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109 子育て(sideブルース)

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 夕刻。
 本日も何事もなく終わりを迎えると思っていた俺は、突然騒がしくなった廊下に眉を顰める。

 なにやら大声で喚きながらこちらへ向かってくるのは弟のユリスだ。あいつは無駄に声がでかい。昔はそんなことはなかったのだが。ここ最近、どうやら声を大きくすれば己の主張が通ると思っている節がある。どうしたものか。

 なにやらユリスを引き止めるようなティアンの声も聞こえてきた。

 思わず眉間を揉む。
 なんだか余計な揉め事を持ってきたらしい。こんな時に限ってアロンがいない。彼がいれば適当に菓子でも渡すように言いつけて追い返させることができたというのに。

 成長期なのか、それとも単に味をしめただけなのかは不明だが近頃ユリスがなにかにつけて菓子を要求してくる。はじめの頃はあれを頑張ったからご褒美をよこせという一応は納得できる要求だったものが、最近では食べたいからよこせに変わった。甘やかすとろくなことにならないと学んだ。

 だが菓子を与えておけば大人しいのも事実なので、相手をするのが面倒な時にはついつい渡して誤魔化してしまう。我ながらよくないとは思うが、あいつのしつこさは尋常ではない時が多々ある。

 この前など菓子をよこせと数時間にわたって部屋に居座られた。その根性はどこから出てくるのか。もっと別のことに使えと諭すがいまいちピンときていないようだった。

 それにしても。
 父上と母上が猫可愛がりするばかりでろくに躾もしていないため、ユリスはやりたい放題でここまでやってきた。俺と兄上を跡継ぎらしく育てて満足したらしい。三男は好きに育ててもいいだろうというのが両親揃っての意見だ。

 おかげで皺寄せが全部俺にきている。兄上はユリスの扱い方がわからないらしく弟相手にずっと遠慮している。なぜ俺が子育てせねばならないのか。

「ノックをしなさい!」

 扉越しにティアンの呆れを含んだ声が響く。これも毎度お決まりのやり取りだ。つい癖で机の引き出しを確認する。菓子のストックがあることを確認して息をつく。いざとなったらこれを渡して追い返そう。

「見損なったぞ! 兄様!」

 ノックというよりは殴るという表現の方が近い。勢いよく突入してきたユリスは、なぜかニックを引き連れていた。いや、本当になぜ。

 記憶が正しければ、ニックは騎士たちの中でも特にユリスから距離を置いていたはずだ。なにやらセドリックに随分と入れ込んでいた彼である。
 セドリックが副団長から解任されたと知って一番腹を立てていた。当然、その怒りは彼を解任したユリスへと向かった。

 とはいえヴィアン家の、しかも長男である兄上の側近騎士である。己の立場はよく弁えており、面と向かってユリスに突っかかっていくことはなかった。だがユリスを避けているのは明白。そんな彼がなぜ弟と共にいるのか。嫌な予感がする。

「なんの用だ」

 渋々問い掛ければ、なにやら興奮しているらしいユリスが拳を上げる。

「ブルース兄様最悪!」
「なにがだ」

 相変わらずうるさい。
 思わず引き出しに伸びそうになった手をなんとか堪える。じっと我慢して先を促せば、開けっぱなしになっていたドアからおずおずと顔を出す者があった。

「兄上⁉︎」

 ユリスに苦手意識を持っているらしいオーガス兄上が一緒とは。一体何事だ。慌てて立ち上がれば、兄上が困ったように頬を掻いている。

 とりあえず応接用のソファーを勧めれば、背後にアロンとセドリックもいることに気がついた。隅の方ではティアンとジャンがユリスから黒猫を取り上げようとしている。

「なんだ大人数で」

 思わずこぼれた苦言に、兄上が「いやぁ、ごめんね」と視線を彷徨わせる。兄上を責めたつもりはなかった。慌てて「お気になさらず」とフォローしておく。

「オーガス兄様が可哀想」

 唐突にわけのわからんことを言い放つユリスはきょろきょろと落ち着きなく室内を見回している。その目が執務机でじっと止まる。引き出しに近寄ろうとする気配を察して立ち塞がれば、「そこにお菓子隠してるの知ってるんだぞ!」と声を荒げ始める。なにしに来たんだ、こいつは。

「ブルース兄様もおやつ食べてるもん! いっつもそこに隠してるもん!」
「うるさい」

 マジでなにをしに来たのか。必死にニックに対してあそこに菓子が隠してあると主張する弟に頭が痛くなる。隠し場所を変えねば。

「それで? 兄上まで一体なんの用ですか」

 これでは話が進まない。一番まともな兄上に目を向ければ、わかりやすく視線をそらされた。嫌な予感が強まる。

 普段は表面上だけでも精一杯長男っぽく振る舞っている兄上。そんな仮面が取っ払われておずおずと目を伏せている。これはあれだ。なんかいらんことをしでかした時の態度だ。クソ。

 どうせユリス絡みだろう。こいつがなにかいらんことをして兄上が巻き込まれたに違いない。

 いまだにニック相手に「あそこにお菓子がある」と主張している弟の首根っこを掴んでソファーに座らせておく。案の定「なにするんだ!」と騒ぎ出したユリスは「ブルース兄様最低!」と俺への罵倒を繰り返す。マジで頭が痛い。

「うるさい奴だな。ちょっとは大人しくできんのか」

 感情のままに睨みつければ、なぜかユリスの隣に座る兄上が「ごめん」と謝ってくる。違う。兄上に言ったわけではない。

「ブルース兄様! オーガス兄様に謝りなよ!」
「は?」

 こちらに勢いよく指を突きつけたユリスの言葉に少々戸惑ってしまう。謝るとは? 俺なにかしたか?

 ここ最近の出来事を思い返すが、特段兄上に謝罪しなければならないような出来事は思い付かない。「人を指さしたらいけません」とティアンが慌ててユリスの手をおろしている。俺なんかよりもよっぽど上手くユリスの躾をしてくれているようでありがたい限りだ。流石はクレイグの息子。

 いやいや。今は兄上の話だ。

 しかし心当たりが一向にない。「何か失礼を?」と兄上の顔色を伺ってみるが目線をまったく合わせてくれない。

 そのうち焦れたのだろう。ユリスが立ち上がって再び俺に指を突きつけてくる。

「ブルース兄様がオーガス兄様の彼女とった!」
「……は?」

 なん、は? なんだって?
 兄上が「そ、そんな大声で言わなくても」とユリスを制止にかかっているが声量の問題ではない。

 俺が、兄上の彼女をとっただと?
 なんだそれは。まったく心当たりがない。
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