冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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159 婚約者?

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 婚約者ってあれだよな。結婚相手ってことだよな。俺まだ十歳。びっくり。

 驚いて黒猫ユリスを見下ろせば、なぜか毛を逆立ててびっくりしているようだった。いや、マジで本物ユリスも知らないの? どういうことだよ。

「心当たりないんですね」

 俺の反応を見たティアンとタイラーがほっと胸を撫で下ろしている。どうやらブルース兄様たちの反応から察するにヴィアン家としても心当たり皆無のようだ。

 いやしかし。

「ちょっと会ってみたい」
「ダメですよ」

 婚約者だぞ? ユリス側には一切覚えがないとはいえちょっと、いやかなり興味がある。可愛い女の子に会いたい。ちょっとでいいから挨拶すると騒げば、ティアンが何とも言えない表情を作る。

「デニス様は男です。公爵家のご令息です」

 男⁉︎
 なんだって?

 目を見開いて再び黒猫ユリスを見下ろせば『は? 知らない。まったく覚えがない』と返ってきた。こっわ。誰も知らない婚約者って一体。これは果たして本物ユリスに非があるのか、それともデニスとやらが本物ユリス以上に激ヤバなのか。どっちだ。

 てか本物ユリスはマジで知らないのか?

 こいつはかなりのサイコパスである。気に入らん人間の頭をいきなり花瓶でぶん殴ろうとするくらいにはヤバい奴である。本人に記憶がないだけでは? 昔のことを綺麗さっぱり忘れ去っている可能性もある。

「本当に誰なの。デニスって」
『知らん』

 顔を見合わせる俺と黒猫ユリス。「なんでさっきから猫ちゃんに訊くんですか」とティアンが呆れている。どうやら俺が猫とお喋りごっこして遊んでいると思っているらしい。非常に不愉快である。俺はそこまで子供じゃない。

 しかし男に興味はない。可愛い女の子だったらラッキーと思っていたのに全然違った。べつに会う必要はないな。ブルース兄様がなんとかしておくって言ってたし。お任せしよう。

 そうして俺は外遊びを諦めて、部屋で大人しくティアンと遊んでやることにした。


※※※


 部屋で遊ぶのにも飽きてきた。正確にはタイラーが「遊んでばかりいないで、少しはお勉強したらどうですか」とうるさいのが嫌になった。外遊び中はそんなこと言わないのに。部屋に引きこもっているとすぐそばに勉強道具があるため途端に勉強しろとうるさくなる。

 そんなこんなでタイラーに苛立ち始めた俺は、床で丸くなる黒猫ユリスを持ち上げた。

『なにをする』
「散歩」

 言うなり廊下へと駆け出した俺を、タイラーとジャンが慌てて追いかける。ひとり読書をしていたティアンは遅れて立ち上がる。

『毎度思うのだが、僕を抱えて走る意味がわからない』
「楽しいから!」
『僕はまったく楽しくない』

 マジで?
 そんなことある?

「俺が楽しいから大丈夫」
『なにも大丈夫ではない』

 ぐちぐちと文句を吐き出す黒猫ユリス。そうして廊下をぐるぐる走りまわっていれば、追いついてきたタイラーに首根っこを掴まれた。こいつは俺の扱い方がちょっと雑になりつつある。

「廊下は走らない」
「はーい」

 渋々お返事すればタイラーが不満そうに眉間に皺を寄せた。俺の心のこもらない返事が気に食わなかったらしい。気難しい男である。

 そうして廊下のど真ん中で小言を口にし始めたタイラーであったが、向こうから歩いてくる人影を見るなりぴたりと口を閉ざした。その顔がみるみる険しいものになる。

 首を伸ばして人影を確認すれば、どうやら相手は子供らしい。年齢的にはティアンくらいか?

「ユリス!」

 ばっちり目が合うなり駆け寄ってきた少年。廊下は走るんじゃない。俺は今まさにそれで怒られてるんだぞ。

 俺よりちょっと背が高い少年は、にこにこと人当たりのいい笑顔で俺に握手を求めてくる。だが生憎と俺は猫を持っていて忙しい。握手を拒否すれば、少年が代わりと言わんばかりに黒猫ユリスをなでなでする。人の猫に勝手に触るな。

「久しぶりだね。会えて嬉しいよ」

 勝手に喜び始める少年はなんだか貴族のお坊ちゃんみたいな子だった。ユリスもお坊ちゃんだけど。

 明るめの茶髪にくりっと大きな目。俺ほどではないが、なかなかに可愛らしい見た目をしている。

 一体誰だ。首を捻っていると、腕の中で黒猫ユリスが目を丸くした。

『あ、もしかしてデニーか』
「デニー?」

 誰それ。
 黒猫ユリスの言葉を繰り返しただけなのに、目の前の少年がふにゃっと相好を崩す。

「そう! デニーだよ。覚えていてくれて嬉しいな」

 そう言って再び黒猫ユリスの頭をもふもふするデニーとやらは、「約束、覚えていてくれたんだ」とふわりと微笑む。

 約束?

 悪いが俺はなにひとつ知らない。はじめまして状態である。けれども黒猫ユリスがぴしりと固まっている。どうやら約束とやらに覚えがあるらしい。

「……デニス様」
「やぁ、ティアン。君も久しぶりだね」

 おずおずとデニー少年に声をかけたティアン。彼が口にした名前に、俺はびっくりして腕の中の黒猫ユリスを落としてしまった。「おっと、危ない」とデニー少年が間一髪で受け止める。

 デニスって。

 え? こいつが例の婚約者?
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