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219 ネガティブはよくない

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 そんなわけないだろ、という簡単なひと言が出てこないらしいジャンは、ぱちぱちと目を瞬いている。顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうである。

 ユリスは双子である。

 そんなとんでもねぇ誤魔化しを口にした本物ユリスに、マーティーが唖然としている。だが、それで怯む本物ユリスではない。彼は実に堂々とした佇まいで、ジャンを真正面から見据えている。ジャンがなにも言わないのをいいことに、「今までもずっとふたりだった。気が付かなかったのか?」と、またもやとんでもないことを口走っている。さすが十歳児。やることが大胆だ。

「……ジャン」

 ギギギッと音がしそうなくらいぎこちない動作で俺の方を向くジャンは、死にそうな顔をしていた。とりあえず、今のうちに言っておかなければならない大切なことがある。

「でっかいケーキを作ってって、厨房に伝えておいて」
「おまえはそれしか頭にないのか!」

 マーティーがすごい勢いで反応してくるが、無視である。だってお祝いにはでっかいケーキだ。そしてでっかいケーキは、すぐには準備できない。おやつの時間に間に合うようにするためには、今すぐ料理長にお伝えしておかないといけない。

「急げ! ジャン!」

 勢いで急かせば、ジャンが弾かれたように「は、はい!」と応じてくれる。そのまま回れ右をした彼は、おそらく厨房に向かったのだろう。でっかいケーキはおまえに任せたぞ。

 ふうっと額を拭うと、マーティーが俺と本物ユリスからそろそろと離れていることに気がついた。「おまえら、怖い」とクソ失礼なことを吐き捨てるマーティーは、決して俺と目を合わせようとしなかった。

「どうにかなったな」

 満足そうに大きく頷く本物ユリスに、すかさずマーティーが「どこがどうにかなったんだ」と食らいついている。

「双子作戦。上手くいっただろ?」
「どこがだよ。いくらなんでも無茶だろ」

 ネガティブなマーティーは、本物ユリスの奮闘を全否定している。

 しかし、ジャンは俺の勢いにおされて走っただけである。今頃、正気に戻っているかもしれない。どうしたものか。

「……でもさ、ぶっちゃけオーガス兄様は、ユリスが増えてても多分気が付かないよね」
「そんなわけないだろ」

 俺の発言も全否定してくるマーティーは、ネガティブにも程がある。だってオーガス兄様だぞ。ボケにボケまくっている長男だぞ。弟がひとり増えても気が付かないと思う。最悪「最初から双子でしたけど⁉︎」と大声で主張すれば丸め込める気がする。本物ユリスも俺と同意見なようで、「そうだな。あいつは気が付かないだろうな」と頷いている。

「そんなわけないだろ。なんでそんなにお気楽なんだ」

 拳を握りしめるマーティーを無視して、本物ユリスが「しかし」と苦い顔をする。

「ブルースの方は気が付くだろうな」
「たしかに」

 ブルース兄様は細かいところをよく見ている。しょっちゅう俺に小言をぶつけてくる。ユリスが増えたら真っ先に気が付きそうだ。

 そうやって三人で顔を突き合わせて、話し合いをしていた時である。

「あの、何かありました? ジャンがすごい勢いで走っていきましたけ、どぉ? は?」

 ひょっこりと顔を覗かせたタイラーが、不自然な体勢で動きを止めた。「おはよ」と片手を上げれば、タイラーはパンッと己の両頬を勢いよく挟むようにして叩いている。突然の奇行にびくりと肩を揺らす俺とマーティー。本物ユリスは冷めた目でタイラーを見ている。

「……え? 夢?」

 痛むらしい頬をさすって、タイラーが一歩後ろに下がった。タイラーのそんな顔、初めて見たよ。なんか悪夢でも見たんかって言いたくなるくらいには顔色が悪い。

「ど、な、なに、ごと?」

 俺と本物ユリスをしきりに見比べるタイラーは、呆然としていた。しかし、さすがは騎士。動揺を見せたのはその一瞬で、すぐに表情を引き締めると、警戒するかのように半歩後ろに下がる。

 無言で俺らを見つめるタイラーは、険しい顔をしていた。マーティーの位置を確認する彼は、内心でパニックになっているらしい。それを表に出さないのは流石だ。

 そんなタイラーを気怠げに眺めていた本物ユリスが、ひとつ瞬きをした。

「なにをそんなに警戒している、タイラー」

 偉そうに問いかける本物ユリス。こいつ、タイラーの名前知ってたんだな。いつも騎士としか呼んでいなかったのに。変な感心をする俺をよそに、タイラーが眉間に皺を寄せる。

 無意識のように腰のあたりに手をやったタイラーは、おそらく剣に手をかけようとしたのだろう。だが今の彼は丸腰である。

 ちらりと、タイラーの視線が俺に向けられた。そのまま俺とマーティーを背中に庇うように、じりじりと移動するタイラーは、本物ユリスを偽物と判断したらしい。残念。そっちが正真正銘のユリスだ。偽物は俺の方である。

 しかし、タイラーが普段ユリスとして扱っているのは俺の方である。そう考えると、タイラーの判断は完璧である。そんなに似てないかな、俺と本物ユリス。ひと言喋っただけで判断できるほどか?

 鋭い視線を向けられても、まったく動じない本物ユリスも流石である。腕を組んで余裕の態度である。あの根拠のない自信と余裕は、一体どこから湧き出ているのだろうか。謎だ。
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