冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
133 / 660

126 どうしても自慢したい

しおりを挟む
 翌朝。

 目を覚ました俺は鏡へと直行した。どこからどう見ても完璧美少年の姿が映ることを確認しているとジャンが入室してくる。

「ユリス様。おはようございます。今日はお早いですね」
「見てジャン。俺、美少年だよね」
「え、あ、はい。そうですね」

 大変お美しゅうございます、となぜか微妙に視線を外された。夜中のあれは夢だったのか? 今朝の俺は猫じゃない。でも本物ユリスが一時的なものとか言っていたから寝ている間に戻ったのか?

 くるりと向きを変えてベッドを目指す。中に埋まっている黒猫ユリスを引っ張り出せば『さむい!』と文句が聞こえてきた。

「……昨日のって夢?」

 俺の着替えを用意し始めるジャンに聞こえないよう小声で問いかけると『夢ではない。いいか? ちゃんと大人っぽく振る舞えよ』と念押しされた。

 大人っぽく? いつもやっているから大丈夫だ。

 任せておけと胸を叩けば『本当にわかってんのか?』と眠そうな声が返ってきた。この猫一日中寝ている気がする。もしかして人間が猫になるなんていうとんでもない出来事が理由で疲れているのかもしれない。もう少し寝かせてやろうと思い再びベッドの中に押し込めれば『やめろ! 殺す気か⁉︎』と怒鳴られてしまった。なぜ。

 それにしても。
 昨日の俺は猫になったわけである。猫になりたいという野望がさっそく叶ってしまった。だが正直昨日はそれどころではなかった。猫になったというショックで、猫生活を堪能するのをうっかり忘れていた。それじゃあ意味がない。これはなんとしてでももう一度猫にならなければならない。

 そっと拳を握りしめて決意する俺。ベッドから顔だけを出した黒猫ユリスが『おまえに僕の体を預けるのはものすごく不安なのだが』と嫌そうに唸っている。心配せずとも、これまでわりと上手くユリス成り代わり生活を送れていた。それを続ければいいだけの話だ。セドリックの件も解決できたし、オーガス兄様との仲も改善できた。俺すごく活躍している。


※※※


「ティアン」
「なんですか」

 午後。やって来たティアンを仁王立ちで出迎えた俺は、足元の黒猫ユリスとティアンとを見比べた。

「俺の野望、達成してしまった」
「は?」

 足元で黒猫ユリスが『馬鹿! 黙っておけないのか!』と騒いでいるが無視だ。だって猫になれたんだ。誰かに教えたい。自慢したい。ティアンはお子様だから教えても大丈夫だろう。

「えっと、ユリス様の野望ってなんでしたっけ?」

 首を傾げるティアンはどうやら忘れているらしい。仕方がないのでもう一度教えてやる。

「猫になること」
「……え?」

 目を瞬いたティアンは、「そういえばそんなこと言っていましたね」と呟いた。ついで「え? 叶ったんですか? どうやって?」と怪訝な顔をしている。なので俺は教えてやった。昨日猫になれたという衝撃の事実を。

「俺、昨日の夜ついに猫になった!」
「……はぁ、そうですか」

 あれ? なんだか反応が薄いな。「え! すごい! どうやったんですか? さすがユリス様です」的な反応を期待していたのに。冷めた表情のティアンは俺を褒め称える気配がない。なんで?

 黒猫ユリスが『おまえ馬鹿なのか? 普段なに考えて生きているんだ?』と俺を罵倒しながら足を踏んでくる。俺だって色々考えて生きてるわ。どういう意味だよ。

「話聞いてた? 猫になれたんだよ。すごくない?」
「はいはい。楽しい夢を見られてよかったですね」
「夢じゃないから‼︎」
「声でか」

 大袈裟に耳を塞いでみせたティアンは「昨日の件で落ち込んでいると思っていたのに。元気ですね」と不服そうに腕を組む。

 昨日の件? なんかあったか?

 きょとんとしていれば「嘘でしょ」とティアンが口元を押さえる。

「アロン殿にキスされたって気にしていたじゃないですか」
「キス」

 そういえばそうだよ。猫になれた諸々ですっかり忘れていた。でもなんでティアンはそんなに気にしてくるの? キスされた本人である俺はまだしも、ティアンが翌日になっても引きずる意味がわからない。それにアロンに対してものすごくキレていた。尋常ではない怒り具合だった。

 もしかしてそういうことに興味のあるお年頃なのだろうか。

「ティアンって誰かとキスしたことあるの?」
「なんでそんなこと教えないといけないんですか」
「……ないの?」
「教えません」

 つんっとそっぽを向いたティアンはなんだか拗ねているようだった。これはあれだ。年齢的にはティアンの方が上なのに俺に先を越されたのが悔しいのだ。そうに違いない。なんせティアンは十二歳だし。そういう微妙なお年頃なのだろう。

「俺の方が大人だね」
「ふざけたこと言わないでください。僕の方が断然大人ですから」
「経験の差ができてしまったからな。俺の方が大人」
「はぁ? 軽いキスくらいで大人ぶらないでください!」

 なんだと。自分だってお子様のくせに。拳を握った俺は、ティアンを見据える。

「俺の方が大人だから! 俺の方が大人だもん! 絶対に俺の方が大人だもん‼︎」
『おまえ大人がどういうものか知ってんのか? やめろ恥ずかしい』

 地団駄を踏めば、黒猫ユリスが低い声で止めに入ってくる。うるさい。誰がなんと言おうと俺は大人なのだ。
しおりを挟む
感想 480

あなたにおすすめの小説

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

顔だけが取り柄の俺、それさえもひたすら隠し通してみせる!!

彩ノ華
BL
顔だけが取り柄の俺だけど… …平凡に暮らしたいので隠し通してみせる!! 登場人物×恋には無自覚な主人公 ※溺愛 ❀気ままに投稿 ❀ゆるゆる更新 ❀文字数が多い時もあれば少ない時もある、それが人生や。知らんけど。

処理中です...