上 下
170 / 586

160 約束

しおりを挟む
 デニスいわく。
 彼とユリスは結婚の約束をしたらしい。いつの話だよ。ちなみに現在、ユリス十歳、デニス十一歳らしい。マジでいつの約束だよ。

 ぽかんとする俺に構わず、デニスはひとり楽しそうににこにこしている。愛想のいい子供だ。

『……昔、こいつ髪が長かったんだ』

 え。なにそれ見たかった。俺が好きなのは大人の長髪男子であるが、別に子供でもいいかもしれない。デニスは可愛い系だからちょっと俺の好みからはズレるけど、単純に長髪は好き。なんで切ったんだ。長髪に対する冒涜だ。

『それにこの顔だろ。あの時はもっと幼かったし』

 なにやらもごもごと言い訳を始めた黒猫ユリス。もしやなにか心当たりでもあるのか。ぎゅっと抱える腕に力を込めれば、黒猫ユリスが苦々しい声を出した。

『女だと思ってたんだ』
「は?」

 え? なんだって?

 思わず困惑を口に出した俺に、デニスが「どうしたの?」と優しく問いかけてくるが、それどころではない。

 黒猫ユリスを凝視すれば、ばっちりと目があった。

『だから。三、四年前くらいの話か? こいつに会った時、女だと思ったんだ。それで結婚してくれとか言われたから』

 結婚するって言ったのか?

 視線で訊ねれば、黒猫ユリスが小さく頷いた。

『顔が可愛かったから。とりあえず唾付けとくかと思ってな』

 やってることがアロンと一緒だ。わるにゃんこめ。てか三、四年前ってユリス六歳とかじゃん。ませてる。すごくませてる子供じゃん。なんか嫌だ。

 なんてことだ。デニスはその時のユリスの言葉を覚えていて、なおかつ本気にしているらしい。彼も彼でどうなってんだよ。そんな子供の頃の口約束なんて真に受けるなよ。

『いやあ、後から実は男だと知ってな。それ以来会うこともなかったんだが。まさか本気にしていたとは。こいつ頭大丈夫か?』

 責任転嫁がひどい。デニス可哀想。

 つまり本物ユリスはデニスを女の子と勘違いして結婚の約束をした。ところがデニスが男の子だと判明し、めっきり興味を失いそれきり放置していた、ということらしい。クソじゃん。アロンにも負けないくらいのクソ野郎じゃん。

 だが今のユリスは俺である。

 いくら本物ユリスがクソな行いをやっていたとしても、俺が責任を取るのはごめんである。丁重にお断りせねば。

「あ、あのね、デニス」
「前みたいにデニーって呼んでよ」
「デニー」

 ダメだ。なんかこう、罪悪感が。いや、ここで諦めたらダメだ。頑張れ、俺。

 ちなみにタイラーとティアンは無言で俺らのことを見守っている。デニスが公爵家のご令息だから強く出られないらしい。ジャンも少し離れたところでオロオロしている。援護射撃は期待できないぞ。

「えっと、それは昔の話だから」
「うん。だからユリスが覚えていてくれてすごく嬉しい」
「お、おぉ」

 ポジティブ。
 あとなんかふにゃふにゃ笑ってて「おまえと結婚するなんて冗談に決まってるだろ!」とは言い難い。相手がアロンだったらズバズバ言いたいこと言えるのに。なんかデニス相手だと言い難い。顔が可愛いからか? 可愛い系だとちょっと強く言えないんだが?

 交代して欲しい。今こそ本物ユリスと入れ替わって彼に全てをお任せしてしまいたい。俺にはちょっと無理。

 ごくりと唾を飲み込んで、黒猫ユリスと視線を合わせる。だが何かを察したらしい黒猫がふいっと視線を逸らしてしまう。そのまま顔を俯けて断固入れ替わり拒否体勢を取ってしまう。薄情者。

「せっかく会えたんだし、少しお話でもしない?」
「う、うん」

 うるうるしたお目めで覗き込まれると、お断りできない。話くらいならとこくこく頷けば、黒猫ユリスが『絆されてどうする』と呆れ声をもらした。いや誰のせいでこうなったと思っているんだ。
しおりを挟む
感想 424

あなたにおすすめの小説

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...