冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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11歳

253 許可を取れ

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「この馬鹿は、僕がきちんと面倒みるから安心しろ」

 まったく安心できない。そんな顔をしたブルース兄様は、わかりやすく口元を歪めている。

 僕も行くと言い出したユリスは、なぜか俺のあとをついてまわる。どうやら俺が、ユリスを置いてこっそり出発するのではと疑っているらしい。だからそんなことはしないってば。

 そこまで疑うならば、兄様にも同行の許可をもらえばいい。というわけで、ブルース兄様の部屋に押しかけた俺らを、当の兄様は微妙な態度で迎える。面倒くさいという感情を隠しもしないブルース兄様は、俺とユリスを見比べる。

「ルイスも心配だが、俺としてはユリスもちょっと」
「僕がなんだ」
「いや、なんだって。余計なことをするだろ」
「僕がいつ余計なことをした」

 マジで心当たりがないという風に、小首を傾げるユリスは、さすがである。ユリスとの付き合いが比較的短い俺でも、ユリスが何かしら余計なことをしそうだなと想像はつく。しかし、それを理由にユリスだけ仲間外れは可哀想だ。横から身を乗り出して、兄様を見据える。

「で? ユリスも一緒でいい?」

 なぜか即答しないブルース兄様は、考え込んでしまう。そわそわする俺とは対照的に、ユリスはどっしりと構えている。ダメと言われるなんて、これっぽっちも考えていない様子だ。すごくポジティブである。

 そんな強気なユリスを見て、兄様もダメとは言えない空気を察したらしい。仮にここで「ユリスはダメ」と言えば、たぶん彼は大暴れする。そんな気がする。

「……面倒事は、絶対に起こすんじゃないぞ?」
「もちろんだ」

 自信満々に頷くユリスを見れば、誰もそれ以上の苦言を呈することはできなかった。

「じゃあ、ユリス様も一緒なんですね?」

 ソファーに沈んでだらけていたアロンが、ここでようやく体を起こす。こいつ、マジでいつ仕事しているんだろうか。いつ見ても、仕事サボってだらだらしている場面しか目撃できない。職場にいながら、働いている場面を目撃する方が難しいってどういうことだ。

「アロンも行くの?」
「もちろん。俺の実家に滞在するんですから」
「そうなの?」

 初めて聞く話に、目を瞬く。

 どうやら、アロンの実家にお泊まりするらしい。伯爵家だし、なによりアロンの実家である。下手な宿よりずっと安心だと、ブルース兄様が説明してくる。

「じゃあアリアにも会える?」
「え? あぁ、居るんじゃないですか?」

 どうでもよさそうな返事をしたアロン。アリアは、アロンの妹だ。なにやら男装が趣味らしく、一時期アリーお兄さんとしてヴィアン家にこっそり出入りを繰り返していた厄介な嘘つきお姉さんである。

 アリアの名前を聞いて、彼女に関するあれこれをピンと思い出してしまった。

「ブルース兄様は、アリアと結婚するの?」

 なんかそんな話をしていた。正確には、アリアがブルース兄様に結婚を申し込んでいた。子供は首を突っ込むなとブルース兄様がうるさいので、今まできちんと聞けていなかった。

 わくわくと答えを待っていれば、案の定、兄様は苦い顔をした。

「するわけないだろ」
「そうなの?」

 だが、真面目で堅物なところのあるブルース兄様と、自由奔放で想像もつかない行動をするアリアとでは性格が違いすぎる。

 ふたりが仲良くお喋りしている場面とか、ちょっと想像できない。ばちばちと言い争っているところであれば、容易に想像できるというのに。

「ブルース様。うちの妹と結婚するなら、俺を説得してからにしてもらえますか?」
「だから、しないと言っている。腹立つな。なんだその上から目線は」

 言葉通りに眉を寄せたブルース兄様は、苛々とアロンを睨み付けている。それにも関わらず、果敢にブルース兄様を揶揄いにいくアロンは、にやにやと人の悪い笑みを浮かべていた。

 ブルース兄様が本気でキレそうである。その前にアロンを止めようと、声を発しようとした俺であったが、それよりもはやくユリスが口を開いた。

「結婚するなら、僕にも許可を取れよ。ブルース」
「それはマジでなんでだよ」

 びっくりするブルース兄様は、ちょっと引いていた。俺もびっくりして「アリアのこと好きなの?」と、ユリスの袖を引けば、彼は「はぁ?」と怪訝な顔をする。

「そんなわけないだろ。そっちはどうでもいい。とりあえず、アリアに限らず結婚するときは僕の許可を取れよ」
「なんでだよ」

 額を押さえるブルース兄様は、面倒くさいという顔をしていた。

 よくわからんが、ユリスはどうやらブルース兄様が勝手に結婚するのが許せないらしい。この調子なら、オーガス兄様にも同じことを言いそうである。

 現に、ユリスは俺のことも睨み付けている。

「おまえもだ。わかったな」
「はいはい」

 なんか、ユリスって色々と面倒くさいな。適当に返事をしていれば、いつの間にか隣に来ていたアロンが、ユリスの前に片膝をつく。

「ユリス様。俺、ルイス様と結婚したいのですが、よろしいですか?」

 律儀に許可取りを始めたアロンに、ブルース兄様が静かに頭を抱えている。けれども積極的に口を出してこないあたり、面倒という気持ちが勝ったのだろう。今は顔を伏せて、ひたすらじっとしている。

 アロンをしげしげと眺めたユリスは、満足そうに大きく頷く。

「別に構わないぞ」
「ありがとうございます!」

 パッと表情を明るくするアロンは、「よかったですね、ルイス様」と、俺の右手をとってくる。

 なにこれ。ユリスの行動も意味不明だが、アロンの行動もわけわからん。

 俺ら、別に付き合ってはいないよね?
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