冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
154 / 637

145 例のもの?

しおりを挟む
 そろそろ帰るという時である。

 ちゃんとお土産も渡したし、マーティーに猫見せたし、エリックにオーガス兄様からの伝言も聞かせたし。やり残したことはないな、と指折り数えて確認していた俺を、マーティーが険しい顔で呼んだ。

「どうした」
「ちょっとこっちに来い」
「ん?」

 どうやら内緒話でもあるらしい。周囲をキョロキョロと見回すマーティーは、挙動不審であった。今から内緒話するんで! 邪魔しないでください! みたいな雰囲気をひしひしと感じた。隠し事下手くそかよ。

 ちらりとティアンに目をやれば、さっと視線を逸らされた。どうやら気が付いていないふりをしてくれるらしい。そうしてその場にいた全員がマーティーの不審行動に気が付かないふりをするという異常事態の中、俺は黒猫ユリスを抱えて彼に近寄った。

「なに?」
「あれはどうすればいい」

 あれ?

 声をひそめたマーティーは、俺の手を取って壁際まで引きずっていく。されるがままについていく俺は偉い。相手はベイビーだからな。付き合ってやらねば。泣かれても困るし。

 そうして壁際にたどり着いたマーティーは、ひそひそ声で再び問いかけてくる。

「ほら、あれだ。おまえが僕に預けてきたあれ。あの箱いつまで保管しておけばいいんだ」
「はこ」

 なにそれ、知らん。
 こういう時は黒猫ユリスの出番だ。腕の中の猫を揺らすと、『そのまま預かっておけ』と眠そうな声が聞こえてきた。

「そのまま預かっておけ」
「なんだそれ。それは別に構わないが」

 言葉を切ったマーティーは、少し離れたところに佇むガブリエルに視線を投げる。

「誰にも見られるなとか無茶を言うなよ。ガブリエルに見つかりそうなんだが」

『そこをなんとか頑張るのがおまえの仕事だろ』
「頑張ってなんとかして」

 黒猫ユリスの言葉をお伝えすれば、マーティーは目を細める。

「なんとかって。ところであれ、中身はなんだ?」

『見たら死ぬぞ』

 なんか物騒な言葉が発せられた。ぱちぱち目を瞬いた俺は、黒猫ユリスとマーティーを見比べる。けれども他に手がないので、黒猫ユリスの言葉をそのままお伝えする。

「見たら死ぬから、見たらダメだよ」
「怖いんだが!」

 拳を握ったマーティーは、「持って帰れよ!」と今にも例の箱とやらを取りに行きそうな勢いだ。

『とにかく預かっておけ。中を見たら許さない。絶対にだ』
「もうちょっと預かってて。中身見たら怒るから!」

 マーティーがこれ以上ビビらないようにマイルドな表現に改めてみる。なにやら渋い顔をしたマーティーは、「もうちょっとだけだぞ。早いところ引き取ってくれ」と嫌そうな顔をする。

「わかったわかった」
「なんだその適当な返事は」

 ふんっとそっぽを向いたマーティーは、ガブリエルのところに戻ってしまう。

「例の箱ってなに?」
『さあな。おまえは知らなくていい』
「気になるから教えて」
『おまえは恐ろしく口が軽いから絶対に教えない』
「俺、口は堅いよ」
『嘘をつくな』

 なんでだよ。
 腹いせに腕の中にいる黒猫ユリスが遠慮なく揺らしてやった。『やめろ』と不満が上がるが無視してやった。


※※※


「ただいまブルース兄様」
「あぁ。マーティーは元気だったか?」

 馬車に乗って帰宅した俺らを律儀に出迎えてくれたブルース兄様は、腕の中の黒猫ユリスに眉を顰めた。

「猫も連れて行ったのか?」
「マーティーに見せてやった」
「そうか」
「可愛いって言ってた」
「よかったな」

「俺も一緒に行きたかったです」

 適当に返事をしてくる兄様の背後から、アロンがひょっこりと顔を覗かせた。恨めしそうな顔をするアロンは、黒猫ユリスを視界に捉えると不満そうに片眉を持ち上げた。

 なにやらご不満らしい。察した俺は、アロンに黒猫を差し出してやった。

「ちょっとなら触ってもいいよ」
「そうじゃないです」

 そうじゃないの? じゃあなに?

「俺もユリス様に抱っこしてもらいたい」
「無理だよ」

 なにを言い出すんだ、こいつは。身長差わかんないのか。おまえが俺を抱っこする側だろうに。

 聞かなかったふりをしていれば、ブルース兄様がこっそりとアロンを小突いていた。ブルース兄様でもそういうことするんだな。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...