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230 馬鹿(sideユリス)
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「ねぇ! もう寝る⁉︎」
「……うるさ」
なんで寝る直前だというのに、そんなに元気なのか。ブルースが、こいつのことを元気がいい方と呼んでいたが、確かにな。元気だけは有り余っているらしい。日中走りまわっているくせに、一体どこからそんな元気が湧いてくるのか。
僕が黒猫姿だった時も、こいつは容赦がなかった。なんか僕の扱い方が雑だった。いきなり抱え上げては振り回し、飽きれば突然手を離すというのは日常茶飯事だった。
せめて床に下ろせよとは思うが、馬鹿に期待するだけ無駄だ。繊細さとは無縁のところで生きているらしいからな。他のことに気を取られると、腕の中の猫なんて忘れて、うっかり手を離してしまうらしい。落とされるこっちは、たまったもんじゃない。
「おい、おまえ。いつまで僕の部屋に居座るつもりだ」
早く出て行けと急かすが、「仕方なくない?」で流される。仕方なくない。こっちはおまえの相手なんてごめんだ。はよ出て行け。
今だって、我が物顔でベッドの中央をキープするルイスに、思わず舌打ちがこぼれる。目敏く発見したルイスが「舌打ちするな! なんだその態度は!」と大声で抗議してくる。おまえこそ、なんだその大声は。今何時だと思っている。
うるさいと文句を言うだけ無駄だ。うるさくないと再び大声で騒ぎ出すのが目に見えている。なにやら興奮しているうちは、放っておくのが一番だ。
それにしても。
なにもかもが予想外過ぎる現状に、どうしたものかと頭を悩ませる。
あの日。突然、猫になった時点で既に色々諦めていた。屋敷を彷徨いているうちに、僕の体を乗っ取る何者かを見た時には、ちょっと苛立ちはしたものの特に焦りは生じなかった。このまま猫でもいいかもしれない。誰にも文句は言われないし、自由である。
なんとなく、兄たちに距離を置かれているのもわかっていた。そばにつく従者たちも、ずっと僕相手に怯えていることにも気が付いていた。
しかし、全部どうでもよかった。
僕は僕のやりたいようにできれば、それで満足だった。
だが、猫の姿ではそのやりたいことも、ままならない。もともと好きだった魔法についての勉強ができないのは不満だった。この世界で、魔法は役に立たないものとされている。だから真面目に勉強をする者もほとんどいない。そんな中、その他の勉強を放り出して、魔法についてばかり調べる僕は、相当浮いていたと思う。
屋敷を我が物顔で徘徊する僕の偽物に近付いたのは、あわよくば魔法について調べるいい機会になると思ったからだ。だって人の体を乗っ取るなんて、現状の魔法では絶対に不可能なことだ。それに見たところ、あの馬鹿はこの世界の人間ではなさそうだった。これはものすごいことが起きている。
自分の中で立てた仮説をもとに、色々と検証してみたい。上手くいけば、魔法について色々新しい発見ができるかもしれない。そう期待を込めて、あいつに近寄った。幸い、言葉が通じるらしい。おそらく同じ体を使えるほどには相性が良かったせいもあるのだろう。会話できるならば、魔法の研究もスムーズにいく。僕の言う通りに、あいつに動いてもらえればそれでいい。
しかし、その計画は早々に諦めた。
なんというか、想像以上に馬鹿だった。なんか、うん。こいつに魔法云々難しい話をしても意味ないな、と思うほどには馬鹿な奴だった。おまけに恐ろしく口が軽い。猫が喋ったとか、猫になれたとか、起こった出来事をぽんぽん口に出す馬鹿さ加減には度肝を抜かれた。こいつ、マジかよ。この調子だと、自分がユリスではないという重大な秘密でさえも、うっかり口を滑らせてしまうだろうなと考えていたし、実際その通りになった。馬鹿にも程があるだろ。
僕が本物のユリスだと知っても、特に驚くことなくそのままペットにするあたり、相当な馬鹿だなとは思っていたが。警戒心というものが、まるでなかった。あのマーティーよりも馬鹿な奴を、僕は初めて見た。
その馬鹿のせいで、色々といらんトラブルが起こったが、同時に良いこともあった。
「人間に戻れるとは、思ってもいなかった」
ぼそっと呟いた言葉に、ルイスが顔を上げる。
「そう? 俺は戻ると思ってた! だってそっちの方がなんかいいし。ハッピーエンドっぽいよ」
なんだその馬鹿っぽい答えは。半眼で見つめていると、ルイスは「でも俺の猫がいなくなったのは許せない。もう一回だけ猫に戻ってみて!」と、さすがとしか言いようのない言葉を吐き出している。
「……おまえは、悩みがなさそうでいいな」
「なんだと!」
拳を握るルイスは、再びテンションが上がったらしく、ベッドから跳ね起きている。そのままバタバタと部屋を走りまわる。うるさい。
だが、この馬鹿のおかげで、どうにかなったのも事実だ。少しは感謝している。
「……まぁ、弟くらいにはしてやってもいい」
仮にも恩人である。屋敷から追い出すのは可哀想だろう。弟くらいにはしてやってもいいと思う。ブルースが適当に面倒みるだろう。
「はぁ⁉︎ 俺の方が年上ですけどぉ?」
「うるさい」
「うるさいって言う方がうるさいんです!」
「どう考えてもおまえの方が声大きいだろ」
俺の方が大人! と騒ぎ始めたルイス。この調子だとタイラーあたりが様子をみにくるかもしれない。巻き込まれるのはごめんである。
黙る気配のないルイスを横目に、目を閉じる。
やはり弟にするなんて、少しはやまったかもしれない。
「……うるさ」
なんで寝る直前だというのに、そんなに元気なのか。ブルースが、こいつのことを元気がいい方と呼んでいたが、確かにな。元気だけは有り余っているらしい。日中走りまわっているくせに、一体どこからそんな元気が湧いてくるのか。
僕が黒猫姿だった時も、こいつは容赦がなかった。なんか僕の扱い方が雑だった。いきなり抱え上げては振り回し、飽きれば突然手を離すというのは日常茶飯事だった。
せめて床に下ろせよとは思うが、馬鹿に期待するだけ無駄だ。繊細さとは無縁のところで生きているらしいからな。他のことに気を取られると、腕の中の猫なんて忘れて、うっかり手を離してしまうらしい。落とされるこっちは、たまったもんじゃない。
「おい、おまえ。いつまで僕の部屋に居座るつもりだ」
早く出て行けと急かすが、「仕方なくない?」で流される。仕方なくない。こっちはおまえの相手なんてごめんだ。はよ出て行け。
今だって、我が物顔でベッドの中央をキープするルイスに、思わず舌打ちがこぼれる。目敏く発見したルイスが「舌打ちするな! なんだその態度は!」と大声で抗議してくる。おまえこそ、なんだその大声は。今何時だと思っている。
うるさいと文句を言うだけ無駄だ。うるさくないと再び大声で騒ぎ出すのが目に見えている。なにやら興奮しているうちは、放っておくのが一番だ。
それにしても。
なにもかもが予想外過ぎる現状に、どうしたものかと頭を悩ませる。
あの日。突然、猫になった時点で既に色々諦めていた。屋敷を彷徨いているうちに、僕の体を乗っ取る何者かを見た時には、ちょっと苛立ちはしたものの特に焦りは生じなかった。このまま猫でもいいかもしれない。誰にも文句は言われないし、自由である。
なんとなく、兄たちに距離を置かれているのもわかっていた。そばにつく従者たちも、ずっと僕相手に怯えていることにも気が付いていた。
しかし、全部どうでもよかった。
僕は僕のやりたいようにできれば、それで満足だった。
だが、猫の姿ではそのやりたいことも、ままならない。もともと好きだった魔法についての勉強ができないのは不満だった。この世界で、魔法は役に立たないものとされている。だから真面目に勉強をする者もほとんどいない。そんな中、その他の勉強を放り出して、魔法についてばかり調べる僕は、相当浮いていたと思う。
屋敷を我が物顔で徘徊する僕の偽物に近付いたのは、あわよくば魔法について調べるいい機会になると思ったからだ。だって人の体を乗っ取るなんて、現状の魔法では絶対に不可能なことだ。それに見たところ、あの馬鹿はこの世界の人間ではなさそうだった。これはものすごいことが起きている。
自分の中で立てた仮説をもとに、色々と検証してみたい。上手くいけば、魔法について色々新しい発見ができるかもしれない。そう期待を込めて、あいつに近寄った。幸い、言葉が通じるらしい。おそらく同じ体を使えるほどには相性が良かったせいもあるのだろう。会話できるならば、魔法の研究もスムーズにいく。僕の言う通りに、あいつに動いてもらえればそれでいい。
しかし、その計画は早々に諦めた。
なんというか、想像以上に馬鹿だった。なんか、うん。こいつに魔法云々難しい話をしても意味ないな、と思うほどには馬鹿な奴だった。おまけに恐ろしく口が軽い。猫が喋ったとか、猫になれたとか、起こった出来事をぽんぽん口に出す馬鹿さ加減には度肝を抜かれた。こいつ、マジかよ。この調子だと、自分がユリスではないという重大な秘密でさえも、うっかり口を滑らせてしまうだろうなと考えていたし、実際その通りになった。馬鹿にも程があるだろ。
僕が本物のユリスだと知っても、特に驚くことなくそのままペットにするあたり、相当な馬鹿だなとは思っていたが。警戒心というものが、まるでなかった。あのマーティーよりも馬鹿な奴を、僕は初めて見た。
その馬鹿のせいで、色々といらんトラブルが起こったが、同時に良いこともあった。
「人間に戻れるとは、思ってもいなかった」
ぼそっと呟いた言葉に、ルイスが顔を上げる。
「そう? 俺は戻ると思ってた! だってそっちの方がなんかいいし。ハッピーエンドっぽいよ」
なんだその馬鹿っぽい答えは。半眼で見つめていると、ルイスは「でも俺の猫がいなくなったのは許せない。もう一回だけ猫に戻ってみて!」と、さすがとしか言いようのない言葉を吐き出している。
「……おまえは、悩みがなさそうでいいな」
「なんだと!」
拳を握るルイスは、再びテンションが上がったらしく、ベッドから跳ね起きている。そのままバタバタと部屋を走りまわる。うるさい。
だが、この馬鹿のおかげで、どうにかなったのも事実だ。少しは感謝している。
「……まぁ、弟くらいにはしてやってもいい」
仮にも恩人である。屋敷から追い出すのは可哀想だろう。弟くらいにはしてやってもいいと思う。ブルースが適当に面倒みるだろう。
「はぁ⁉︎ 俺の方が年上ですけどぉ?」
「うるさい」
「うるさいって言う方がうるさいんです!」
「どう考えてもおまえの方が声大きいだろ」
俺の方が大人! と騒ぎ始めたルイス。この調子だとタイラーあたりが様子をみにくるかもしれない。巻き込まれるのはごめんである。
黙る気配のないルイスを横目に、目を閉じる。
やはり弟にするなんて、少しはやまったかもしれない。
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