冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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131 ストレス

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 俺はタイラーのことが嫌いだ。

 彼が俺の護衛になって数日。こんなにうざい奴を今まで見たことがない。ブルース兄様も口煩いが、俺が粘れば折れてくれる時もある。だがタイラーは折れない。決して折れない。なんでだよ。

 そもそも彼の仕事は護衛なのに、俺の私生活のあれこれに口出ししてくるのはおかしいと思う。

 野菜を食べろとか、勉強しろとか、屋敷内を走り回るなとか、オーガス兄様の仕事の邪魔をするなとか。とにかく口煩い。俺のやることなすこと全部にケチをつけてくる勢いだ。

 今日だってそうだ。

「お勉強しないとダメですよ」
「朝は遊ぶって決まってるの。勉強は昼から」
「そんなこと言って結局やりませんよね? 嫌なことは早いうちに終わらせておく方が後々楽だとは思いませんか」
「思わない」

 ひょいっと片眉を持ち上げたタイラーは「というわけでお勉強しましょうね」と俺を椅子に座らせようとしてくる。俺の主張を無視するんじゃない。

 毎日こんな感じでタイラーは決して折れない。信じられない。メンタル強すぎて殴りたくなる。試しにゲシゲシと足を蹴ってやったが「人を蹴ったらダメですよ」とガチめに注意された。クソが。

 そんなこんなでタイラー相手に毎日格闘している俺はひどくストレスが溜まっていた。

「ストレス!」
「え、なんですか?」

 午後からやって来たティアンにアピールすれば怪訝な顔をされた。

「ストレス! ストレス! ストレス‼︎」

 地団駄を踏んで全力アピールすれば、当のタイラーは「お行儀悪いですよ」と眉を顰めてくる。うるさい。ストレスの原因は黙っていろ。

「よくわかりませんけど」

 首を捻ったティアンはやれやれと肩をすくめる。

「ユリス様はストレスなさそうな生き方してますね。羨ましいです」

 こいつ頭大丈夫か?
 今の俺はものすごくストレスを感じている。そのことを全力でお知らせしているのに、ストレスなさそうとは一体?

「俺はすごくストレス。あいつをどうにかしろ」

 ビシッとタイラーを指差せば、ティアンが「人を指差したらいけません」と俺の腕を下ろしてくる。

「普通の人はストレス感じたとしても、それを大声で主張したりはしません」
「でも言わないとわかんなくない?」
「ですから。それを大声で言えるところがストレスなさそうでいいですねって話ですよ」

 だから意味わからん。

 とにかく俺は毎日困っていた。この件についてはブルース兄様もまともに取り合ってくれない。オーガス兄様に泣きついても「ブルースに言いなよ」と言われて堂々巡りだ。

 頼みの綱であるアロンも役に立たなかった。一度はタイラーをどうにかしようと試みてくれたアロンであったがあっさり返り討ちにされていた。アロンは日頃の行いがクソだから。あれやこれやと後ろめたいことをタイラーに指摘されたアロンは潔く俺を見捨ててしまった。あのクソ野郎め。

 このタイラーという男。なかなかに手強いぞ。

 今日はカル先生がやってくる日である。授業中はジャンとタイラーが自室に引っ込むため、俺にとっては数少ないタイラーから解放される時間である。

「タイラーが酷すぎる!」
「ユリス様の自業自得では?」

 あっさりと俺を見捨てたカル先生は「授業始めましょうね」と教科書を開いてしまう。腕を伸ばして勢いよく教科書を閉じてやった俺は立ち上がる。

「タイラーをどうにかせねば!」
「彼は特段おかしなことは申していないように思いますが?」

 躾は大事ですからね、と再び教科書を開くカル先生も酷い。

「ティアンはどう思う?」

 横に座るティアンも「ユリス様は少々伸び伸びしすぎでしたもんね」とタイラーの味方をしてしまう。

 なんだこいつら。揃いも揃って。

 タイラーが酷いと主張を繰り返せば、カル先生が疲れた顔をする。

「お疲れ?」
「そうですね。ユリス様が真面目に聞いてくだされば私ももう少し楽に仕事ができるのですが」

 なにやらお疲れを俺のせいにしたカル先生は、そういえばいつもより遅れてやってきたなと思い出す。午前中は忙しかったのかと問いただせば「マーティー様の授業もありましたので」と教えてくれた。

 マーティーとはユリスの従兄弟だ。エリック殿下の弟。ユリスと同じ十歳だと言っていた。

「俺もマーティーに会いたい」

 黒猫ユリスも会いたいと言っていた。顔を顰めたカル先生は「近いうちに遊びに行かれてはいかがですか? それより今は授業に集中しましょうね」ともっともらしく言い聞かせてくる。だんだん俺の扱い方が雑になっていないか?
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