上 下
135 / 577

128 結託

しおりを挟む
「ブルース兄様! 遊びに来てやったぞ。感謝しろ」
「おいアロン。そいつをつまみ出せ」

 酷い。
 シクシク泣き真似してみせれば、足元の黒猫ユリスが『僕はそんなことしない! やめろ!』と足を踏んでくる。もふもふが足に乗っている。

 相変わらずソファーでだらけていたアロンは、俺と目が合うなりにこりと微笑んだ。

「こんにちは、ユリス様」

 ティアンがアロンを睨みつけている。なんだか例のキスを思い出してしまった俺は慌てて目を逸らす。

「なにを騒いでいたんだ。兄上の悲鳴らしきものが聞こえたが」

 どうやら先程の騒動が聞こえたらしい。眉を寄せるブルース兄様は、不機嫌な様子で椅子に背を預けている。

「オーガス兄様は汚い大人なんだって」
「なにがあったんだ」

 息を吐くブルース兄様はそれ以上深入りしてこない。面倒事に巻き込まれたくないらしい。

「あのね、俺、昨日猫になれたの。羨ましいか?」
「わけわからんこと言ってないで勉強しろ」

 しっしと手を振って俺を追い出そうとしてくるブルース兄様は人の心がないんだと思う。弟には優しくしろ。

『おまえ、秘密とか内緒話とかいう概念を持ち合わせていないのか? いままでどうやって生きてきたんだ?』

 黒猫ユリスが失礼なことを喚いている。

「あと昨日ね、アロンにキスされた。俺のファーストキス」
「うぇい! それ言っちゃいます⁉︎ マジですか、ユリス様!」

 慌てたアロンが俺に駆け寄ってくる。だがオーガス兄様には伝えてしまったしな。ブルース兄様だけ仲間外れは可哀想だ。教えてやらねば。

「……は?」

 またしても語気強めである。顔が怖いぞ、ブルース兄様。

「眉間の皺がとれなくなっちゃうよ。老けて見えるからやめなよ」
「ユリス様、空気読んでください」

 慌てふためくティアンが腕を掴んでくる。されるがままに揺さぶられていると、アロンが俺の手にキャンディーを握らせてくる。よくわからんが、もらっておこう。

 いそいそといただいたキャンディーをポケットに押し込んでいると「おい、アロン」と地を這うようなブルース兄様の声が聞こえた。

「おまえ人の弟になにしてんだ」
「いやだな、ブルース様。昨日言いましたよね? 弟さんを俺にくださいって」
「断ったはずだが?」
「そうでしたっけ? ちょっとそこらへんの記憶が曖昧で」

 すっとぼけるアロンは「ところでファーストキスってマジですか?」と食いついてくる。「多分な!」とお答えしておけば「責任はとります」と言われた。別にとらんでいい。

「出会う女の子みんなにそう言ってるんでしょ?」
「いや流石にそこまでは。好みの子にだけですよ」
「言ってるのかよ」

 そこは普通否定するところだろ。さすがクソ野郎。ブレないな。

「むやみに人を誑かすのはやめろ」
「たぶらかす」

 眉間を揉んだブルース兄様は「エリック殿下のこともあるし、どうなってんだ」と疲れた顔をしている。

 そういやエリックにも結婚してくれ的なこと言われていたな。すっかり忘れていた。でもあっちは確かお父様がお断りしておいてくれたはずだ。

 ん? そういえばお父様が言ってたな。

「アロンって金と権力もってる?」
「そんなことド直球で訊かれたのは初めてですよ」

 面食らったらしいアロンは、けれども「まぁそれなりに。一応伯爵家なので」と教えてくれた。

「エリックとどっちがもってる? 金と権力」
「いくらなんでも殿下には負けますよ。てかこの国に殿下より金と権力のある男なんてそうそういないですよ。それこそ国王陛下くらいですかね?」
「なるほど」

 てことはお父様基準ではアロンは失格だな。「どんまい」と肩を叩いてやれば「え? 俺いま殿下に負けました? どういう展開」と騒ぎ始めた。

「俺、お父様に言われてるんだ。金と権力持ってる奴と結婚しろって」
「どういう教育してんすか、大公様は」

 まったくだ。十歳児に言うことではないよな。珍しくアロンがまともな反応を返してくる。

 机に突っ伏したブルース兄様は「父上の言葉は忘れろ」と無茶なことを言う。にしてもブルース兄様は苦労していそうだな。

「兄様、どんまい」
「うるせぇ」

 労ってやったのにこの言い様。相変わらず酷い兄様である。

 しかしブルース兄様は多忙なのだ。これくらいの理不尽、大目にみてやろうと緩く腕を組んでいた時である。なんだか廊下がバタバタと騒がしい。思わずドアの方へと視線を向ける。ブルース兄様とアロンも怪訝な顔だ。

「さっきなんて言った⁉︎ 痛っい!」

 勢いよく突入してきたオーガス兄様は、ドアに腕を強打して蹲った。怒涛の展開であった。相変わらず勢いだけはすごいな、この人。

「なにをしていらっしゃるんですか、兄上」

 慌てたブルース兄様が駆け寄っている。それを振り払ったオーガス兄様は「今なんて言った⁉︎」と俺を見てくる。

 俺なんか言ったか?

「キスしたって言った? え、それも夢の話でいいの⁉︎」
「アロンとキーー」

 アロンとキスした旨を教えてやろうと思ったのに、背後から素早くアロンに口を塞がれた。なにすんだよ。

「オーガス様。すべてはユリス様の妄言です。お気になさらず」
「本当に?」
「はい、本当に。ですよね? ブルース様」

 勝手に妄言扱いするな。まるで俺が嘘つきみたいじゃないか。

 だがびっくりすることにブルース兄様がアロンの言葉に頷いてみせた。

 え? なんで?

「子供の言うことです。兄上はお気になさらず」
「そ、そうなの?」

 オーガス兄様がブルース兄様に騙されている。嘘じゃない、子供だと馬鹿にするなと叫びたいがアロンの手が邪魔で喋れません。クソ野郎め。

「そ、それならいいんだけど。僕はてっきり、ついにアロンがやったのかと」
「俺のことなんだと思っていらっしゃるのですか。流石に子供相手は自重しますよ」

 アロンがすごい嘘をついている。嘘つきアロンだ。思い切りキスしてきたくせに。

 急にきちんとした大人ぶるアロンを止めないブルース兄様も酷い。そうしてふたりは結託してオーガス兄様を追い返してしまった。
しおりを挟む
感想 415

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

息の仕方を教えてよ。

15
BL
コポコポ、コポコポ。 海の中から空を見上げる。 ああ、やっと終わるんだと思っていた。 人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。 そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。 いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚? そんなことを沈みながら考えていた。 そしてそのまま目を閉じる。 次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。 話自体は書き終えています。 12日まで一日一話短いですが更新されます。 ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

処理中です...