230 / 577
219 ネガティブはよくない
しおりを挟む
そんなわけないだろ、という簡単なひと言が出てこないらしいジャンは、ぱちぱちと目を瞬いている。顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうである。
ユリスは双子である。
そんなとんでもねぇ誤魔化しを口にした本物ユリスに、マーティーが唖然としている。だが、それで怯む本物ユリスではない。彼は実に堂々とした佇まいで、ジャンを真正面から見据えている。ジャンがなにも言わないのをいいことに、「今までもずっとふたりだった。気が付かなかったのか?」と、またもやとんでもないことを口走っている。さすが十歳児。やることが大胆だ。
「……ジャン」
ギギギッと音がしそうなくらいぎこちない動作で俺の方を向くジャンは、死にそうな顔をしていた。とりあえず、今のうちに言っておかなければならない大切なことがある。
「でっかいケーキを作ってって、厨房に伝えておいて」
「おまえはそれしか頭にないのか!」
マーティーがすごい勢いで反応してくるが、無視である。だってお祝いにはでっかいケーキだ。そしてでっかいケーキは、すぐには準備できない。おやつの時間に間に合うようにするためには、今すぐ料理長にお伝えしておかないといけない。
「急げ! ジャン!」
勢いで急かせば、ジャンが弾かれたように「は、はい!」と応じてくれる。そのまま回れ右をした彼は、おそらく厨房に向かったのだろう。でっかいケーキはおまえに任せたぞ。
ふうっと額を拭うと、マーティーが俺と本物ユリスからそろそろと離れていることに気がついた。「おまえら、怖い」とクソ失礼なことを吐き捨てるマーティーは、決して俺と目を合わせようとしなかった。
「どうにかなったな」
満足そうに大きく頷く本物ユリスに、すかさずマーティーが「どこがどうにかなったんだ」と食らいついている。
「双子作戦。上手くいっただろ?」
「どこがだよ。いくらなんでも無茶だろ」
ネガティブなマーティーは、本物ユリスの奮闘を全否定している。
しかし、ジャンは俺の勢いにおされて走っただけである。今頃、正気に戻っているかもしれない。どうしたものか。
「……でもさ、ぶっちゃけオーガス兄様は、ユリスが増えてても多分気が付かないよね」
「そんなわけないだろ」
俺の発言も全否定してくるマーティーは、ネガティブにも程がある。だってオーガス兄様だぞ。ボケにボケまくっている長男だぞ。弟がひとり増えても気が付かないと思う。最悪「最初から双子でしたけど⁉︎」と大声で主張すれば丸め込める気がする。本物ユリスも俺と同意見なようで、「そうだな。あいつは気が付かないだろうな」と頷いている。
「そんなわけないだろ。なんでそんなにお気楽なんだ」
拳を握りしめるマーティーを無視して、本物ユリスが「しかし」と苦い顔をする。
「ブルースの方は気が付くだろうな」
「たしかに」
ブルース兄様は細かいところをよく見ている。しょっちゅう俺に小言をぶつけてくる。ユリスが増えたら真っ先に気が付きそうだ。
そうやって三人で顔を突き合わせて、話し合いをしていた時である。
「あの、何かありました? ジャンがすごい勢いで走っていきましたけ、どぉ? は?」
ひょっこりと顔を覗かせたタイラーが、不自然な体勢で動きを止めた。「おはよ」と片手を上げれば、タイラーはパンッと己の両頬を勢いよく挟むようにして叩いている。突然の奇行にびくりと肩を揺らす俺とマーティー。本物ユリスは冷めた目でタイラーを見ている。
「……え? 夢?」
痛むらしい頬をさすって、タイラーが一歩後ろに下がった。タイラーのそんな顔、初めて見たよ。なんか悪夢でも見たんかって言いたくなるくらいには顔色が悪い。
「ど、な、なに、ごと?」
俺と本物ユリスをしきりに見比べるタイラーは、呆然としていた。しかし、さすがは騎士。動揺を見せたのはその一瞬で、すぐに表情を引き締めると、警戒するかのように半歩後ろに下がる。
無言で俺らを見つめるタイラーは、険しい顔をしていた。マーティーの位置を確認する彼は、内心でパニックになっているらしい。それを表に出さないのは流石だ。
そんなタイラーを気怠げに眺めていた本物ユリスが、ひとつ瞬きをした。
「なにをそんなに警戒している、タイラー」
偉そうに問いかける本物ユリス。こいつ、タイラーの名前知ってたんだな。いつも騎士としか呼んでいなかったのに。変な感心をする俺をよそに、タイラーが眉間に皺を寄せる。
無意識のように腰のあたりに手をやったタイラーは、おそらく剣に手をかけようとしたのだろう。だが今の彼は丸腰である。
ちらりと、タイラーの視線が俺に向けられた。そのまま俺とマーティーを背中に庇うように、じりじりと移動するタイラーは、本物ユリスを偽物と判断したらしい。残念。そっちが正真正銘のユリスだ。偽物は俺の方である。
しかし、タイラーが普段ユリスとして扱っているのは俺の方である。そう考えると、タイラーの判断は完璧である。そんなに似てないかな、俺と本物ユリス。ひと言喋っただけで判断できるほどか?
鋭い視線を向けられても、まったく動じない本物ユリスも流石である。腕を組んで余裕の態度である。あの根拠のない自信と余裕は、一体どこから湧き出ているのだろうか。謎だ。
ユリスは双子である。
そんなとんでもねぇ誤魔化しを口にした本物ユリスに、マーティーが唖然としている。だが、それで怯む本物ユリスではない。彼は実に堂々とした佇まいで、ジャンを真正面から見据えている。ジャンがなにも言わないのをいいことに、「今までもずっとふたりだった。気が付かなかったのか?」と、またもやとんでもないことを口走っている。さすが十歳児。やることが大胆だ。
「……ジャン」
ギギギッと音がしそうなくらいぎこちない動作で俺の方を向くジャンは、死にそうな顔をしていた。とりあえず、今のうちに言っておかなければならない大切なことがある。
「でっかいケーキを作ってって、厨房に伝えておいて」
「おまえはそれしか頭にないのか!」
マーティーがすごい勢いで反応してくるが、無視である。だってお祝いにはでっかいケーキだ。そしてでっかいケーキは、すぐには準備できない。おやつの時間に間に合うようにするためには、今すぐ料理長にお伝えしておかないといけない。
「急げ! ジャン!」
勢いで急かせば、ジャンが弾かれたように「は、はい!」と応じてくれる。そのまま回れ右をした彼は、おそらく厨房に向かったのだろう。でっかいケーキはおまえに任せたぞ。
ふうっと額を拭うと、マーティーが俺と本物ユリスからそろそろと離れていることに気がついた。「おまえら、怖い」とクソ失礼なことを吐き捨てるマーティーは、決して俺と目を合わせようとしなかった。
「どうにかなったな」
満足そうに大きく頷く本物ユリスに、すかさずマーティーが「どこがどうにかなったんだ」と食らいついている。
「双子作戦。上手くいっただろ?」
「どこがだよ。いくらなんでも無茶だろ」
ネガティブなマーティーは、本物ユリスの奮闘を全否定している。
しかし、ジャンは俺の勢いにおされて走っただけである。今頃、正気に戻っているかもしれない。どうしたものか。
「……でもさ、ぶっちゃけオーガス兄様は、ユリスが増えてても多分気が付かないよね」
「そんなわけないだろ」
俺の発言も全否定してくるマーティーは、ネガティブにも程がある。だってオーガス兄様だぞ。ボケにボケまくっている長男だぞ。弟がひとり増えても気が付かないと思う。最悪「最初から双子でしたけど⁉︎」と大声で主張すれば丸め込める気がする。本物ユリスも俺と同意見なようで、「そうだな。あいつは気が付かないだろうな」と頷いている。
「そんなわけないだろ。なんでそんなにお気楽なんだ」
拳を握りしめるマーティーを無視して、本物ユリスが「しかし」と苦い顔をする。
「ブルースの方は気が付くだろうな」
「たしかに」
ブルース兄様は細かいところをよく見ている。しょっちゅう俺に小言をぶつけてくる。ユリスが増えたら真っ先に気が付きそうだ。
そうやって三人で顔を突き合わせて、話し合いをしていた時である。
「あの、何かありました? ジャンがすごい勢いで走っていきましたけ、どぉ? は?」
ひょっこりと顔を覗かせたタイラーが、不自然な体勢で動きを止めた。「おはよ」と片手を上げれば、タイラーはパンッと己の両頬を勢いよく挟むようにして叩いている。突然の奇行にびくりと肩を揺らす俺とマーティー。本物ユリスは冷めた目でタイラーを見ている。
「……え? 夢?」
痛むらしい頬をさすって、タイラーが一歩後ろに下がった。タイラーのそんな顔、初めて見たよ。なんか悪夢でも見たんかって言いたくなるくらいには顔色が悪い。
「ど、な、なに、ごと?」
俺と本物ユリスをしきりに見比べるタイラーは、呆然としていた。しかし、さすがは騎士。動揺を見せたのはその一瞬で、すぐに表情を引き締めると、警戒するかのように半歩後ろに下がる。
無言で俺らを見つめるタイラーは、険しい顔をしていた。マーティーの位置を確認する彼は、内心でパニックになっているらしい。それを表に出さないのは流石だ。
そんなタイラーを気怠げに眺めていた本物ユリスが、ひとつ瞬きをした。
「なにをそんなに警戒している、タイラー」
偉そうに問いかける本物ユリス。こいつ、タイラーの名前知ってたんだな。いつも騎士としか呼んでいなかったのに。変な感心をする俺をよそに、タイラーが眉間に皺を寄せる。
無意識のように腰のあたりに手をやったタイラーは、おそらく剣に手をかけようとしたのだろう。だが今の彼は丸腰である。
ちらりと、タイラーの視線が俺に向けられた。そのまま俺とマーティーを背中に庇うように、じりじりと移動するタイラーは、本物ユリスを偽物と判断したらしい。残念。そっちが正真正銘のユリスだ。偽物は俺の方である。
しかし、タイラーが普段ユリスとして扱っているのは俺の方である。そう考えると、タイラーの判断は完璧である。そんなに似てないかな、俺と本物ユリス。ひと言喋っただけで判断できるほどか?
鋭い視線を向けられても、まったく動じない本物ユリスも流石である。腕を組んで余裕の態度である。あの根拠のない自信と余裕は、一体どこから湧き出ているのだろうか。謎だ。
438
お気に入りに追加
3,003
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!
柑橘
BL
王道詰め合わせ。
ジャンルをお確かめの上お進み下さい。
7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです!
※目線が度々変わります。
※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。
※火曜日20:00
金曜日19:00
日曜日17:00更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる