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226 接し方

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 マーティーは、部屋に引きこもったまま出てこない。俺たちの相手は疲れたと言って、素っ気ない対応をしてくる。おまえは何をするためにここにきたんだ。俺と遊ぶためだろ。遊ばないならお家に帰れよ、ベイビーめ。

 兄様たちも、疲れた顔して帰って行った。結局、俺の名前は曖昧なままだ。めげずにお母様がエリスちゃんと呼んでくるから、このままでは本当にエリスになってしまう。はよ誰か俺のお名前を考えろ。

「おまえはいつまでここに居座るつもりだ。ここは僕の部屋だ」

 偉そうに俺を追い出そうとしてくる本物ユリスの相手も大変だった。つい先程まで、この部屋は俺に譲ると言い張っていたくせに、二階はダメと言われた途端に、自分の部屋だと言い張っている。意見がコロコロ変わっている。

 だが出て行けと言われても、新しい部屋はまだ準備されていない。もうちょい待てよ。

 そうしていつも通り、部屋でごろごろする。本物ユリスは、ひとりで例の魔導書を熱心に読み込んでいて、俺の相手をしてくれない。話しかけても、無視されるか睨まれるかだ。

「ジャン」
「は、はい」

 緊張しきった面持ちのジャンは、いまだに状況を飲み込めていないらしい。そりゃそうだよね。むしろジャンの反応が普通だ。お母様や兄様たちがお気楽なだけで。

 オドオドしているジャンは、いつも通りに見えて、いつも以上に挙動不審である。俺と視線を合わせることなく、一定の距離を保っている。警戒心がすごい。

「ジャン」
「な、なんでしょうか」

 とりあえず名前を連呼しておけば、その度に困ったようなか細い声で応じてくる。ふむふむ。どうやら俺相手に、再びビビりモードに入っているらしい。本物ユリス相手にも完全にビビっていた。忙しい奴である。俺たち、ただの十歳児だぞ。

 タイラーは概ねいつも通りなので問題ない。「勉強しないとダメですよ」「お部屋を散らかさない」「お行儀悪いですよ。ちゃんと座りなさい」とずっとうるさい。こいつの方こそ、今の状況にビビって無口になるべきだと思う。ままならないな。

「ジャン!」
「はい」

 勢いよく立ち上がって、ジャンを見据えておく。強張った表情を見せる彼は、なんとも頼りない。まぁ、ジャンが頼りになった時なんてそんなにないけど。

「ジャンは、俺のこと嫌い?」
「いえ! そんなことは」

 素早く否定してくるジャンは、慌てたように、ようやく目線を合わせてくれる。頼りなく下がった眉尻が、なんともジャンっぽい。とても弱そうなお兄さんだ。

「その。突然のことでしたので、頭がついていかずに。申し訳ありません」
「ううん、大丈夫。これはついてくる兄様たちがおかしいだけだから」

 きっぱり断言しておけば、ジャンが苦笑する。積極的に否定しないあたり、彼も同意見なのだろう。そうだよね。弟が増えたというとんでも事態をすんなり受け入れる方がどうかしている。俺としてはありがたい限りだが、ジャンのように中々受け入れられない方が普通だろう。ここでジャンを責めることはできない。

「でも増えたものは仕方がない。あっちの本物ユリスは激ヤバだけど、俺は普通だから。仲良くしてね」

 とりあえず、握手でもして丸く収めよう。右手を差し出せば、ジャンがいつもはめている白手袋を外した。そうして何秒か迷った後、おそるおそるといった感じで、ようやく手を取ってくれた。

「こちらこそ。どうぞよろしくお願い致します」

 ぺこりと頭を下げるジャンは、なんだか決意をしたような顔付きだった。そんなに思い詰めなくても。もうちょい気軽でいいのに。いちいち物事を重大に受け止めてしまうジャンが、ちょっとだけ心配になる。

 そうして午後になり。

「じゃあ、僕が今までお世話していたのはユリス様ではなかったということですか?」
「お世話……? 俺がティアンのお世話してたけど?」
「違います。僕がお世話してました」

 絶対に主張を曲げないティアンは、なんだか変な顔をしていた。そわそわと、落ち着きなく俺と本物ユリスを見比べている。

 どうやらユリスが増えたという話を事前に聞いてから、ここにやって来たらしい。意味がわかりません、と首を捻りながら入室してきたティアンは、ごろごろする俺と、黙って読書する本物ユリスを見るなり、「こわ」とひと言口にした。非常に正直な感想でよいと思う。

「それで? これからどうするんですか」

 落ち着きないティアンは、ずっと俺に話しかけてくる。一応、本物ユリスにも初めましてと挨拶していたが、ユリスの方はそれをガン無視していた。ティアンのことを視界に入れることさえしなかった。愛想のないお子様である。

「どうって。普通に今まで通りだけど」
「本当に双子ってことでいくんですか?」
「知らない」

 その辺は多分、ブルース兄様あたりがどうにかするだろう。俺は知らない。話し合いに参加しようとしても、「子供は向こうに行っていろ」と兄様に追い払われてしまうから。

「……正直、意味がわからないんですけど」
「うん」
「でも、僕にとってのユリス様はあなたなので」
「そうだね」

 ティアンが初めてユリスに会った時、既にユリスの中身は俺だった。タイラーもそうだが、むしろ本物ユリスの方が彼らにとっては馴染みのない存在なのだろう。変な状況だな。

「ユリス!」
「……なんだ」

 ちらりと一瞬だけ視線をこちらに寄越した本物ユリスは、またすぐに魔導書へと視線を戻してしまう。

「これはティアン。俺の遊び相手」
「知っている」

 そうか。そういや直接会話していないだけで、本物ユリスは黒猫姿でずっと俺のそばにいた。当然、ティアンとも何度も会っている。じゃあ別にこいつら、今日が初めましてではないな?

「ごめんね。あいつ、極端に愛想がないの」
「はぁ」

 微妙な返事をしたティアンは、まだちょっと不安そうな顔をしていた。
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