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178 お膳立て

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「オーガス兄様、喜んでくれるかな?」
「え、なにをですか?」

 本気でわからないと目を見張ったタイラーはダメだ。ジャンを振り返って同じ質問をぶつければ、彼は「ど、どうでしょうか?」と曖昧に首を捻ってしまう。

 俺はすごく活躍した。オーガス兄様の恋愛を陰ながら応援するべく奮闘した。これできっとオーガス兄様とキャンベルはうまく行くと思う。

 早速成果をお知らせしてやろうとオーガス兄様の部屋に戻る。「また来たんですか」と眉を顰めるニックを無視して、いまだに鏡を入念に覗き込むオーガス兄様に近寄った。

 部屋にはなぜかブルース兄様もいた。アロンは見当たらない。どうやらブルース兄様もオーガス兄様の恋愛に興味があるらしい。「野次馬しにきたの?」と訊ねれば、「変なこと言っていないでおまえは部屋に戻れ」と言われてしまった。なんで俺だけ仲間外れにしようとするのか。嫌な兄である。

「オーガス兄様!」
「今度はなにしに来たの?」

 ブルース兄様に興味はない。頬を引き攣らせるオーガス兄様に駆け寄って、俺は先程の素晴らしい活躍を語ってやる。

「キャンベルに会った」
「うぇ⁉︎」

 なぜか目を剥いたオーガス兄様に、タイラーとジャンが「申し訳ありません」と頭を下げている。なにかしたのか、ふたりとも。

「どうやら庭園を散歩されていたようで。噴水前でユリス様と鉢合わせに」
「しまったぁ……!」

 頭を抱えるオーガス兄様。よくわからんが、俺はできた弟なので。ぽんぽん背中を叩いて励ましてあげる。ブルース兄様がやめろと眉を寄せている。

「どんまい」
「君に言われたくはない」

 どういうことだよ。

 だがオーガス兄様の挙動が不審なのはいつものことだ。気にするだけ無駄。

「キャンベルはなにか言ってた?」

 そのうちおそるおそる顔を上げたオーガス兄様が、キャンベルについて訊ねてくる。どうやら好きな子に興味津々らしい。俺はオーガス兄様よりも先に恋人作った実績がある。兄弟の中で一番恋愛経験豊富なので。惜しみなくアドバイスしてやろうと思う。

「えっと、なんか、うーん」

 あれ? キャンベルはなんて言ってたかな?

 なんかこうあわあわしていた。オーガス兄様そっくりの動きをしていた。

「あ、えっとね。オーガス兄様じゃキャンベルにはつりあわないって言ってたよ」
「僕そんなこと言われてんの⁉︎」

 なんで⁉︎ と悲痛な声をあげるオーガス兄様に、タイラーが慌てて「違いますよ。逆です逆」と言い募っている。

「自分は男爵家の出身なのでオーガス様とは不釣合いだと気にしておられるご様子でした」
「そ、そっちね。びっくりした。たいして会ったことないのに嫌われてんのかとびっくりした」

 ほっと胸を撫で下ろすオーガス兄様は「なんでそんなビビらせるようなこと言うのさ」と俺に恨めしい視線を送ってくる。

「でも俺、オーガス兄様のこと応援するって決めたから」
「ありがとう。その気持ちだけもらっておくね」

 照れたように頬を掻いたオーガス兄様。

「ちゃんとキャンベルにも教えておいたよ」
「え、なにを?」
「オーガス兄様がキャンベルと結婚したいって言ってたって」
「なんで言っちゃうかな⁉︎」

 目を剥いたオーガス兄様は、天を仰ぐ。

「う、うわぁ。マジすか、ユリス様」

 変な物を見るような目で俺を見下ろしたニックは、「すごいですね」と突然俺を褒め始める。どうやら俺の気遣いに感動したらしい。

 ふふんっと胸を張れば、「なんで得意気なんだ」とブルース兄様が眉を寄せた。

「俺、恋愛のプロだから」
「あの程度でプロを名乗られても」

 俺に嫉妬しているらしく、軽く否定したニックはオーガス兄様の上着を整え始める。

「大丈夫ですよ。キャンベル嬢もここに呼ばれた時点でその可能性は察していたことでしょう」
「そ、そうかな」

 全然察していなかったけどね。なんで呼ばれたかわからないって言ってたけどね。オーガス兄様との恋愛とかあり得ないって言ってたけどね。

 でもあのキャンベルの必死な否定は照れ隠しだと思われる。もしくは謙遜。オーガス兄様にまったくチャンスがないわけではないだろう。

「大丈夫だよ、オーガス兄様」
「ユリス。そうだね。悪いように考えても仕方ないよね。頑張るよ」

 小さく拳を握り締めるオーガス兄様は、なんか戦いに出る前の戦士みたいな気迫だった。

「キャンベルにはオーガス兄様の本気が伝わったよ」
「そうかな。そうだと良いね」
「キャンベルと結婚したくてブルース兄様への縁談勝手にお断りしてたこととか、セドリック解任したこととか全部教えておいたよ」
「そうだね、色々あった、ね? え、は?」

 は? ともう一度強く声を発したオーガス兄様は、ピシリと固まってしまう。

「どうしたの?」

 もしや俺の気遣いに感動しているとか? 期待を込めてオーガス兄様に向き合えば、兄様は青い顔をしていた。

「い、言ったの⁉︎ 今の話、キャンベルに!」
「うん。オーガス兄様の本気を教えてあげようと思って」
「なんでそんなことするの⁉︎」

 悲痛な声を上げたオーガス兄様は「もうダメだ」と頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。

「なんで? なんで言っちゃったの?」

 なにやらショックを受けているらしいオーガス兄様。予想外の反応に、俺は面食らう。ここは喜ぶ場面では?

「えっと、お膳立てしておいてあげようと思って」
「どこが⁉︎ ぶち壊しにいってるじゃん!」

 もう終わりだぁ、と天を仰ぐオーガス兄様に、俺はどうすればいいかわからなくなる。俺は単にオーガス兄様がいかにキャンベルに対して本気かをお伝えしただけだ。

「ユリス!」

 しまいにはブルース兄様の怒声まで飛んでくる。これはなんか知らんが怒られるやつだ。首をすくめる俺であったが、ずかずかと大股で寄って来たブルース兄様からは、予想外の言葉が飛び出した。

「よくやった!」
「ブルース⁉︎」

 突然俺を手放しで褒め始めたブルース兄様に、オーガス兄様が口をあんぐりと開けている。

 そのまま俺をベタ褒めするブルース兄様。よくわからんがお手柄だったらしい。さすが俺。
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