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206 古い本

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 マーティーが持ってきた箱は、ちょうど本一冊が入りそうなくらいの大きさだった。間違いない。中身は魔導書だ。黒猫ユリスがシャーシャー怒っているのが、なによりの証拠だ。

 隙あらば飛びかかってこようとする黒猫ユリスをジャンに持たせて、マーティーとふたりで早速箱を開封する。「あの、ユリス様。朝食は?」と弱々しく声をかけてくるジャンを、マーティーがちらちらと気にしている。心配するな。ジャンは放っておいても大丈夫。

 ガブリエルの姿は見えない。どうやら朝っぱらから俺の部屋に踏み入ることを躊躇しているらしい。箱を持参してきたマーティーは、ちゃっかり着替えを済ませていた。俺もマーティーを待つ間に着替えた。黒猫ユリスはずっと機嫌が悪そうだ。

 勢いよく箱を開けて、俺はぱっと顔を輝かせる。中身は本だった。これは魔導書に違いない。

 わくわくと取り出す俺の横で、マーティーが「なんだそれは」と興味津々に身を乗り出してくる。

 ひと目見て、古い物だとわかる。色褪せしており、時代の流れを感じる。おぉ! と歓声を上げて表紙を捲る。よくわからん凝った装丁である。なんか表紙は固くて革っぽい手触りである。よくファンタジー世界にありがちなザ・魔導書みたいな作りをしていた。

 パラパラとページを一枚ずつ確認するが、よくわからん図と文字に埋め尽くされている。ちょっと読めない。俺がちょっとだけ知っているこの世界の文字とも違う。マーティーを確認すると、彼も眉を寄せていたので読解できないのだろう。

 ぴゃーっと最後のページまで雑に流し見て、パタンと閉じる。

「……意味わかんない」

 率直な感想を呟いたところ、マーティーも「そうだな」と同意してくる。物自体はいいと思う。いかにもファンタジー感満載で素敵だと思う。オシャレなインテリアっぽい。

 だがしかし。それだけである。中身にも意味があるのだろうが、俺には理解できない。マーティーにも理解できない。そうなると、もうこれは単なるオシャレアイテムだ。部屋の本棚にでも立てとくかな。違和感なく馴染みそうである。

「あんまり面白くなかった」

 改めて、期待はずれであった旨を黒猫ユリスに報告すれば、彼は先程までの不機嫌から一転して、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。

『ガキ共には難しかったか』

 自分も同い年のくせして、すげぇ見下してくる。

 ぽいっと魔導書を放り出して、朝食のために席に着く。マーティーもそれに続く。魔導書が手に入ればもっと面白いことが起きると思っていたんだけどな。現実はそう上手くいかないってことか。


※※※


「こんにちは、マーティー様」
「今日も来たのか、ティアン」

 偉そうにティアンを出迎えるマーティーは、すっかりヴィアン家に馴染んでいた。お泊まりは初めてと言っていたわりには、すごく図々しい。我が物顔で屋敷を使っている。

 午後からやって来たティアンは、俺とマーティーに挨拶すると「今日はなにをしますか?」と訊いてくる。いつもはそんなこと尋ねないくせに。勝手に俺の部屋に入って来て、勝手に読書を始めるのがいつものティアンである。

 マーティーに気を使っているのかもしれない。お兄さんぶって俺たちをリードしようとしてくる。どういうつもりだ。

「噴水見に行くぞ」

 とりあえず提案しておけば、「昨日見ただろ」とマーティーが嫌な顔をする。なんで昨日見たら今日はダメなの? そんなわけなくない? 

 ムスッとする俺に、ティアンが「外は寒いですよ」と追い討ちをかけてくる。だからなんだ。冬なんだから寒いのは当たり前だ。

 困ったように眉尻を下げるティアンは、「うーん」と唸りながら視線を彷徨わせている。どうやら噴水よりも良い物を見つけて俺の気を逸らしたいらしい。その手には乗るか。

 強引に外に行こうと、一番気の弱いマーティーの手を取る。そのままぐいぐい引っ張れば、マーティーが助けを求めるようにガブリエルを見つめていた。

「あれ。なんですか、これ」

 そんな中、ティアンが間の抜けた声を発した。視線の先には、放置していた魔導書がある。テーブルに無造作に置かれたそれを手にして、ティアンは興味深そうに眺めている。

「ユリス様。これどうしたんですか?」
「オーガス兄様にもらった」

 なんかオーガス兄様がそんな感じのことを言っていたからな。適当にお答えすれば、ティアンが「これすごく珍しい物なのでは?」としげしげと魔導書を観察する。

 まぁ、珍しい物だろうな。たぶん。よくわからないけど。とりあえず黒猫ユリスが『触らせるな! 取り返せ!』と足元でうるさい。仕方がないので、マーティーを解放してティアンへと右手を差し出す。

「返して」
「はい。ユリス様、これ読めるんですか?」
「読めない」

 俺に返した魔導書を名残惜しそうに見つめたティアンは、「それ昔の文字ですね」とわかったような発言をしている。

「昔の?」
「えぇ、相当古い本ですね」

 昔の文字。だったら俺には読めないな。「お勉強しないからですよ」と眉を顰めるティアンの様子を見るに、どうやら普通に勉強する類のものらしい。日本の高校でいう古文や漢文のような扱いなのだろうか。すかさず「マーティーも読めないって言った!」と教えてやれば、マーティーがびくりと肩を揺らした。

「ぼ、僕はこれから勉強するんだ! 毎日サボっているおまえと一緒にするな!」
「俺も毎日勉強してるが?」
「嘘つけ! カル先生がおまえはまったく勉強しないと嘆いていたぞ」

 そういや俺もマーティーも家庭教師はあの人だったな。カル先生め、余計なことを!
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