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110 知らねえよ(sideブルース)
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どうやらユリスいわく俺が兄上の彼女を奪ってしまったらしい。なんのことだ。
ユリスひとりであれば「そんなわけあるか!」と一喝して追い出すというのに、今日は面倒なことに兄上が一緒だ。しかもユリスの言葉を否定する気配がない。俺はそんなことをやらかしたのか? 一体いつ。
これまでの交友関係をざっと洗い直すが全くと言っていいほど心当たりがない。そもそも俺にお付き合いをしている女性はいない。それは兄上も同様のはず。本来であれば婚約者のひとりくらい居てもおかしくはない、むしろ結婚していてもいいくらいの年齢なのだが、兄上はあの性格である。
女性相手にもひどく奥手で進展がない。しかも大公家の嫡男。結婚相手はよくよく選ぶようにと父上からのお達しがある。
兄上と結婚して大公家と関わりを持ちたいというご令嬢は、言い方は悪いが掃いて捨てるほどいる。兄上も一応王位継承権を持っているのだ。まぁ跡を継ぐのは従兄弟のエリック殿下でほぼ決まりだろうが、権力という点では兄上も十分魅力的。
当然、兄上に対して縁談の申し込みは山程くる。ゆえに、優柔不断な兄上はいまだに相手を決めきれずにいる。ここらの有力貴族のご令嬢はほとんど兄上にアピールしてきた。それでも結婚相手は決まらない。とすれば、自分にもチャンスがあるかもしれないと遠方や本来であれば大公家とは関わりを持てないような下級貴族までものは試しと縁談を持ってくるようになった。
そうすると選択肢が増えた兄上はますます相手を選べなくなるという悪循環に陥っている。この件についてもそろそろなんとかせねばならない。なぜ俺が。まだ子供といっても差し支えないユリスはともかく、なぜ兄上の面倒まで見なければならないのか。
「なんとか言ったらどうなんだ!」
とりあえず俺を急かすユリスを睨み付けて黙らせておく。「弟には優しくしろ!」と喚き始めたユリスは、なぜかニックの側にいる。
「おまえら、そんなに仲良かったか?」
ユリスとニックを見比べてやれば、ユリスが胸を張る。
「ニックは俺の子分その2」
子分ってなんだ。その1がいるのか。誰だよ。
当のニックは「違います」と否定してはいるがユリスから離れる気配がない。なんだこれ。
ユリス相手では会話が進まない。割り切った俺は兄上と対面することにした。
「あの兄上」
「な、なに?」
頼むから弟相手にそんなビクビクしないでくれ。俺の前だけならまだ許せるがユリスの前では本当にやめてくれ。このチビは絶対調子に乗る。現に兄上の隣で足をぶらぶらさせているユリスが「どんまい、オーガス兄様」とその肩を遠慮なしに叩いている。おまえは長男を敬うということを知らんのか。
額に青筋を浮かべる俺を見てそろそろまずいと悟ったのか。今まで気配を消していたアロンが兄上からユリスを引き剥がしにかかる。
「ユリス様。お兄様方は大事なお話があるので向こうに行きましょうか」
「嫌。俺も聞きたい。ブルース兄様がオーガス兄様の彼女寝とった話」
「寝っ⁉︎」
おまえどこでそんな言葉覚えてきた。
いやてかマジでなんの話だ。断じてそんなことはしていない!
「流石に寝とられてはないよ。あと僕の彼女でもないし」
兄上がモゴモゴと言い訳がましく言葉を紡ぐ。
は? 彼女ではない?
「兄上。話が見えません」
「えっと、だからそのつまりね」
視線を彷徨わせてなかなか事情を説明してくれない兄上に段々と苛立ちが募っていく。
そんな中、またしてもユリスが口を開いた。
「オーガス兄様の好きな子を、ブルース兄様がとったんだよ。オーガス兄様可哀想!」
こくこくと兄上が頷く。本当かよ。
そもそも兄上の想い人というのがわからない。そんなのいたか。首を捻っていると、なにやら顔を赤くした兄上が「あの、リベラ家のご令嬢さん」と付け加える。
あいつか。
ぱっと思い浮かんだ顔。母上に似て黒髪黒目の淑女といった見た目の男爵令嬢だ。たしか一度どこかで兄上に引き合わせたことがあったような気もする。予想外すぎる人物に、しばし思考が停止する。
「誰?」
「キャンベル嬢だよ。ユリスは会ったことなかったね。リベラ男爵家のご令嬢だよ」
「だんしゃくってなに? アロンより偉い?」
「え、そこから?」
馬鹿を露呈させる弟はこの際放っておこう。そういえば家庭教師を任せているカルが随分手を焼いているらしいと小耳に挟んだ。想像以上に苦労していそうで眉間に皺が寄る。「ちゃんと勉強しないとダメだよー」と弱々しく注意する兄上はあてにならない。
「キャンベル嬢とは特になにもありませんが?」
顔見知りではあるが付き合いはほとんどない。兄上から奪ったと弾糾されるような覚えはない。
「そ、そうは言っても」
「頑張れ! オーガス兄様!」
なにやら言い淀む兄上を、横からユリスが鼓舞し始める。それにつられたらしい兄上が勢いよく立ち上がる。
「キャンベル嬢から君に縁談の申し込みが来てたんだ! なぜ! 僕を差し置いて君に!」
いや、知らん。
俺に言われても。というかキャンベル嬢から俺のところに縁談なんて来てたか? 覚えがない。
そういえば最近その手の話がめっきり来なくなったな。もとより兄上を差し置いて先に結婚する気などさらさらなかったため今まで気が付かなかった。気弱なくせに無駄にプライドだけは高い兄上のことだ。俺が先に結婚などしようものならグチグチと落ち込みモードに突入するのが目に見えている。
キャンベル嬢から縁談の申し込みなど来ていない。その旨を伝えれば、兄上はこちらを勢いよく指差してきた。やめろ。ユリスが真似をする。
「知らないとは言わせないぞ! 確かにキャンベル嬢から君への縁談が来たんだ。僕の居ないところで仲良くやってたんだろ!」
「そんなわけはありません。本当に縁談なんて来ていませんよ」
知らないと主張すれば、兄上は再び声を荒げる。
「そんなはずはない! 間違いなく縁談はきた! まあ君の耳に話が入る前に僕が断っておいたがな!」
じゃあ知らねえよ。なにが知らないとは言わせないだ。知りようがないじゃないか。
あとなに勝手に断ってんだよ。
ユリスひとりであれば「そんなわけあるか!」と一喝して追い出すというのに、今日は面倒なことに兄上が一緒だ。しかもユリスの言葉を否定する気配がない。俺はそんなことをやらかしたのか? 一体いつ。
これまでの交友関係をざっと洗い直すが全くと言っていいほど心当たりがない。そもそも俺にお付き合いをしている女性はいない。それは兄上も同様のはず。本来であれば婚約者のひとりくらい居てもおかしくはない、むしろ結婚していてもいいくらいの年齢なのだが、兄上はあの性格である。
女性相手にもひどく奥手で進展がない。しかも大公家の嫡男。結婚相手はよくよく選ぶようにと父上からのお達しがある。
兄上と結婚して大公家と関わりを持ちたいというご令嬢は、言い方は悪いが掃いて捨てるほどいる。兄上も一応王位継承権を持っているのだ。まぁ跡を継ぐのは従兄弟のエリック殿下でほぼ決まりだろうが、権力という点では兄上も十分魅力的。
当然、兄上に対して縁談の申し込みは山程くる。ゆえに、優柔不断な兄上はいまだに相手を決めきれずにいる。ここらの有力貴族のご令嬢はほとんど兄上にアピールしてきた。それでも結婚相手は決まらない。とすれば、自分にもチャンスがあるかもしれないと遠方や本来であれば大公家とは関わりを持てないような下級貴族までものは試しと縁談を持ってくるようになった。
そうすると選択肢が増えた兄上はますます相手を選べなくなるという悪循環に陥っている。この件についてもそろそろなんとかせねばならない。なぜ俺が。まだ子供といっても差し支えないユリスはともかく、なぜ兄上の面倒まで見なければならないのか。
「なんとか言ったらどうなんだ!」
とりあえず俺を急かすユリスを睨み付けて黙らせておく。「弟には優しくしろ!」と喚き始めたユリスは、なぜかニックの側にいる。
「おまえら、そんなに仲良かったか?」
ユリスとニックを見比べてやれば、ユリスが胸を張る。
「ニックは俺の子分その2」
子分ってなんだ。その1がいるのか。誰だよ。
当のニックは「違います」と否定してはいるがユリスから離れる気配がない。なんだこれ。
ユリス相手では会話が進まない。割り切った俺は兄上と対面することにした。
「あの兄上」
「な、なに?」
頼むから弟相手にそんなビクビクしないでくれ。俺の前だけならまだ許せるがユリスの前では本当にやめてくれ。このチビは絶対調子に乗る。現に兄上の隣で足をぶらぶらさせているユリスが「どんまい、オーガス兄様」とその肩を遠慮なしに叩いている。おまえは長男を敬うということを知らんのか。
額に青筋を浮かべる俺を見てそろそろまずいと悟ったのか。今まで気配を消していたアロンが兄上からユリスを引き剥がしにかかる。
「ユリス様。お兄様方は大事なお話があるので向こうに行きましょうか」
「嫌。俺も聞きたい。ブルース兄様がオーガス兄様の彼女寝とった話」
「寝っ⁉︎」
おまえどこでそんな言葉覚えてきた。
いやてかマジでなんの話だ。断じてそんなことはしていない!
「流石に寝とられてはないよ。あと僕の彼女でもないし」
兄上がモゴモゴと言い訳がましく言葉を紡ぐ。
は? 彼女ではない?
「兄上。話が見えません」
「えっと、だからそのつまりね」
視線を彷徨わせてなかなか事情を説明してくれない兄上に段々と苛立ちが募っていく。
そんな中、またしてもユリスが口を開いた。
「オーガス兄様の好きな子を、ブルース兄様がとったんだよ。オーガス兄様可哀想!」
こくこくと兄上が頷く。本当かよ。
そもそも兄上の想い人というのがわからない。そんなのいたか。首を捻っていると、なにやら顔を赤くした兄上が「あの、リベラ家のご令嬢さん」と付け加える。
あいつか。
ぱっと思い浮かんだ顔。母上に似て黒髪黒目の淑女といった見た目の男爵令嬢だ。たしか一度どこかで兄上に引き合わせたことがあったような気もする。予想外すぎる人物に、しばし思考が停止する。
「誰?」
「キャンベル嬢だよ。ユリスは会ったことなかったね。リベラ男爵家のご令嬢だよ」
「だんしゃくってなに? アロンより偉い?」
「え、そこから?」
馬鹿を露呈させる弟はこの際放っておこう。そういえば家庭教師を任せているカルが随分手を焼いているらしいと小耳に挟んだ。想像以上に苦労していそうで眉間に皺が寄る。「ちゃんと勉強しないとダメだよー」と弱々しく注意する兄上はあてにならない。
「キャンベル嬢とは特になにもありませんが?」
顔見知りではあるが付き合いはほとんどない。兄上から奪ったと弾糾されるような覚えはない。
「そ、そうは言っても」
「頑張れ! オーガス兄様!」
なにやら言い淀む兄上を、横からユリスが鼓舞し始める。それにつられたらしい兄上が勢いよく立ち上がる。
「キャンベル嬢から君に縁談の申し込みが来てたんだ! なぜ! 僕を差し置いて君に!」
いや、知らん。
俺に言われても。というかキャンベル嬢から俺のところに縁談なんて来てたか? 覚えがない。
そういえば最近その手の話がめっきり来なくなったな。もとより兄上を差し置いて先に結婚する気などさらさらなかったため今まで気が付かなかった。気弱なくせに無駄にプライドだけは高い兄上のことだ。俺が先に結婚などしようものならグチグチと落ち込みモードに突入するのが目に見えている。
キャンベル嬢から縁談の申し込みなど来ていない。その旨を伝えれば、兄上はこちらを勢いよく指差してきた。やめろ。ユリスが真似をする。
「知らないとは言わせないぞ! 確かにキャンベル嬢から君への縁談が来たんだ。僕の居ないところで仲良くやってたんだろ!」
「そんなわけはありません。本当に縁談なんて来ていませんよ」
知らないと主張すれば、兄上は再び声を荒げる。
「そんなはずはない! 間違いなく縁談はきた! まあ君の耳に話が入る前に僕が断っておいたがな!」
じゃあ知らねえよ。なにが知らないとは言わせないだ。知りようがないじゃないか。
あとなに勝手に断ってんだよ。
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