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「え、これどうするんだ?」
「とりあえずお祝いしよう! パーティーしよう! でっかいケーキを食べるんだ!」
「おまえはちょっと黙っておけ」
ペシッと俺の額を軽くおさえつけるマーティーは、きょろきょろと忙しなく視線を動かしている。なんでだよ。本物ユリスが元に戻ったんだからお祝いするべきだ。お祝いにはケーキが必須である。
ケーキ! ケーキ! と連呼しておけば、眉を寄せたマーティーが「ちょっとくらい黙っておけないのか」と俺の口を塞ぎにくる。
「どうするんだ、ユリス」
俺の口を塞いだまま、本物ユリスへと縋るような目を向けるマーティーは、ちらちらと時計を気にしている。落ち着きのないマーティーとは対照的に、本物ユリスは微かに片眉を持ち上げるだけで、動こうとはしない。
「どうする、とは?」
「いや! もうすぐ従者が来るだろ。どうするんだ!」
「別にどうもしないが?」
腕を組んだままの本物ユリスは、怪訝な顔でマーティーを見据える。それを受けたマーティーが、ひくりと口元を引き攣らせた。
「え? なんでおまえらふたり、そんなに呑気なんだ。焦っているのは僕だけか? なんでだよ」
なんでと言われても。マーティーが勝手に焦っているんだろ。ちょっとは落ち着けよ。ぶっちゃけ、この件に関してマーティーは部外者だ。そんなに焦る意味がわからない。
ようやく俺を解放したマーティーは、「もう嫌なんだが。このマイペース共が」と力なく項垂れている。
「ありがと」
とりあえずお礼を言っておけば「褒めてない!」と勢いのある返事があった。褒めてないの? よくわかんない。
「とにかく! このまま従者が来たら見られるぞ。その前に隠れた方がいいんじゃないか?」
騒ぎになると力説するマーティーの言うことも、確かに一理ある。いきなりユリスが増えたらいくらジャンでもびっくりしちゃうな。驚きのあまり、あの困った性癖が顔を出しても困る。
「でもどこに隠れるの? てか隠れてどうにかなるの? どうなんだ、マーティー」
「なんで僕に訊くんだ」
そんなの僕にわかるわけないだろ、と後ろに下がるマーティーは頼りにならない。代わりに本物ユリスを振り返れば、彼は顎に手をやってなにやら考え込んでいた。
「あの従者だが」
「ジャンのこと?」
「あぁ。あいつ、気が弱いだろ」
「まぁね」
突然ジャンをディスる本物ユリス。だが、ジャンが気弱なのは紛れもない事実であるから頷いておく。
「少し脅せばどうにかなるだろ。問題は騎士の方だ」
「タイラーか!」
確かにタイラーは厄介だな。あいつは折れない騎士である。俺と同じくらいにはしつこい騎士である。タイラー相手にユリスがふたりになったことを誤魔化しきるのは不可能だろう。本物ユリスとマーティーも同じ結論に至ったらしい。緩く首を左右に振った本物ユリスは、「これからずっと片方が身を隠して生活するなんて不可能だ」とド正論をかましてくる。
ということはだ。
「どのみちバレる。そうであれば、いかに僕が増えたことを不自然に思わせないかが勝負だ」
「どう考えても不自然だろ」
ふんっと不敵に笑う本物ユリスに、マーティーが鋭いツッコミを入れている。そうだな、いくらなんでも人ひとり増えるのが自然な状況ってないよな。
「諦めてどうする。やればできる」
急に熱血なことを言い始めた本物ユリスは、ゆっくりと立ち上がる。貫禄さえ感じる佇まいに、マーティーが静かに息を呑む。
「な、なにか考えがあるのか」
小さく笑った本物ユリス。その目が、じっとマーティーを見据える。
「それをどうにか考え出すのが、下僕であるおまえの仕事だろうが」
「誰が下僕だ! 結局、全部僕に丸投げじゃないか!」
ああっと頭を掻くマーティーは、今間違いなくこの場で一番困っていた。なんで一番部外者のこいつが、一番真剣なんだろう。トラブル大好きなタイプなのかな。いるよね、トラブルの中心に自ら首を突っ込みに行くお節介な人。マーティーはそういうタイプなのかもしれない。とりあえず、頑張れ、マーティーと全力で応援しておく。俺にできることは応援だけだ。頑張れ、頑張れとマーティーの周りをぐるぐるまわっておく。
「やめろ! 気が散る!」
「なんだとぉ!」
俺の応援を無下にしたマーティーは、時計と入口ドアを見比べている。そろそろジャンが起こしに来てもおかしくはない時間だ。
「ど、どうすればいいんだ」
立ち尽くすマーティーは、パニックのあまり頭が真っ白になったらしい。ピクリとも動かなくなってしまった。とりあえず再起動させねばならない。とことこ近寄って行って、勢いよく後頭部を小突いておく。いてっと小さく呻いた彼は、ぎゅっと目を瞑る。
「もう僕は知らない! 自分たちでどうにかしろ!」
マーティーが大声で叫ぶのと同時に。
控えめなノックが響いた。はっと息を呑むマーティーは、青い顔で黙り込む。やがて、そろそろとドアが開かれて、ジャンが顔を覗かせた。
「おはようございます、ユリス、さ、ま?」
ピシッと固まったジャンは、室内にいる俺と本物ユリスを見比べて、動きを止めた。「もうダメだ」とマーティーが頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
そんな中、堂々とした佇まいの本物ユリスが、鋭い目でジャンを睨み付ける。
「なんだ。なにを固まっている」
無礼だぞ、とジャンを責め立てる本物ユリスは、悠然と腕を組むと、薄く笑みを浮かべた。
「なんだ、その顔は。一体なにを驚いている」
小馬鹿にするような態度で、ジャンに一歩近寄った彼は、すっと真顔になる。青い顔をしたジャンは、ドアを開け放ったままの不自然な体勢で固まっている。
「まさか知らなかったのか? 僕の従者ともあろう者が? 冗談だろ」
よくわからんが、ジャンを責める本物ユリスは、非常に立派な立ち振る舞いであった。ぼけっと見つめていると、ついに彼は衝撃の言葉を口にした。
「だったら教えてやるまでだ。僕らはもともと双子だ。従者のくせにそんなことも知らなかったのか」
とんでもねぇこと言いやがるな、この十歳児。
「とりあえずお祝いしよう! パーティーしよう! でっかいケーキを食べるんだ!」
「おまえはちょっと黙っておけ」
ペシッと俺の額を軽くおさえつけるマーティーは、きょろきょろと忙しなく視線を動かしている。なんでだよ。本物ユリスが元に戻ったんだからお祝いするべきだ。お祝いにはケーキが必須である。
ケーキ! ケーキ! と連呼しておけば、眉を寄せたマーティーが「ちょっとくらい黙っておけないのか」と俺の口を塞ぎにくる。
「どうするんだ、ユリス」
俺の口を塞いだまま、本物ユリスへと縋るような目を向けるマーティーは、ちらちらと時計を気にしている。落ち着きのないマーティーとは対照的に、本物ユリスは微かに片眉を持ち上げるだけで、動こうとはしない。
「どうする、とは?」
「いや! もうすぐ従者が来るだろ。どうするんだ!」
「別にどうもしないが?」
腕を組んだままの本物ユリスは、怪訝な顔でマーティーを見据える。それを受けたマーティーが、ひくりと口元を引き攣らせた。
「え? なんでおまえらふたり、そんなに呑気なんだ。焦っているのは僕だけか? なんでだよ」
なんでと言われても。マーティーが勝手に焦っているんだろ。ちょっとは落ち着けよ。ぶっちゃけ、この件に関してマーティーは部外者だ。そんなに焦る意味がわからない。
ようやく俺を解放したマーティーは、「もう嫌なんだが。このマイペース共が」と力なく項垂れている。
「ありがと」
とりあえずお礼を言っておけば「褒めてない!」と勢いのある返事があった。褒めてないの? よくわかんない。
「とにかく! このまま従者が来たら見られるぞ。その前に隠れた方がいいんじゃないか?」
騒ぎになると力説するマーティーの言うことも、確かに一理ある。いきなりユリスが増えたらいくらジャンでもびっくりしちゃうな。驚きのあまり、あの困った性癖が顔を出しても困る。
「でもどこに隠れるの? てか隠れてどうにかなるの? どうなんだ、マーティー」
「なんで僕に訊くんだ」
そんなの僕にわかるわけないだろ、と後ろに下がるマーティーは頼りにならない。代わりに本物ユリスを振り返れば、彼は顎に手をやってなにやら考え込んでいた。
「あの従者だが」
「ジャンのこと?」
「あぁ。あいつ、気が弱いだろ」
「まぁね」
突然ジャンをディスる本物ユリス。だが、ジャンが気弱なのは紛れもない事実であるから頷いておく。
「少し脅せばどうにかなるだろ。問題は騎士の方だ」
「タイラーか!」
確かにタイラーは厄介だな。あいつは折れない騎士である。俺と同じくらいにはしつこい騎士である。タイラー相手にユリスがふたりになったことを誤魔化しきるのは不可能だろう。本物ユリスとマーティーも同じ結論に至ったらしい。緩く首を左右に振った本物ユリスは、「これからずっと片方が身を隠して生活するなんて不可能だ」とド正論をかましてくる。
ということはだ。
「どのみちバレる。そうであれば、いかに僕が増えたことを不自然に思わせないかが勝負だ」
「どう考えても不自然だろ」
ふんっと不敵に笑う本物ユリスに、マーティーが鋭いツッコミを入れている。そうだな、いくらなんでも人ひとり増えるのが自然な状況ってないよな。
「諦めてどうする。やればできる」
急に熱血なことを言い始めた本物ユリスは、ゆっくりと立ち上がる。貫禄さえ感じる佇まいに、マーティーが静かに息を呑む。
「な、なにか考えがあるのか」
小さく笑った本物ユリス。その目が、じっとマーティーを見据える。
「それをどうにか考え出すのが、下僕であるおまえの仕事だろうが」
「誰が下僕だ! 結局、全部僕に丸投げじゃないか!」
ああっと頭を掻くマーティーは、今間違いなくこの場で一番困っていた。なんで一番部外者のこいつが、一番真剣なんだろう。トラブル大好きなタイプなのかな。いるよね、トラブルの中心に自ら首を突っ込みに行くお節介な人。マーティーはそういうタイプなのかもしれない。とりあえず、頑張れ、マーティーと全力で応援しておく。俺にできることは応援だけだ。頑張れ、頑張れとマーティーの周りをぐるぐるまわっておく。
「やめろ! 気が散る!」
「なんだとぉ!」
俺の応援を無下にしたマーティーは、時計と入口ドアを見比べている。そろそろジャンが起こしに来てもおかしくはない時間だ。
「ど、どうすればいいんだ」
立ち尽くすマーティーは、パニックのあまり頭が真っ白になったらしい。ピクリとも動かなくなってしまった。とりあえず再起動させねばならない。とことこ近寄って行って、勢いよく後頭部を小突いておく。いてっと小さく呻いた彼は、ぎゅっと目を瞑る。
「もう僕は知らない! 自分たちでどうにかしろ!」
マーティーが大声で叫ぶのと同時に。
控えめなノックが響いた。はっと息を呑むマーティーは、青い顔で黙り込む。やがて、そろそろとドアが開かれて、ジャンが顔を覗かせた。
「おはようございます、ユリス、さ、ま?」
ピシッと固まったジャンは、室内にいる俺と本物ユリスを見比べて、動きを止めた。「もうダメだ」とマーティーが頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
そんな中、堂々とした佇まいの本物ユリスが、鋭い目でジャンを睨み付ける。
「なんだ。なにを固まっている」
無礼だぞ、とジャンを責め立てる本物ユリスは、悠然と腕を組むと、薄く笑みを浮かべた。
「なんだ、その顔は。一体なにを驚いている」
小馬鹿にするような態度で、ジャンに一歩近寄った彼は、すっと真顔になる。青い顔をしたジャンは、ドアを開け放ったままの不自然な体勢で固まっている。
「まさか知らなかったのか? 僕の従者ともあろう者が? 冗談だろ」
よくわからんが、ジャンを責める本物ユリスは、非常に立派な立ち振る舞いであった。ぼけっと見つめていると、ついに彼は衝撃の言葉を口にした。
「だったら教えてやるまでだ。僕らはもともと双子だ。従者のくせにそんなことも知らなかったのか」
とんでもねぇこと言いやがるな、この十歳児。
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