冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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201 キャンディー

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 俺とエリックは結婚しない。あれはエリックによる面白くない冗談である。

 そう何度も言い聞かせるが、マーティーは疑いの目を向けてくる。どこに疑う要素があるんだよ。俺がいつエリックのこと好きって言ったよ。

 あまつさえ、俺はエリックと結婚した後、国王陛下の座を奪うつもりでいるというとんでもない勘違いをしている。ユリスはまだ十歳だぞ? 十歳児にどんな役回りを期待してんだよ。過剰な期待にも程がある。無理だよ、俺。そんな悪役っぽいことできないって。相変わらず床の上で大笑いする黒猫ユリスは、可笑しさのあまり転げ回っている。

「ふん! 僕は騙されないからな」
「騙してないのに騙されようとしているベイビーに言われてもな」
「誰がベイビーだ!」

 詐欺なんてやってないのに勝手に騙されているマーティーは、見ていて哀れである。誰か訂正してやれよ。俺の言うこと全然聞いてくれないんだが。頑ななところが兄のエリックにそっくりである。

「申し訳ございません、ユリス様」

 しまいには従者のガブリエルがぺこぺこ頭を下げている。「気にしないで」と伝えるのが精一杯だ。

「謝る必要はないぞ、ガブリエル」

 偉そうに言い放つマーティーは、俺を敵かなにかと勘違いしている。ただの従兄弟相手になにを警戒しているのか。呆れるが、彼の気持ちも分からなくはないだけに複雑だ。本物ユリスは相当な悪ガキだしな。しかもマーティーのことを下僕呼ばわりしており、彼のことを泣かせるべく奮闘している様子だった。悪魔という例えもあながち間違いではないかも。

『僕が王の座を奪ったら、真っ先におまえを始末してやると言ってやれ』

 嫌だよ。そういうことばっかり言うからマーティーに嫌われるんだぞ。

 だがこのままでは収拾がつかない。考えた末に、俺は隠していたキャンディーを戸棚から引っ張り出す。ジャンが「またそんなところに隠して」とちょっと控えめに抗議してくるが気にしない。

 ひとつ取り出して、マーティーに押し付けておく。

「ほら。これやるから泣くな」
「泣いてない!」

 力強く主張するマーティーは、ぎゅっと唇を引き結ぶとキャンディーを奪い取ってきた。

「ま、まぁ? おまえが僕をもてなすというのなら拒みはしない」
「いらないなら返して。俺が食べる」

 恩着せがましいマーティーからキャンディーを奪い返そうとすれば、「誰もいらないとは言っていない!」と強めの主張が返ってきた。結局いるのかよ。だったら初めから素直に欲しいと言えばいいだろ。

 俺もキャンディーを口に放り込んで、しばらくふたりで黙ってキャンディーを味わう。ちなみにこれはアロンが厨房から盗んできたものだ。そのことをマーティーにも教えてやれば、彼は「大丈夫なのか、それ」と咽せてしまった。

「心配するな。俺も結構お菓子とってくるけど意外とバレない」
「おまえ普段そんなことしてるのか?」

 そうだ。なんか文句でもあるのか。そもそもこの屋敷に子供は俺とティアンだけである。兄様たちはお菓子食べないらしいし、ティアンも勝手にうちのお菓子を食べたりはしない。ということは屋敷内にあるお菓子は全部俺の物と言っても過言ではない。

 自信たっぷりにそう断言すれば「そんなわけないですよ。勝手に食べてはいけません」とタイラーが生真面目に諭してくる。

「タイラーも食べるか?」

 ブルース兄様に告げ口されても厄介なので、賄賂としてタイラーにもキャンディーを渡そうとするが「結構です」と拒否されてしまった。

 代わりにガブリエルに渡しておくことにする。「有難き幸せでございます」と大袈裟なくらいに感謝したガブリエルは、きっとキャンディーが大好きな人なんだ。俺的にはキャンディーってもらって嬉しいお菓子ランキング下位なんだけどな。ガブリエルにとっては上位らしい。ふむ。マーティーが「ガブリエルに絡むんじゃない」と俺の腕をとってくるが気にしない。

 そんなに好きならもっとあげてもいい。追加で二個ほど渡せば、これまたガブリエルがあり得ないくらいに恐縮している。そんなにキャンディー好きな人初めて見たよ。
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