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107 カオス
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みっともなく泣きわめくオーガス兄様を前に、俺はどうしたものかと考え込む。ジャンとティアンは気配を消して空気に徹しており役に立ちそうもない。
アロンは右手で己の口元を覆って立ち尽くしている。だがその肩が細かく震えている。どうやら笑いを堪えているらしい。ここまできたらもういっそ笑ってやれよ。どうすんだよ、この空気。
床に両手をついて「僕もう引退したい」と涙を浮かべるオーガス兄様を、ニックが「まだ跡も継いでおられないのに。いくらなんでも引退は気が早すぎます」と明後日の方向に励ましている。
「……おやつ食べたからもう帰るね」
立ち上がった俺に、ティアンが「本気ですか⁉︎ マジでどんな神経してるんですか!」と縋ってくる。
だって俺が居てもやることないし。なんだかオーガス兄様の相手は面倒だし。
『面白い光景だな。ブルースにも見せてやりたいくらいだ』
黒猫ユリスがまたしても性格悪いことを言っている。人の心ないんか、こいつ。いや今は猫だけれども。
「とにかく、セドリックには悪かったと思ってるよ。ユリスのせいにしたことも。でもわざとじゃないんだって! セドリックが解任されたって知ったニックがめっちゃ怒ってたから。今更、実は僕が解任しましたって言い出せなくなって」
「そんな情けないことを言わないでくださいよ」
呆れた様子のニックは、オーガス兄様に手を差し出す。
「とりあえず立ってくださいよ。そんな床に蹲ってないで」
「……ニック。怒ってない?」
「めっちゃ怒ってます」
「ひぇ」
情けないオーガス兄様は泣く泣く俺の向かいに腰掛ける。帰るタイミングを逃した俺。可哀想。
「それで? オーガス様が周囲の勘違いを正せないのは理解できるとして。なぜユリス様はそれを放置していたのですか」
おっと。なぜかニックの矛先が俺に向いてしまう。黒猫ユリスに助けを求めれば『そんなのオーガスの弱みを握るために決まってるだろ』との返答。
「オーガス兄様の弱みを握るため」
馬鹿正直に黒猫ユリスの言葉を繰り返したところ、ニックが「なんですって」と俺に詰め寄ってくる。失敗した。
ピンチに陥った俺はティアンを盾にしてやり過ごそうとするが、ニックは容赦がない。ズカズカと歩み寄ってきては俺を真正面から睨みつけてくる。
あわあわしていると、タイミングよくオーガス兄様の部屋を訪れる者があった。
「どうぞ!」
ノックの音に反射的に大声で返事をすれば、「僕の部屋なんだけど」とオーガス兄様が不満そうにしていた。
「失礼いたします」
落ち着き払った声と共に入室してきたのは渦中の人物であるセドリックだった。
泣き腫らしたオーガス兄様に、必死に笑いを堪えるアロン。そして現在ニックに追い回されている俺というカオスな状況を目にしたはずのセドリックは片眉を器用に持ち上げただけでなにも言わない。
無関心もここまでくると恐怖だよ。なんか言えよ。誰のせいでこんな状況になったと思っているんだ。
澄まし顔で「遅くなり申し訳ありません、ユリス様」と一礼したセドリックは壁際に移動して普段通りに控えてしまう。こいつこそどんな神経してんだよ。
そんな中、動いたのはニックであった。
背後から俺の両肩を掴んで逃げられないようにした彼は、俺ごとセドリックへと向き直る。
「セドリック殿。全部聞きました」
「全部、とは?」
首を捻った彼に、ニックはこれまでの経緯を捲し立てる。そんでもって最後に「見損ないましたよ!」と大声で指を突きつけた。どうでもいいけど俺の真後ろで叫ぶのはやめて。
「優秀な家臣であれば主人が犯した過ちをお諌めするのが役目では? なにをオーガス様の言いなりになっているのですか」
眉を顰めたセドリックは面倒くさそうに顔を背けてしまう。
「それはおまえの役目だろう。なぜ私が」
「俺は知らなかったので。知っていたセドリック殿がお諌めするのが普通かと」
「主人にみすみす隠し事されるとは。随分と間の抜けた側近だな」
唐突に毒を吐いたセドリックは腕を組んで黙り込んでしまう。火花を散らす騎士ふたりを見比べて、俺は頰を膨らませる。なぜ俺を間に挟んで言い合いするのか。ニックは俺の肩を掴んだまま解放してくれる気配がない。
というかアロンの話では、ニックはセドリックの信者だったはず。どこがだよ。なんかバチバチしてるぞ、このふたり。
困った俺の足元に、黒猫ユリスがやってくる。終始ニヤニヤしている彼は『ブルースに報告に行かなくていいのか?』と俺を急かす。どうも事の顛末を聞いたブルース兄様に怒られるであろうオーガス兄様を見たいらしい。嫌な弟だな。そんなんだからオーガス兄様から距離を置かれるんだぞ。
「セドリックを副団長に戻すことになったよ」
とりあえず場を収めようと俺は前に出る。今しがた決定した重大事項を報告してやれば、セドリックがぴくりと反応した。
「……いえ、お気遣いなく」
ん? なんだか思っていた反応と違う。
「副団長に戻れるの、嬉しくないの?」
「そんなことは」
じゃあその煮え切らない反応はなんなのか。ニックに盾にされたまま、俺は目を瞬く。ニックも不思議そうにしている。
「オーガス様はそれでよろしいのですか」
ようやく言葉を発したセドリックに、オーガス兄様は「うん」と頷く。
「もう全部バレちゃったし」
再び顔を覆った兄様は天を仰ぐ。
「そういうことであれば。副団長の任、喜んで拝命します」
アロンは右手で己の口元を覆って立ち尽くしている。だがその肩が細かく震えている。どうやら笑いを堪えているらしい。ここまできたらもういっそ笑ってやれよ。どうすんだよ、この空気。
床に両手をついて「僕もう引退したい」と涙を浮かべるオーガス兄様を、ニックが「まだ跡も継いでおられないのに。いくらなんでも引退は気が早すぎます」と明後日の方向に励ましている。
「……おやつ食べたからもう帰るね」
立ち上がった俺に、ティアンが「本気ですか⁉︎ マジでどんな神経してるんですか!」と縋ってくる。
だって俺が居てもやることないし。なんだかオーガス兄様の相手は面倒だし。
『面白い光景だな。ブルースにも見せてやりたいくらいだ』
黒猫ユリスがまたしても性格悪いことを言っている。人の心ないんか、こいつ。いや今は猫だけれども。
「とにかく、セドリックには悪かったと思ってるよ。ユリスのせいにしたことも。でもわざとじゃないんだって! セドリックが解任されたって知ったニックがめっちゃ怒ってたから。今更、実は僕が解任しましたって言い出せなくなって」
「そんな情けないことを言わないでくださいよ」
呆れた様子のニックは、オーガス兄様に手を差し出す。
「とりあえず立ってくださいよ。そんな床に蹲ってないで」
「……ニック。怒ってない?」
「めっちゃ怒ってます」
「ひぇ」
情けないオーガス兄様は泣く泣く俺の向かいに腰掛ける。帰るタイミングを逃した俺。可哀想。
「それで? オーガス様が周囲の勘違いを正せないのは理解できるとして。なぜユリス様はそれを放置していたのですか」
おっと。なぜかニックの矛先が俺に向いてしまう。黒猫ユリスに助けを求めれば『そんなのオーガスの弱みを握るために決まってるだろ』との返答。
「オーガス兄様の弱みを握るため」
馬鹿正直に黒猫ユリスの言葉を繰り返したところ、ニックが「なんですって」と俺に詰め寄ってくる。失敗した。
ピンチに陥った俺はティアンを盾にしてやり過ごそうとするが、ニックは容赦がない。ズカズカと歩み寄ってきては俺を真正面から睨みつけてくる。
あわあわしていると、タイミングよくオーガス兄様の部屋を訪れる者があった。
「どうぞ!」
ノックの音に反射的に大声で返事をすれば、「僕の部屋なんだけど」とオーガス兄様が不満そうにしていた。
「失礼いたします」
落ち着き払った声と共に入室してきたのは渦中の人物であるセドリックだった。
泣き腫らしたオーガス兄様に、必死に笑いを堪えるアロン。そして現在ニックに追い回されている俺というカオスな状況を目にしたはずのセドリックは片眉を器用に持ち上げただけでなにも言わない。
無関心もここまでくると恐怖だよ。なんか言えよ。誰のせいでこんな状況になったと思っているんだ。
澄まし顔で「遅くなり申し訳ありません、ユリス様」と一礼したセドリックは壁際に移動して普段通りに控えてしまう。こいつこそどんな神経してんだよ。
そんな中、動いたのはニックであった。
背後から俺の両肩を掴んで逃げられないようにした彼は、俺ごとセドリックへと向き直る。
「セドリック殿。全部聞きました」
「全部、とは?」
首を捻った彼に、ニックはこれまでの経緯を捲し立てる。そんでもって最後に「見損ないましたよ!」と大声で指を突きつけた。どうでもいいけど俺の真後ろで叫ぶのはやめて。
「優秀な家臣であれば主人が犯した過ちをお諌めするのが役目では? なにをオーガス様の言いなりになっているのですか」
眉を顰めたセドリックは面倒くさそうに顔を背けてしまう。
「それはおまえの役目だろう。なぜ私が」
「俺は知らなかったので。知っていたセドリック殿がお諌めするのが普通かと」
「主人にみすみす隠し事されるとは。随分と間の抜けた側近だな」
唐突に毒を吐いたセドリックは腕を組んで黙り込んでしまう。火花を散らす騎士ふたりを見比べて、俺は頰を膨らませる。なぜ俺を間に挟んで言い合いするのか。ニックは俺の肩を掴んだまま解放してくれる気配がない。
というかアロンの話では、ニックはセドリックの信者だったはず。どこがだよ。なんかバチバチしてるぞ、このふたり。
困った俺の足元に、黒猫ユリスがやってくる。終始ニヤニヤしている彼は『ブルースに報告に行かなくていいのか?』と俺を急かす。どうも事の顛末を聞いたブルース兄様に怒られるであろうオーガス兄様を見たいらしい。嫌な弟だな。そんなんだからオーガス兄様から距離を置かれるんだぞ。
「セドリックを副団長に戻すことになったよ」
とりあえず場を収めようと俺は前に出る。今しがた決定した重大事項を報告してやれば、セドリックがぴくりと反応した。
「……いえ、お気遣いなく」
ん? なんだか思っていた反応と違う。
「副団長に戻れるの、嬉しくないの?」
「そんなことは」
じゃあその煮え切らない反応はなんなのか。ニックに盾にされたまま、俺は目を瞬く。ニックも不思議そうにしている。
「オーガス様はそれでよろしいのですか」
ようやく言葉を発したセドリックに、オーガス兄様は「うん」と頷く。
「もう全部バレちゃったし」
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