冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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202 勘のいいお子様

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「一緒に寝よう」
「……は?」

 マーティーはしばらくヴィアン家にお泊まりする。彼のために客室が用意されているらしいが、せっかく遊びにきているのに別室とは何事だ。俺は、修学旅行は就寝時間が一番楽しいタイプである。毎日暇で仕方のない俺である。当然、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 ということで就寝時間が近づいてきた頃。部屋に引き上げるというマーティーを強引にお誘いしたところ、怪訝な顔が返ってきた。ガブリエルも固まっている。

「なぜ?」
「そっちの方が楽しいから」

 むしろ楽しいから以外の理由なんてないだろ。マーティーってもしかして友達と遊んだことないのか?

「友達の家にお泊まりしたことないのか?」
「あるわけないだろ。こう見えて僕は王族だぞ。そう易々と他人の家に泊まったりはしない」

 ちょっと訊いただけなのに、えらく上から目線で対応された。急に王族アピールされても。どう反応すればいいのか。

「というか、僕たち別に友達でもないだろ」
『そうだ。こいつは僕の下僕だ。友人に格上げなんてしてやる必要はない』

 黒猫ユリスが酷いこと言っとる。従兄弟だろ。仲良くしてやれよ。

「友達じゃないって。マーティーは俺の下僕のままでいいのか?」
「だから! おまえの下僕になんてなった覚えはない!」

 威勢の良いマーティーは、ガブリエルを意識しながらも果敢に立ち向かってくる。それに黒猫ユリスが不愉快そうに顔を歪めている。

『なんだこのガキ』

 おまえの従兄弟だよ。あとガキ扱いしてるけど正真正銘の同い年だろ。

「猫と一緒に寝られるぞ?」

 ふと思い付いて、足元の黒いもふもふを示してアピールすれば、「本当か」とマーティーが食いついてくる。『僕を餌にするんじゃない』とのクレームが聞こえたような気がするが無視だ。

 ちらりとガブリエルに目を遣るマーティー。それを受けて、ガブリエルが「よろしいのでは?」と短く応じている。お許しを得たマーティーは、途端に上機嫌となった。

「たまにはいいんじゃないかな? 僕にはおまえが悪事を働かないよう見張る義務がある。仕方がないから付き合ってやろう」
「偉そうだな」
「あたりまえだ。僕は王子だぞ」

 真正面から俺の嫌味を受け止めたマーティーは、すごく図々しい。だが相手は十歳児である。俺が折れてやらねばならない。

 あと俺の悪役設定まだ続いているのか。お子様のごっこ遊びはよく分からない。


※※※


「猫に触ったらダメだからね」
「しつこいぞ!」

 ガブリエルやタイラーたちが全員引き上げて、部屋には俺とマーティー、それに黒猫ユリスだけとなった。マーティーと一緒に寝てもいいか、一応嫉妬深いオーガス兄様にお伺いしたところ「いいんじゃない?」との素っ気ない反応があった。マーティーはいいんだ。ベイビーだからかな。いまいち基準がよくわからない。

 図々しく俺のベッドを占領するマーティーから、頑張って黒猫を守る。猫と一緒に寝ていいとは言ったが、持っていいとは言っていない。だがマーティーは果敢に猫へと手を伸ばしている。少しは遠慮しろ。

「しかしなんだ。ユリスも随分と変わったな」
「どこが?」

 やれやれと肩をすくめたマーティーが、不意にそんなことを口にした。ちらりとベッドの上で丸くなる黒猫ユリスに目をやって、俺はマーティーの青色の瞳を見つめた。穏やかな瞳は、何を考えているのか察しがつかない。

「ちょっと前までおまえは冷たい奴だった。僕に泊まりに来いなんて絶対に言わなかった。まして一緒に寝ようだと? 頭でもぶつけたか?」

 なんで突然そんなこと言い出すんだ。悪口とも取れる言葉の数々に黙っていると、マーティーはこれまでの不満を吐露するように顔を歪めた。

「兄上たちは、おまえが成長して丸くなったと思っているが。僕はそうは思えない」

 ぴくりと、黒猫の耳が動いている。

「成長というか。むしろ別人に入れ替わったと言われた方がまだ納得がいくぞ。それくらい今のおまえはおかしいと思う。本当にどうしたんだ?」

 ぱちぱちと目を瞬く。事実、ユリスの中身は入れ替わっている。ブルース兄様でさえその点については勘付いていないのに。やるな、マーティー。

『適当に誤魔化しておけ』

 くわっと呑気に欠伸をする黒猫ユリスは、そう指示してくる。そうだな。それが無難である。

「あのね、マーティー」
「本当に何を企んでいる? 場合によっては、僕はおまえを許さないぞ」

 目力強めに睨まれて、ぴたりと口を閉ざす。『おい、どうした?』と黒猫が怪訝な表情を見せているが、それどころではない気がする。マーティーは泣き虫だけど、度胸はあると思う。ユリスのことを嫌っていながらも、こうやって際どいところにぐいぐい首を突っ込んでくるところとか。

「……あのね、マーティー」

 再び口を開いた俺は、マーティーの青い瞳をしっかり見据えた。

「俺、ほんとはユリスじゃないから」
『おい! 馬鹿!』
「俺は偽ユリスだから。マーティーの言う通り、マジで入れ替わったんだよ」

 しんと、室内が静まり返った。
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