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142 カッコつけたい
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とりあえずエリックとの結婚云々の話を曖昧に誤魔化すことに成功した俺は、椅子から飛び降りる。代わりになにやらエリックがオーガス兄様に対して静かにキレていたが知らん。俺はオーガス兄様の伝言をお伝えしただけだ。
エリックは忙しいらしく、あとはマーティーと遊んでいろと言う。言われなくとも、そもそも今日はマーティーと遊びに来たのだ。今はなんかマーティーが泣いちゃったから一時避難しているだけだ。もう泣き止んでいるといいのだが。
「マーティー様に意地悪したらダメですよ」
隣を歩くティアンがしつこく言い含めてくる。意地悪した覚えはない。ジャンがお土産お菓子を持っていることを確認する。先程俺が開封してしまったが、中身は全部無事である。エリックは食べないというのでマーティーに渡そうと思う。お子様だから喜ぶだろう。なんなら俺も食べたいとちょっと狙っている。
「ジャン、そのお菓子食べたらダメだからね」
「……はい」
一応注意しておけば、ジャンが微妙な顔で返事をする。「ユリス様じゃないんですから。そんなことしませんよ」となぜかティアンが呆れている。お子様は黙っていろ。
あとは黒猫ユリスが大人しくしてくれているのを祈るばかりである。とはいえあいつは今猫だから。たいしたことはできないだろう。
そうして先程までマーティーと遊んでいた客間にたどり着いた俺は、ドアの前で突っ立っているサムに駆け寄った。
「サム!」
「ユリス様。お戻りですか?」
「マーティーは?」
「中にいらっしゃいますよ」
律儀にノックをしたサムは、ドアを開けてくれる。「ご苦労」と労いの言葉をかけてやれば苦笑が返ってきた。どうやらサムは外で待機するらしい。
「マーティーいる?」
「ユリス」
室内にはマーティーとガブリエル。それに椅子の上で丸くなる黒猫ユリスがいた。ちょっとだけ体を強張らせるマーティーは、案外平気そうだった。
「よかった、泣いてない。猫にいじめられて泣いてたらどうしようかと思った」
なんせその猫は本物ユリスなのである。正真正銘のいじめっ子だ。わるにゃんこなのだ。だからマーティーが無事なことに胸を撫で下ろしたのだが、当のマーティーが「な!」と拳を握りしめた。
「馬鹿にするな! なんで僕が猫に泣かされなくちゃいけないんだ」
だっておまえすぐ泣くだろ。だが俺は理解した。マーティーはベイビーだが、ベイビーなりに大人ぶっているのだ。わかるよ。大人ぶりたいお年頃ってあるよね。マーティーは今まさにそれなのだ。
だから温かい目で見守ってやれば、なぜかマーティーが肩を震わせた。
「なんだその目は! 馬鹿にするんじゃない!」
「馬鹿にはしてない。温かい目で見守ってあげようと思ってるだけ」
「思い切り馬鹿にしてるじゃないか!」
ふざけるな! と声を荒げるマーティーは再び泣きそうな気がする。とりあえず「また泣くの? ねぇ? また泣くの?」と確認しておけば「やめなさい」とティアンに止められた。なぜ。
「僕は王子だぞ! なのにおまえときたら。なんだその態度は! もっと僕を敬え!」
「わー、すごーい。ぱちぱち」
敬う? よくわからんが、ご要望通りにお褒めの言葉を口にして拍手の真似事をしておいてやる。
「馬鹿にするな!」
なんでだよ。マーティーが自分でやれって言ったんだろ。どういうことだよ。
顔を赤くしたマーティーは、けれども隣に控えるガブリエルの姿を見て我に返ったらしい。こほんとわざとらしい咳払いをして、突然大人しくなった。
ガブリエルはマーティーの従者だそうだ。ジャンよりも若いお兄さんで優しそう。タイラーよりも絶対に優しそう。いいな。
「それで? 今日は一体なんの用だ」
大人ぶってそんなことを訊くマーティー。すかさず黒猫ユリスが『下僕の様子を見にきただけだ』と模範解答をよこしてくる。
「下僕の様子を見にきてやった」
「誰が下僕だ!」
拳を握りしめるマーティーだったが、ガブリエルの姿を認識するなり、すっと振り上げた拳を下ろしてしまう。なんだこいつ。面白いな。
『なんだ? この従者の前で格好つけているのか?』
くすくす笑う黒猫ユリスは、ゆらゆら尻尾を揺らしている。
「ガブリエルの前でカッコつけてんの?」
とりあえず復唱しておけば、マーティーが目を見張った。名前のあがったガブリエルは、気まずそうに頰を掻いている。
「違う。なんで僕がそんなことを」
「だってさっきと違うじゃん! さっきはもっとお子様だったのに。ガブリエルの前だと急に大人ぶってる」
「そ! そんなことはしていない!」
なにやらムキになるマーティーは「大人ぶってなんかない。僕は大人だ」とわけわからんことを言い出す。おまえ十歳だろ。
『下僕風情が、僕に口答えするんじゃない』
引き続き黒猫ユリスの言葉を復唱しようとした俺であったが、その前にタイラーに肩を掴まれた。
「ユリス様?」
なにやら怖い顔をしたタイラーは確実に怒っていた。いや違うんだって。今のは俺じゃなくて黒猫ユリスが言ったことだから。だがタイラーにそんな言い訳は通じない。
突然始まった小言に、俺は首をすくめた。
エリックは忙しいらしく、あとはマーティーと遊んでいろと言う。言われなくとも、そもそも今日はマーティーと遊びに来たのだ。今はなんかマーティーが泣いちゃったから一時避難しているだけだ。もう泣き止んでいるといいのだが。
「マーティー様に意地悪したらダメですよ」
隣を歩くティアンがしつこく言い含めてくる。意地悪した覚えはない。ジャンがお土産お菓子を持っていることを確認する。先程俺が開封してしまったが、中身は全部無事である。エリックは食べないというのでマーティーに渡そうと思う。お子様だから喜ぶだろう。なんなら俺も食べたいとちょっと狙っている。
「ジャン、そのお菓子食べたらダメだからね」
「……はい」
一応注意しておけば、ジャンが微妙な顔で返事をする。「ユリス様じゃないんですから。そんなことしませんよ」となぜかティアンが呆れている。お子様は黙っていろ。
あとは黒猫ユリスが大人しくしてくれているのを祈るばかりである。とはいえあいつは今猫だから。たいしたことはできないだろう。
そうして先程までマーティーと遊んでいた客間にたどり着いた俺は、ドアの前で突っ立っているサムに駆け寄った。
「サム!」
「ユリス様。お戻りですか?」
「マーティーは?」
「中にいらっしゃいますよ」
律儀にノックをしたサムは、ドアを開けてくれる。「ご苦労」と労いの言葉をかけてやれば苦笑が返ってきた。どうやらサムは外で待機するらしい。
「マーティーいる?」
「ユリス」
室内にはマーティーとガブリエル。それに椅子の上で丸くなる黒猫ユリスがいた。ちょっとだけ体を強張らせるマーティーは、案外平気そうだった。
「よかった、泣いてない。猫にいじめられて泣いてたらどうしようかと思った」
なんせその猫は本物ユリスなのである。正真正銘のいじめっ子だ。わるにゃんこなのだ。だからマーティーが無事なことに胸を撫で下ろしたのだが、当のマーティーが「な!」と拳を握りしめた。
「馬鹿にするな! なんで僕が猫に泣かされなくちゃいけないんだ」
だっておまえすぐ泣くだろ。だが俺は理解した。マーティーはベイビーだが、ベイビーなりに大人ぶっているのだ。わかるよ。大人ぶりたいお年頃ってあるよね。マーティーは今まさにそれなのだ。
だから温かい目で見守ってやれば、なぜかマーティーが肩を震わせた。
「なんだその目は! 馬鹿にするんじゃない!」
「馬鹿にはしてない。温かい目で見守ってあげようと思ってるだけ」
「思い切り馬鹿にしてるじゃないか!」
ふざけるな! と声を荒げるマーティーは再び泣きそうな気がする。とりあえず「また泣くの? ねぇ? また泣くの?」と確認しておけば「やめなさい」とティアンに止められた。なぜ。
「僕は王子だぞ! なのにおまえときたら。なんだその態度は! もっと僕を敬え!」
「わー、すごーい。ぱちぱち」
敬う? よくわからんが、ご要望通りにお褒めの言葉を口にして拍手の真似事をしておいてやる。
「馬鹿にするな!」
なんでだよ。マーティーが自分でやれって言ったんだろ。どういうことだよ。
顔を赤くしたマーティーは、けれども隣に控えるガブリエルの姿を見て我に返ったらしい。こほんとわざとらしい咳払いをして、突然大人しくなった。
ガブリエルはマーティーの従者だそうだ。ジャンよりも若いお兄さんで優しそう。タイラーよりも絶対に優しそう。いいな。
「それで? 今日は一体なんの用だ」
大人ぶってそんなことを訊くマーティー。すかさず黒猫ユリスが『下僕の様子を見にきただけだ』と模範解答をよこしてくる。
「下僕の様子を見にきてやった」
「誰が下僕だ!」
拳を握りしめるマーティーだったが、ガブリエルの姿を認識するなり、すっと振り上げた拳を下ろしてしまう。なんだこいつ。面白いな。
『なんだ? この従者の前で格好つけているのか?』
くすくす笑う黒猫ユリスは、ゆらゆら尻尾を揺らしている。
「ガブリエルの前でカッコつけてんの?」
とりあえず復唱しておけば、マーティーが目を見張った。名前のあがったガブリエルは、気まずそうに頰を掻いている。
「違う。なんで僕がそんなことを」
「だってさっきと違うじゃん! さっきはもっとお子様だったのに。ガブリエルの前だと急に大人ぶってる」
「そ! そんなことはしていない!」
なにやらムキになるマーティーは「大人ぶってなんかない。僕は大人だ」とわけわからんことを言い出す。おまえ十歳だろ。
『下僕風情が、僕に口答えするんじゃない』
引き続き黒猫ユリスの言葉を復唱しようとした俺であったが、その前にタイラーに肩を掴まれた。
「ユリス様?」
なにやら怖い顔をしたタイラーは確実に怒っていた。いや違うんだって。今のは俺じゃなくて黒猫ユリスが言ったことだから。だがタイラーにそんな言い訳は通じない。
突然始まった小言に、俺は首をすくめた。
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