冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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167 我慢の限界

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「もう終わりだ」
「……そうか」

 黒猫ユリスを抱えたままブルース兄様の部屋に突入すれば、仕事中の兄様が顔を上げた。「なんで毎度俺のとこに来るんだ」と苦い声を絞り出しているが聞こえないフリをしておく。だってオーガス兄様は頼りにならないもん。俺を追い出そうとしてくるし。

「二股なんてかけるからですよ」

 いい加減アロンがうるさい。
 被害者面する彼は、今日も今日とてソファーで寛いでいる。仕事はどうした。

「デニスは?」
「温室に置いて来た」
「置いて来てやるなよ。気の毒に」

 なぜかデニスの心配をするブルース兄様は事の重大さがわかっていない。俺がどれだけストレスだったか知っているのか。あれ以上あいつと一緒にいるとどうにかなってしまう。俺の猫を奪おうとしたんだぞ。

「もう終わり。俺ら離婚する」
「まだ結婚もしてないだろうが」

 すっかり仕事の手を止めたブルース兄様は思案するように顎に手をやる。

「デニスのなにが気に食わないんだ」
「なんかね、絶望的に趣味が合わない」
「だろうな」

 性格の不一致ってやつだ。
 勝手に納得したブルース兄様は、ため息をつく。

「デニスは大人だからな。やることなすことが子供のユリスとは合わないだろうよ」
「デニスは大人じゃない。ませてるだけ」
「おまえもな」

 なぜか俺を軽くディスった兄様。横ではいつの間にか寄って来ていたアロンが「じゃあ俺にしときましょうよ」と俺の手を取る。俺にしときましょうってなにが? もしかしてアロンは俺とお付き合いしているつもりなのだろうか。俺お断りしたよな?

「デニス様との婚約の件はきっぱりお断りするべきでは?」

 ひとり俺について来たタイラーが眉を寄せる。
 ジャンとティアンはデニスの相手をしているらしい。ティアンとデニスは顔見知りっぽかったから彼がなんとか宥めようとしているのだろう。あんなお子様放っておいていいのに。ティアンも大変だな。

「そもそも婚約者なのか? 一体いつの話だ」

 難しい顔のブルース兄様に、黒猫ユリスから聞いたことをお話ししてやる。

「あのね、前にデニスと会った時、デニス髪長かったから」
「それで気に入ったのか?」
「うん」

 あと顔が可愛いと付け足せば、ブルース兄様は妙な顔をする。

「……やたら長髪に執着していると思っていたが、そんな昔から? おまえほんと好きだな」
「うん」
『待て。別に僕は長髪が理由で好きになったわけではない。単に女だと思っただけだ』

 黒猫ユリスがごちゃごちゃ言ってるが、意味はだいたい同じだろ。訂正する必要はないと思う。

 黙っていれば、アロンが「俺も髪伸ばした方がいいですか?」と真剣に悩んでいる。どっちでもいいと思うよ。うーん、だがアロンの長髪か。ちょっとイメージできないな。見てみたい気もするし、似合わないような気もする。

「……アロンは、長髪似合わないかもしれない」

 親切心から一応伝えておけば、アロンが「俺はそのままで十分魅力的ってことですか?」とものすごくポジティブな解釈をしている。もうそれでいいよ、面倒くさい。

「ブルース兄様がお断りしておいて。デニスは俺の言うこと聞いてくれないから」
「なにを言っているんだ。そういうのは自分の口から伝えるべきだろうが」

 果たしてそうだろうか。デニスはしつこいからな。お別れしようと言っても嫌と突っぱねられるかもしれない。現に付き合うと決めたのもデニスが「責任とって!」とうるさかったからだ。別れようなんて言ったらそれ以上にごねられると思う。どうしよう。

「おまえら絶望的に合ってないだろ。デニスもちょっとおまえを揶揄っているだけだ。真剣に話せばわかってくれると思うが?」
「そうだといいけど」
「まぁ、お試ししてみて無理ってわかったんだからいいじゃないか。な?」

 なにやら俺を励まそうとしているのか。妙に優しい言葉を投げてくるブルース兄様。その気遣いはありがたい。

 だがしかし。

「彼女いないブルース兄様に言われてもな」
「喧嘩なら買うぞ?」

 まったく、短気な兄を持つと大変だな。
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