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115 警戒
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「おまえには警戒心というものがないのか?」
「ちょっとだけある」
「ちょっとじゃ足りん」
あの後。ひとりで勝手に大慌てしたジャンは、俺を屋敷内に連れ込むとそのまま誰かを探しまわった。とはいえジャン本人も誰を探しているのかはよくわかっていないようで「こういう時ってどうすれば」とオドオドしていた。
こういう時ってどういう時?
結局ブルース兄様の部屋に向かったジャンは、執務机で仕事する兄様に俺が変な物を食べたと報告し始めた。別に変な物は食べていない。怪しいお兄さんにもらったただのキャンディーだ。
今すぐ出せ、と無茶なことを要求してくるブルース兄様は無視した。先程ジャンが俺の口からキャンディーを取り出そうとした際にびっくりして飲み込んでしまった。普通に美味しいキャンディーだった。
ジャンの話を聞いたブルース兄様は、すぐにクレイグ団長を呼び出した。セドリックと共にやって来た団長はまっすぐに俺の元へ歩いてくると勢いよく肩を掴んできた。なにごと。
「ユリス様」
「なに?」
「体調は?」
「なんともない」
「本当ですか?」
「キャンディー美味しかった」
苦い顔をしたクレイグ団長は「なんでもかんでも口に入れるのはおやめください」と俺を子供扱いしてくる。失礼な。いくら俺でも食べ物とそれ以外の見分けくらいつく。キャンディーは食べられる物だ。
「誰にもらったんだ」
こちらを睨みつけてくるブルース兄様。兄様の目つきが悪いのはいつものことだ。
「怪しいお兄さん」
「だから誰なんだ。うちの騎士か?」
「……わかんない」
お兄さんは騎士服を着ていなかった。なんだか普通の服を着ていたと伝えれば、兄様は「普通の服ってなんだ」と眉を寄せる。普通の服は普通の服だよ。
「でもジャンに会いたくなさそうだった。お兄さんと会ったことはみんなには内緒ねって口止めのキャンディーもらった。あ、言っちゃった」
「おまえ恐ろしいほどに口が軽いな。今は助かったが」
俺としたことがついうっかり。
慌てて口元を両手で塞げば、ブルース兄様が呆れていた。でも怒られはしなかった。うっかり俺が口を滑らせたことを褒めていた。
怪しいお兄さんの件は不審者案件として扱われることになったらしい。どうも俺の話を聞いた兄様たちは、お兄さんをヴィアン家関係の人間ではないと判断したそうだ。俺から目を離したジャンがブルース兄様に怒られている。やめてあげろよ。ジャンのちょっと困った性癖が顔を出したらどうする。
クレイグ団長の指揮ですぐさま騎士団が動いた。大人数で敷地内を捜索したが怪しいお兄さんは発見できなかったらしい。
お兄さん、何者なんだ。
そして俺の側にはセドリックが戻ってきた。どうやら怪しいお兄さんを警戒して、しばらくの間は俺をひとりにしないと決まったらしい。今更そんな取り決めしなくても俺の側には常に誰かいるけどな。
※※※
翌日。
本日は珍しく朝からティアンがやってきた。久しぶりに俺の部屋にジャンとティアン、そしてセドリックが揃った。
「昨日はなにしてたの」
「家の用事です」
「ふーん」
ティアンの動向にはたいして興味もない。床に落ちている黒猫ユリスをひと撫でしたティアンは「昨日は大変だったらしいですね」と顔を曇らせる。
はて? 大変なこととは?
きょとんとしていれば「ユリス様が不審者に絡まれたと聞きました」と心配そうなティアン。
「どんな人だったんですか」
「普通の怪しいお兄さん」
「普通なのか怪しいのかどっちですか」
椅子に座ったティアンは、俺のことを心配して朝からやってきたらしい。そんなに心配されるようなことをした覚えはない。ちょっと怪しいお兄さんにもらったキャンディー食べただけだ。
なにやら大事になっているらしい。昨晩も騎士たちが俺の部屋の周りをうろうろしているのが窓から確認できた。セドリックも俺にベッタリ引っ付いてまわるし、ロニーやニックも時折やって来る。
朝一で部屋を訪れたブルース兄様は「こんな時に限ってアロンがいない」と嘆いていた。アロンはこういう案件が得意だとも言っていた。うちに侵入したらしい件のお兄さんはまだ発見できないそうだ。もうとっくに逃げているのでは? と思わなくもないが念には念を入れているらしい。
ヴィアン家の屋敷は広大だ。騎士棟裏にある森なんかは、ほとんど整備されておらずあそこに潜入されたらお手上げだと兄様が言っていた。
「でもいい人だったよ。キャンディーくれた」
「お菓子もらえれば誰でもいいんですか」
半眼になったティアンはなにやら怒っていた。
でもあのお兄さん、なんか既視感あるんだよな。なんだろう?
「ちょっとだけある」
「ちょっとじゃ足りん」
あの後。ひとりで勝手に大慌てしたジャンは、俺を屋敷内に連れ込むとそのまま誰かを探しまわった。とはいえジャン本人も誰を探しているのかはよくわかっていないようで「こういう時ってどうすれば」とオドオドしていた。
こういう時ってどういう時?
結局ブルース兄様の部屋に向かったジャンは、執務机で仕事する兄様に俺が変な物を食べたと報告し始めた。別に変な物は食べていない。怪しいお兄さんにもらったただのキャンディーだ。
今すぐ出せ、と無茶なことを要求してくるブルース兄様は無視した。先程ジャンが俺の口からキャンディーを取り出そうとした際にびっくりして飲み込んでしまった。普通に美味しいキャンディーだった。
ジャンの話を聞いたブルース兄様は、すぐにクレイグ団長を呼び出した。セドリックと共にやって来た団長はまっすぐに俺の元へ歩いてくると勢いよく肩を掴んできた。なにごと。
「ユリス様」
「なに?」
「体調は?」
「なんともない」
「本当ですか?」
「キャンディー美味しかった」
苦い顔をしたクレイグ団長は「なんでもかんでも口に入れるのはおやめください」と俺を子供扱いしてくる。失礼な。いくら俺でも食べ物とそれ以外の見分けくらいつく。キャンディーは食べられる物だ。
「誰にもらったんだ」
こちらを睨みつけてくるブルース兄様。兄様の目つきが悪いのはいつものことだ。
「怪しいお兄さん」
「だから誰なんだ。うちの騎士か?」
「……わかんない」
お兄さんは騎士服を着ていなかった。なんだか普通の服を着ていたと伝えれば、兄様は「普通の服ってなんだ」と眉を寄せる。普通の服は普通の服だよ。
「でもジャンに会いたくなさそうだった。お兄さんと会ったことはみんなには内緒ねって口止めのキャンディーもらった。あ、言っちゃった」
「おまえ恐ろしいほどに口が軽いな。今は助かったが」
俺としたことがついうっかり。
慌てて口元を両手で塞げば、ブルース兄様が呆れていた。でも怒られはしなかった。うっかり俺が口を滑らせたことを褒めていた。
怪しいお兄さんの件は不審者案件として扱われることになったらしい。どうも俺の話を聞いた兄様たちは、お兄さんをヴィアン家関係の人間ではないと判断したそうだ。俺から目を離したジャンがブルース兄様に怒られている。やめてあげろよ。ジャンのちょっと困った性癖が顔を出したらどうする。
クレイグ団長の指揮ですぐさま騎士団が動いた。大人数で敷地内を捜索したが怪しいお兄さんは発見できなかったらしい。
お兄さん、何者なんだ。
そして俺の側にはセドリックが戻ってきた。どうやら怪しいお兄さんを警戒して、しばらくの間は俺をひとりにしないと決まったらしい。今更そんな取り決めしなくても俺の側には常に誰かいるけどな。
※※※
翌日。
本日は珍しく朝からティアンがやってきた。久しぶりに俺の部屋にジャンとティアン、そしてセドリックが揃った。
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「ふーん」
ティアンの動向にはたいして興味もない。床に落ちている黒猫ユリスをひと撫でしたティアンは「昨日は大変だったらしいですね」と顔を曇らせる。
はて? 大変なこととは?
きょとんとしていれば「ユリス様が不審者に絡まれたと聞きました」と心配そうなティアン。
「どんな人だったんですか」
「普通の怪しいお兄さん」
「普通なのか怪しいのかどっちですか」
椅子に座ったティアンは、俺のことを心配して朝からやってきたらしい。そんなに心配されるようなことをした覚えはない。ちょっと怪しいお兄さんにもらったキャンディー食べただけだ。
なにやら大事になっているらしい。昨晩も騎士たちが俺の部屋の周りをうろうろしているのが窓から確認できた。セドリックも俺にベッタリ引っ付いてまわるし、ロニーやニックも時折やって来る。
朝一で部屋を訪れたブルース兄様は「こんな時に限ってアロンがいない」と嘆いていた。アロンはこういう案件が得意だとも言っていた。うちに侵入したらしい件のお兄さんはまだ発見できないそうだ。もうとっくに逃げているのでは? と思わなくもないが念には念を入れているらしい。
ヴィアン家の屋敷は広大だ。騎士棟裏にある森なんかは、ほとんど整備されておらずあそこに潜入されたらお手上げだと兄様が言っていた。
「でもいい人だったよ。キャンディーくれた」
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