冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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207 十六歳なので

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 魔導書をティアンに見せると、黒猫ユリスが不機嫌になる。どうやらよほど書かれていることを知られたくないらしい。

 一方の俺とマーティーは、中身が解読できないため魔導書に触れても特に何も言われない。馬鹿にされている気がする。

 ティアンから取り上げた魔導書を、適当に棚の上に放置しておく。すかさず駆け寄った黒猫ユリスが、それを守るように上に居座ってしまう。もふもふが魔導書踏んでる。

 マーティーは、俺とユリスの秘密を知っても特に騒ぐ気配がないので安心である。多分あいつは本物ユリスにビビっているだけだと思うけど。

「タイラー、なにして遊ぶ?」

 マーティーとティアンに訊いてもつまらん答えしか返ってこない。ここは違う意見も聞いてみようと、壁際で大人しくしているタイラーに尋ねれば、「そうですね。なにをしましょうかね?」と曖昧な反応しかない。真面目に考えろ。

 とりあえず外に行こうと提案するのだが、誰も動かない。ジャンだけが上着を用意しようとしてくれる。俺の味方はジャンだけだ。

 部屋の中央で仁王立ちする俺。黒猫は相変わらず魔導書を守っているし、マーティーとティアンは困ったように顔を見合わせている。ガブリエルとタイラー、それにジャンは無言を貫いている。

「そうだ、ユリス様」
「どうした、タイラー」

 俺の横に片膝をついたタイラーは、「急な話で申し訳ないのですが」と前置きした上で、明日は休みをもらいたいと申し出てきた。タイラーがお休み欲しいと主張するなんて初めてだ。「なんで?」と訊けば、「ちょっと急用が」とぼやけた答えしか寄越さない。

 だが別に拒否する理由もない。わかったと頷けば、「明日は代わりに副団長にお任せしますので」と添えられた。

「セドリック?」
「はい」

 なんと。彼はこの間、湖へのピクニックの際にチラッと顔を見たきりである。副団長に戻って以来、なかなか会う機会がなかったため嬉しい。明日が楽しみである。


※※※


 結局、外遊びはしなかった。みんな乗り気ではなかったのだ。お子様の集まりのくせして。

 最終的には、マーティーが椅子に座ったまま動かなくなったため、そのまま部屋で遊ぶ羽目になったのだ。ティアンも動かなかったし。というわけで丸めた紙をひたすらマーティーに向かって投げていたのだが、ティアンに止められた。タイラーも「やめなさい」と怖い顔をしていた。

 仕方がないのでお絵描きをすることにした。マーティーにもペンを持たせて紙を押し付ければ、「おまえ十歳にもなってお絵描きしてるのか?」と怪訝な顔をされた。しかしすぐに何かを察したみたいな顔をしたマーティーは「そういや六歳だったな」と俺にしか聞こえないくらいの小声で、納得したように呟いた。誰が六歳だ。失礼極まりないだろ。

 なんかマーティーが、俺のことを舐めている。あれだけユリスにビビっていたくせに、中身が偽物だと知るやいなや明らかに態度がデカくなった。

 これはいけない。俺の方が断然年上であると教えなければ。十歳児に舐めた態度をとられるのは不愉快である。

「マーティー!」
「なんだ」
「ベイビーが! 調子に乗るなよ!」
「突然どうした」

 腕を組んで余裕なマーティーは、泣く気配がない。なんでだ。こいつはベイビー扱いすると泣くはずなのに。

 再度マーティーの正面にまわり込んで、次は隠し持っていた紙ボールを顔面に向かって投げつけてやった。けれども、ひょいっと軽くキャッチしてみせたマーティーは、「ボール遊びしたいのか?」と偉そうに問いかけてくる。なんだこいつ。

「……なんで泣かない」

 真正面から尋ねれば、「なんで泣かないといけないんだ」と困惑顔が返ってきた。

「というか、ユリス様。マーティー様を泣かせるつもりだったんですか?」

 察しの良いティアンが、眉を吊り上げている。タイラーも眉間に皺が寄っている。最近、タイラーがブルース兄様に似てきた気がする。ちょっとしたことですぐ怒る。

 なんだか急に追い込まれた俺は、すんっと黙って立ち尽くす。そんな俺を見て、声を上げたのはマーティーだった。

「ティアン。僕は気にしていないぞ」
「ですがマーティー様」
「六歳の子供のやることだ。気にするな」
「……ユリス様は十歳ですよ?」

 十六歳だよ。

 怪訝な顔をするティアンは、得意気なマーティーを前にどう声掛けすべきか迷っていた。慌てたガブリエルが「マーティー様? なにをおっしゃるのですか。ユリス様はマーティー様と同い年ですよ」と言い聞かせている。

 そのまま俺にぺこぺこ頭を下げるガブリエルは、青い顔をしていた。ジャンみたい。

『おまえ本当は六歳くらいだろ?』

 すべての元凶である黒猫が、呑気にそんなことを言っている。違うよ。十六歳だって言ってるだろうが。
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