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177 弟として応援する

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「もしかしてタイラーも噴水で泳ぎたくなった?」
「いえ、そんなことは」

 ふーん?
 そんなひた隠しにしなくてもいいのに。大人だから遠慮しているのかな。好きな物を好きって言うのはなんら悪いことではない。急に俺を噴水見学に誘うとは。タイラーも意外とシャイだな。

「夏になったら一緒に泳ごうね」
「それはちょっと」

 困ったように眉を下げたタイラーは、先程から俺の肩を後ろからガッチリ掴んでおり、はなす気配がない。噴水に近付けないでしょうが。やめろ。

 勢いよく水を噴き上げる噴水を見上げて歓声を上げていると、なにやら音がした。

 ジャンを振り返るが、突っ立っているだけで変わりはない。音の出所は彼ではないようだ。

 首を捻っていると、「あ!」と小さな驚きの声が聞こえてきた。さっと声のした方に顔を向ける。タイラーが俺を背に隠して庇うような動きを見せるが、俺は声の主に興味津々だった。

「あ! えっと、すみません!」

 向こうから姿を現したのは、なんか豪華なドレスに身を包んだお嬢様っぽい人だった。

 豊かな黒髪に優し気な顔立ち。清楚系のお姉さんだった。初めて見る顔である。おまけによそ行きと思われるオシャレなドレス。朝から必死にオシャレしていたオーガス兄様の顔が思い浮かんだ。

「もしかしてお客さん?」

 そうだ。オーガス兄様がそわそわしていたのは目の前で小さく頭を下げる彼女が原因かもしれない。

 なんか後ろにはメイドさんっぽいお供を連れているし、きっとそうだ。初めまして、とご挨拶すれば、お姉さんがドレスの裾を持って軽く屈んでみせた。お嬢様っぽい動きだ。なんかすごい。

「初めまして。キャンベル・リベラと申します。もしかしてユリス様でしょうか? お会いできて光栄です」

 キャンベル・リベラ。

 その名前を聞いた瞬間、俺の頭をオーガス兄様の泣き顔がよぎった。これは間違いない。彼女はあれだ。

「オーガス兄様の好きな子!」
「えぇ⁉︎」

 なぜか目を丸くしたキャンベルが、信じられないと口元に手を当てている。警戒を解いたタイラーが「ちょ! ユリス様! それ言っちゃダメです」と慌てて俺の口を塞ぎにくる。

 それを追い払って、キャンベルに歩み寄る。

「オーガス兄様と結婚するの?」
「えぇ⁉︎ い、いえそんな! 私はただの男爵家の出身です。そんな大公子様とご結婚なんてとんでもない!」

 急にあわあわし始めたキャンベルは、顔が真っ赤だった。

「じゃあなんでここに居るの?」
「それは。オーガス様にご招待いただきましたので、恐れながらご挨拶に」
「へー」

 なんの挨拶だろう。結婚の挨拶じゃないの?

 訝し気な視線を送れば、それに気が付いたキャンベルが「いえあの。私もどうしてお呼ばれしたのか見当もつかなくて」となんだか言い訳めいた言葉を並べ始める。一体彼女は誰に対して言い訳しているのか。なんか変な卑屈さを感じる。オーガス兄様にちょっと似てる。

「あのね、オーガス兄様はキャンベルのことが好ーー」
「ユリス様? 噴水で遊びましょう。ほら、すごいですねぇ」

 俺の口を塞いだタイラーが、突然噴水の方へと俺ごと向き直る。だが今はそれどころではない。目の前にあのキャンベルがいるんだぞ。そっち優先に決まっている。バタバタ暴れてタイラーから逃れる。「あ! こら!」と叱りつけてくるタイラーを無視して再びキャンベルの前に立つ。

 手招きすれば、優しいキャンベルは少し屈んでくれる。優しいお姉さんだ。どこぞのクソ野郎の妹である大嘘つきのお姉さんとは大違いだ。

 ちょっとキャンベルの耳に口を寄せて内緒話を試みる。大声で叫ぶとタイラーが邪魔してくるからな。そのタイラーは「だからダメですって、ユリス様」とこちらに手を伸ばしているが、キャンベルの手前俺を彼女から引き剥がすようなことはしない。

「ここだけの話ね」
「はい」
「オーガス兄様ってキャンベルのこと好きなんだって」
「そ、それはないです! だって私男爵家ですよ⁉︎ つりあいませんって!」

 無理無理と声を上げたキャンベルは、なんだか顔を真っ赤にしていた。

「なるほど。オーガス兄様じゃあキャンベルにつりあわないのか。オーガス兄様って気弱だもんね」
「ち、違います! 逆です逆! 私です。つりあわないのは私です!」

 私が悪いんです! と悲痛な声をあげるキャンベルは、なんだかオーガス兄様そっくりだった。
 もしかしたら気が合うのかもしれない。俺はデニスと絶望的に気が合わなかったので苦労した。しかしキャンベルとオーガス兄様はなんだか思考がそっくりだ。これはあれだ。良いお付き合いができるやつだ。

 弟として応援せねば!

 突然の使命感に目覚めた俺は、陰ながらオーガス兄様とキャンベルの恋愛を応援することに決めた。

「俺、ユリス」

 とりあえず仲良くなるために自己紹介しようと名乗れば、「存じております」とキャンベルが再びお辞儀をしてくれる。

「でもオーガス兄様はキャンベルのこと好きって言ってたから自信持って」
「そ、そうなのですか? が、頑張ります!」

 胸の前で小さく拳を握ってみせたキャンベルは気合十分だった。

「あのね、オーガス兄様はキャンベルと結婚したくてね。ブルース兄様にきた縁談勝手に断ってたんだよ」
「ユリス様⁉︎」

 大慌てのタイラーが俺を止めにくるが、邪魔はさせない。俺は今、オーガス兄様を全力で応援しなければならないのだ。

 オーガス兄様がいかにキャンベルを愛しているかお伝えしておいてやろうと思う。

 目を丸くするキャンベルに、「オーガス兄様はキャンベルと結婚したくて騎士団の副団長解任したりしたんだよ」とお知らせしておく。これでオーガス兄様の本気が伝わったことだろう。現にキャンベルが信じられないと口元を押さえている。

「な、なぜ? 私の縁談と副団長殿にどういう関係が?」
「えっと。キャンベルがブルース兄様に縁談したから。怒ったオーガス兄様が勝手に縁談お断りするところを副団長が目撃したの。それで口止めに解任されたんだよ」
「と、とんでもないことになっていらっしゃる! 私のせいですか⁉︎」
「もう解決したから大丈夫」
「本当ですか⁉︎」

 ひぇ、と情けない声をもらしたキャンベルは目を白黒させていた。

「ユリス様。そこまでにしましょうね。なんかもう手遅れな気もしますが」

 言うなり俺を抱え上げたタイラーは、キャンベルに一礼してみせる。

 俺はもう抱っこは卒業したんだぞ。はよ降ろせ。
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