冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
151 / 637

142 カッコつけたい

しおりを挟む
 とりあえずエリックとの結婚云々の話を曖昧に誤魔化すことに成功した俺は、椅子から飛び降りる。代わりになにやらエリックがオーガス兄様に対して静かにキレていたが知らん。俺はオーガス兄様の伝言をお伝えしただけだ。

 エリックは忙しいらしく、あとはマーティーと遊んでいろと言う。言われなくとも、そもそも今日はマーティーと遊びに来たのだ。今はなんかマーティーが泣いちゃったから一時避難しているだけだ。もう泣き止んでいるといいのだが。

「マーティー様に意地悪したらダメですよ」

 隣を歩くティアンがしつこく言い含めてくる。意地悪した覚えはない。ジャンがお土産お菓子を持っていることを確認する。先程俺が開封してしまったが、中身は全部無事である。エリックは食べないというのでマーティーに渡そうと思う。お子様だから喜ぶだろう。なんなら俺も食べたいとちょっと狙っている。

「ジャン、そのお菓子食べたらダメだからね」
「……はい」

 一応注意しておけば、ジャンが微妙な顔で返事をする。「ユリス様じゃないんですから。そんなことしませんよ」となぜかティアンが呆れている。お子様は黙っていろ。

 あとは黒猫ユリスが大人しくしてくれているのを祈るばかりである。とはいえあいつは今猫だから。たいしたことはできないだろう。

 そうして先程までマーティーと遊んでいた客間にたどり着いた俺は、ドアの前で突っ立っているサムに駆け寄った。

「サム!」
「ユリス様。お戻りですか?」
「マーティーは?」
「中にいらっしゃいますよ」

 律儀にノックをしたサムは、ドアを開けてくれる。「ご苦労」と労いの言葉をかけてやれば苦笑が返ってきた。どうやらサムは外で待機するらしい。

「マーティーいる?」
「ユリス」

 室内にはマーティーとガブリエル。それに椅子の上で丸くなる黒猫ユリスがいた。ちょっとだけ体を強張らせるマーティーは、案外平気そうだった。

「よかった、泣いてない。猫にいじめられて泣いてたらどうしようかと思った」

 なんせその猫は本物ユリスなのである。正真正銘のいじめっ子だ。わるにゃんこなのだ。だからマーティーが無事なことに胸を撫で下ろしたのだが、当のマーティーが「な!」と拳を握りしめた。

「馬鹿にするな! なんで僕が猫に泣かされなくちゃいけないんだ」

 だっておまえすぐ泣くだろ。だが俺は理解した。マーティーはベイビーだが、ベイビーなりに大人ぶっているのだ。わかるよ。大人ぶりたいお年頃ってあるよね。マーティーは今まさにそれなのだ。

 だから温かい目で見守ってやれば、なぜかマーティーが肩を震わせた。

「なんだその目は! 馬鹿にするんじゃない!」
「馬鹿にはしてない。温かい目で見守ってあげようと思ってるだけ」
「思い切り馬鹿にしてるじゃないか!」

 ふざけるな! と声を荒げるマーティーは再び泣きそうな気がする。とりあえず「また泣くの? ねぇ? また泣くの?」と確認しておけば「やめなさい」とティアンに止められた。なぜ。

「僕は王子だぞ! なのにおまえときたら。なんだその態度は! もっと僕を敬え!」
「わー、すごーい。ぱちぱち」

 敬う? よくわからんが、ご要望通りにお褒めの言葉を口にして拍手の真似事をしておいてやる。

「馬鹿にするな!」

 なんでだよ。マーティーが自分でやれって言ったんだろ。どういうことだよ。

 顔を赤くしたマーティーは、けれども隣に控えるガブリエルの姿を見て我に返ったらしい。こほんとわざとらしい咳払いをして、突然大人しくなった。

 ガブリエルはマーティーの従者だそうだ。ジャンよりも若いお兄さんで優しそう。タイラーよりも絶対に優しそう。いいな。

「それで? 今日は一体なんの用だ」

 大人ぶってそんなことを訊くマーティー。すかさず黒猫ユリスが『下僕の様子を見にきただけだ』と模範解答をよこしてくる。

「下僕の様子を見にきてやった」
「誰が下僕だ!」

 拳を握りしめるマーティーだったが、ガブリエルの姿を認識するなり、すっと振り上げた拳を下ろしてしまう。なんだこいつ。面白いな。

『なんだ? この従者の前で格好つけているのか?』

 くすくす笑う黒猫ユリスは、ゆらゆら尻尾を揺らしている。

「ガブリエルの前でカッコつけてんの?」

 とりあえず復唱しておけば、マーティーが目を見張った。名前のあがったガブリエルは、気まずそうに頰を掻いている。

「違う。なんで僕がそんなことを」
「だってさっきと違うじゃん! さっきはもっとお子様だったのに。ガブリエルの前だと急に大人ぶってる」
「そ! そんなことはしていない!」

 なにやらムキになるマーティーは「大人ぶってなんかない。僕は大人だ」とわけわからんことを言い出す。おまえ十歳だろ。

『下僕風情が、僕に口答えするんじゃない』

 引き続き黒猫ユリスの言葉を復唱しようとした俺であったが、その前にタイラーに肩を掴まれた。

「ユリス様?」

 なにやら怖い顔をしたタイラーは確実に怒っていた。いや違うんだって。今のは俺じゃなくて黒猫ユリスが言ったことだから。だがタイラーにそんな言い訳は通じない。

 突然始まった小言に、俺は首をすくめた。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...