄様とクレイグ団長が話し合っている場面を目撃したらしい。
「おまえが全く勉強しないから。学園を見せれば少しはやる気を出すかもしれないと」
「なんでだよ」
勉強のやる気がないのはユリスも一緒だろ。カル先生が困っているぞ。
学園にお邪魔するまでは、まだ時間がある。それまでは、ここでゆっくりする。昨日の長旅で疲れているらしく、ユリスは椅子に座ったまま動く気配がない。しかしユリスが動かないのはいつものことである。
しばらくユリスに遊ぼうと言い続けていたのだが、ガン無視されたため諦めた。
アロンの実家は広かった。聞きかじった話によると、ミュンスト家は諜報活動を得意としているらしい。敵にまわすと厄介だと、以前ブルース兄様が嘆いていた。
同じように考えている人は多いらしく、表立ってミュンスト家を目の敵にする人は、ほとんど居ないようだ。目を付けられても厄介そうだしな。
なので、アロンがどれだけクソなことをやらかしたとしても、みんながなんとなく流してしまうらしい。まぁ、アロンはクソ野郎とはいえ、ガチな大事件は起こさないから。
屋敷の探検をしてみる。ロニーとジャン、それにアロンがついてくる。
「うちなんて見て楽しいですか?」
「楽しい!」
ぶっちゃけ平凡な日本人的感覚からすれば、テーマパークかよと言いたくなる広い屋敷を探検するのはとても楽しい。
わくわくと長い廊下を進んでいれば、アロンが「俺は楽しくないですね」と、文句を言ってくる。アロンにとっては実家だもんね。そりゃ今更探検しても楽しくはないだろう。
「じゃあ、ついてこなくていいよ」
気遣いからそう告げれば、アロンが露骨に嫌そうな顔をする。
「俺と一緒は嫌なんですか?」
「そういうわけでは。アロンがつまらないって言うから」
「ルイス様と一緒にいて退屈なんて。そんなことありえませんよ」
ふっと笑ったアロンは、なぜか得意な顔をしていた。
「そう。じゃあ、ついてきてもいいけど」
長い廊下には、たくさんの部屋が並んでいる。しかし、どの部屋のドアも閉まっているため、中を覗くことは躊躇われる。
流石に人の家を開け放ってまわるのはどうかと思うし。
「ここって噴水ある?」
「ないですよ」
きっぱり答えたアロンの顔を見上げる。「ん?」と小首を傾げるアロンは、嘘をついている様には見えないが。
「本当に?」
念の為、再度質問すれば「本当ですよ」と、間髪入れずに返ってきた。そうなのか。
「でもルイス様が俺と結婚してくれるなら、噴水くらいすぐに作りますよ」
「お気になさらず」
噴水目当てで結婚するのはちょっとな。いくら俺でも、そこまでチョロくはないぞ。
半眼になる俺の横で、アロンは「遠慮せずに」と朗らかに笑っていた。
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