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閑話8 ユリスの一日(前編)

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「俺の子分その2はどこ行った」
「子分その2……? もしかしてニックのこと?」

 困ったように首を傾げるオーガス兄様は、忙しそうにしている。

 朝から俺はとことん暇だった。

 初めはブルース兄様の部屋に突入したのだが「外で遊んでろ!」と追い出されてしまった。アロンもなにやら忙しそうだった。暇人のくせに珍しい。キャンディーひとつであしらわれてしまった。甘酸っぱいキャンディーを口の中で転がしながら、次にオーガス兄様の部屋を訪れた。

 ちなみに今は午前中なのでティアンはいない。セドリックも仕事でどこかへ行ってしまった。黒猫ユリスは温室で寝ている。どうやら温かくて最近のお気に入りらしい。入り浸って俺の部屋になかなか戻ってこない。俺についてきてくれるのはジャンだけだ。

 普段であればすかさずドアを開けてくれるニックがいない。首を捻れば、「ニックは今日お休みだよ」とオーガス兄様が教えてくれた。

 休み?

「体調不良?」
「いや、普通に休暇」

 休暇。マジかよ。

「オーガス兄様、今日はぼっちなんだ。可哀想」
「勝手に憐れまないでほしいかな」

 苦笑したオーガス兄様は「もう仕事やめたい」と時折愚痴をこぼしながらも忙しそうにしている。なんだか大変そうだな。

「俺も手伝ってあげる」
「え? なにを?」
「兄様のお仕事」

 早速ソファーに座って準備すれば、オーガス兄様が「え?」と顔を引き攣らせている。

「いや、えっと。これ難しいからなぁ? ユリスには無理かもしれないね」
「遠慮せずに」
「いや遠慮とかではなく」

 困ったように頰を掻くオーガス兄様は、どうしたものかと視線を巡らせる。大丈夫。こう見えても中身は高校生だ。簡単な仕事くらいなら出来そうな気がする。仕事をよこせと催促すれば、オーガス兄様が白紙とペンを持ってきた。

「お絵描きでもしてなさい」
「馬鹿にするんじゃない」

 俺は精神年齢高校生だぞ。お絵描きなんてしない。だがせっかくだからなにか描いてやろう。

 意気揚々とペンを握った俺は早速作業に取りかかる。隣に屈み込んだジャンが興味深そうに覗き込んでくる。

 ほっと胸を撫で下ろしたオーガス兄様は、はやくも仕事に戻っている。俺の芸術みないのか? まぁ完成したらみせてやろう。

「みてジャン。これなにかわかる?」
「……猫、でしょうか」
「正解!」

 さすがはジャン。正解だと告げた途端に「よかった、あってた」と小さい呟きが聞こえてきた。

 やっぱり俺、絵上手だわ。

 出来上がった黒猫ユリスの絵をオーガス兄様にも披露してやる。

「見てこれ!」
「う、わぁ? 上手、だね?」

 なにやらしきりに首を捻りながら褒めてみせたオーガス兄様は、紙をくるくると回転させては「これどっちが上だ?」と呟いている。ふざけるなよ。

「こっちが上! わかるでしょ!」
「う、うん。ごめんね」

 眉尻を下げたオーガス兄様は「あの、僕そろそろ仕事したいんだけど」と困惑顔をする。

「そう。じゃあ俺も忙しいから帰るね」
「ユリスも忙しいの?」
「うん。今から厨房行って今日のおやつを確認する」
「……そうか。頑張ってね」
「兄様もね。それあげる」

 黒猫ユリスの絵をプレゼントしてやれば、オーガス兄様は喜んでいた。「わ、わーい。ありがとう」となんだか棒読みのセリフが返ってきた。


※※※


 今日のおやつは美味しいケーキがいい。ついでにお昼ご飯にもデザートをつけて欲しいと料理長にお伝えした俺は、ジャンを引き連れて庭に出る。

 新しい猫が落ちていないか確認するのが最近の日課だ。黒猫は持っているから。今度は白がいいと思う。庭に他の猫がいないか黒猫ユリスに訊いても『僕が猫のことなんて知るわけないだろ』と鼻で笑われるのだ。あいつも猫のくせに。

 そうして庭をうろうろしていた俺は、前方に見知った顔を見つけて駆け寄った。

「子分その2!」
「……ユリス様」

 その呼び方やめません? と苦い顔をするニックは、騎士服ではなくなんだか簡素な服を着ていた。こうしてみると気のいい兄ちゃんみたいだな。普段はきっちりしているのに。

「今日お休み?」
「そうですよ。休暇をいただきました」

 それでは、と先を急ぐニックについて行くと「え、なんでついてくるんですか」と怖がられてしまった。

「あの、ユリス様? 俺、今日はお休みなんですよ」
「知ってる。オーガス兄様に聞いた」
「だったらなぜついてくるんですか」

 怪訝な顔になったニック。彼の進行方向に回り込んだ俺は、勢いよく指を突きつけた。

「お休みなら俺と遊べ!」
「……お休みの意味わかってないでしょ、ユリス様」

 なにやら俺を小馬鹿にしてくる。子分のくせに生意気だ。それにお休みの意味くらい知っている。仕事がなくて暇ってことだ。だったら俺と遊べ。

「お休みなのにそんなに急いでどこに行くんだ」
「どこでもいいでしょ」
「エッチなお店か!」
「なに言ってんですか! んなわけないでしょ!」

 血相を変えたニックが勢いよく否定してくる。

「なんでそうなるんですか!」
「アロンはいつもお休みの時はエッチなお店に行く」
「なにしてんだ。あのクソが」

 隠しもせずに舌打ちしたニックは「俺とあいつを一緒にしないでください」と吐き捨てる。相変わらず仲悪いな。まぁいいだろう。それより今は遊ぶのが優先だ。

「で? なにして遊ぶ?」

 だがニックは嫌そうな顔をする。剣呑な雰囲気を感じ取ったジャンが慌てて背後から俺の肩を掴んでくる。

「ユリス様、今日はニック殿はお休みですから。向こうで遊びましょう」
「行くぞ、ニック」
「いえ、あのですから」

 眉尻を下げるジャンは「お休みなんですよ」と力無く縋ってくる。お休みなのはわかったから。つまりは俺と遊べるってことだろ。早く行こうとニックの手を取れば、彼は俺の手を握って諭すように視線を合わせてくる。

「あの、ユリス様」
「なに?」
「俺がユリス様と遊ぶのは仕事のうちです。今日はお休みなので遊べません。わかりました?」

 なにを言っているんだ、こいつは。

「俺たち友達でしょ? お休みなら遊ぼうよ」
「いや、ですから」

 困ったように一度口を閉じたニック。どうやら彼が俺の相手をするのは仕事だからだという。俺と遊ぶのも仕事のうちであって、今日はお休みだから遊べないと何度も言い募ってくる。

「……ニックは遊んでて給料もらえるってこと?」

 なにそれ羨ましい。
 一体どんな仕事だと胡乱気な目を向けると「ユリス様のお相手は大変ですから」と失礼なことを言われた。

「とにかく。俺は今日予定があるので。また今度遊びましょうね。てかアロンにでも遊んでもらえばいいじゃないですか」
「アロンは忙しいって嘘ついて俺を追い払ってきた」
「そうですか。それはお気の毒ですね」

 たいしてお気の毒とも思っていない様子で、ニックは立ち去ってしまう。なんて奴だ。取り残された俺はポツンと立ち尽くす。「そろそろお部屋に戻りましょう」とジャンがうるさい。


※※※


「ニックが遊んでくれなかった。お休みなのに」
「お休みだからでしょ? 休ませてあげなよ。ニックが気の毒だよ」

 遊び相手を失った俺は、再びオーガス兄様の部屋に戻っていた。「僕、仕事したいんだけど」とぶつぶつ言うオーガス兄様はどんだけ仕事が好きなんだ。

「俺もお仕事手伝ってあげる」
「お気持ちだけもらっておくね」

 苦笑するオーガス兄様は「どうしよう。ブルースはいつもどうしてんだ」と悩んでいる。なにか難しい仕事でもあったのかな?

「うーん。あ、そうだ!」

 ガサゴソと机を漁った兄様は、一枚の紙を差し出してくる。

「じゃあこれをブルースに届けてくれないかな。お願いできる?」
「任せておけ!」

 仕事を任されてしまった。大人なので、ちゃんとやり遂げようと思う。早速受け取った紙をブルース兄様の元へお届けに行く。オーガス兄様が「よかった。あとは任せたよ」と手を振ってくる。安心して任せて欲しい。

「お届け物でーす」

 ブルース兄様とオーガス兄様の部屋はわりと近くだ。同じ階にある。

「オーガス兄様からお届け物」
「は?」

 相変わらず仕事中のブルース兄様に紙を差し出せば怪訝な顔で受け取ってくる。せっかくお届けしたんだからもっと感謝しろ。

「体よく俺に押し付けやがって」

 小さく舌打ちしたブルース兄様は「はいはい、ご苦労だったな」と雑に書類を受け取ると「もう帰っていいぞ」と上から目線で指示してくる。

「お礼はどうした?」
「助かった」

 そうじゃない。お礼の品をよこせと右手を差し出せば「これくらいで褒美がもらえると思うなよ」と高圧的なお答えがあった。

「弟には優しくしろ!」
「うるさい! さっさと帰れ!」

 なんて奴だ。
 俺を部屋から追い出そうとするブルース兄様。こうなったら意地でも出て行くものかと床に仰向けになってやる。

「やめんか、馬鹿!」
「お礼はどうした‼︎」
「うるさい! おまえいくつだ!」
「十六!」
「盛るんじゃない!」

 ブルース兄様が「十六はそんなことしない! 十歳でもやんないぞ」と俺を持ち上げにかかってくる。

「美味しいお菓子をよこせ!」
「うるさい!」

 無理矢理に俺を起こした兄様は「ジャンと遊んでろ」と部屋の外に放り出してしまう。

「ブルース兄様なんか大嫌いだ!」
「知らん!」

 ふんっと鼻息荒く背を向けた俺は、そのままオーガス兄様の部屋に駆け込んだ。
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