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106 頼りない長男

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「一体どういうことですか」
「いや、えっとぉ。その、つまりですね。はい」

 ニックに詰め寄られて狼狽えるオーガス兄様は頼りない。この人本当に長男かよ。ブルース兄様の方がよっぽどしっかりしている気がする。

 そんな兄様を横目に応接用のソファーに腰掛けてお菓子を要求すれば、「この状況でよくそんな要求ができますね。どんな神経してるんですか」とティアンが冷たい目を向けてくる。

 だってなんだか話が長くなりそうだし。それにおやつの時間はもうとっくに過ぎている。一日のうちで一番大事な時間である。セドリック案件に夢中になるあまりすっかり忘れていたのは痛恨だった。美味しいお菓子をよこせと主張する俺に、オーガス兄様は「それどころじゃないよね⁉︎」とお怒り気味だ。弟には優しくしろ。

「それで? セドリック殿を解任したのは実はオーガス様だった、て話ですよね。そんなの初耳なのですが」

 どこからか持ってきた焼き菓子を俺に差し出したアロンは眉を顰めている。ジャンが俺とオーガス兄様の紅茶を用意してくれるが、兄様はそれどころではなさそうだ。ひとりおやつタイムを楽しんでいると、「わかった! 全部説明するから!」とオーガス兄様が白旗をあげた。


※※※


「事の始まりは、えっと、いつだったかな。まぁ、とりあえずセドリックがまだ副団長だった頃の話だよ」

 紅茶で口内を湿らせたオーガス兄様は、ちらりと俺に目線をやる。

「その、なんか色々あって。その色々の一部をユリスに知られてしまったんだ」
「色々ってなに?」
「なんでそんなこと訊くの?」

 やめて、と遠い目をしたオーガス兄様は「それで」と話を続ける。

「そのうち色々あったことをセドリックにも知られてしまって。ユリスがセドリックをクビにしようと言うから。クビはあんまりだと思って副団長解任くらいにしておこうって話になったんだよ。だよね?」

 いや知らん。そんな目で俺を見られても。
 どうしよう。オーガス兄様の話は意味がわからない。こんなことなら黒猫ユリスも連れてくればよかった。「話はわかったかな?」と切り上げようとする兄様に、「いえ、全くなにもわかりません」とニックが突っかかる。ですよね。

 うへぇ、と嫌そうな顔をしたオーガス兄様は「いやだから。えっと僕が裏で色々やっていたことをセドリックに知られてしまってね。それでこう、口止めも兼ねて? 解任した? みたいな。あはは」と頰を掻く。ニックが怖い顔をしている。

「オーガス様」
「はい」
「裏で色々やっていた件については後で詳しくお聞きするとして」
「……できれば聞かないで欲しいな」

 無理ですね、とすっぱり切り捨てたニックは憮然と腕を組む。

「なぜユリス様が解任したことにされたのですか? 弟君に責任を押し付けるとはどういうおつもりですか」
「いや、別に押し付けるつもりは! みんなが勝手に勘違いしたんじゃない、か」

 果敢にニックへと挑んだオーガス兄様であったが、ニックにひと睨みされてすぐに拳を下ろしてしまう。なんだか兄様が可哀想になってきた。助けを求めるように俺にちらちら視線を向けてくる。だが俺は生憎ユリスとオーガス兄様の間に起こったであろう出来事を知らない。

「ジャン」
「はい」

 壁際に控えていたジャンを呼びつける。

「俺の猫持ってきて」
「言い方。物じゃないんですから」

 肩をすくめるティアン。怪訝な顔をしながらも頷いたジャンは部屋を出て行く。しばらくして黒猫ユリスを手に戻ってきたジャンは疲れた顔をしていた。おそらく黒猫が大暴れしたのだろう。なぜかあいつはジャンのことが嫌いらしいから。

『どういう状況だ』

 ソファーに飛び乗った黒猫ユリスは、ニックに詰め寄られるオーガス兄様を見て楽しそうに笑っている。性格の悪いにゃんこだな。

「オーガス兄様がセドリックを解任したってバレちゃった」

 こっそり教えてやれば、『はぁ?』と不満そうだ。

『なんだ、もうバレたのか。ネタにして散々こき使ってやろうと思っていたのに』

 悪いにゃんこだ。なんて嫌な奴。

『まぁいい。おいおまえ』
「なに」

 俺のことをおまえ呼ばわりした黒猫ユリスはニヤニヤと悪い顔をしていた。猫のくせに表情豊かな奴である。

『今から僕の言う通りに喋ってみろ』

 どうやら考えがあるらしい。俺は状況がよくわかっていないので本物ユリスが手を貸してくれるならありがたい。頷けば、本物ユリスが俺の膝に乗った。

『オーガス兄様は悪くないですよ』
「オーガス兄様は悪くない」

 言われた通りに復唱すれば、部屋が静まり返った。視線をひしひしと感じながらも、黒猫ユリスに従っておく。

『悪いのはブルース兄様です』
「悪いのはブルース兄様」

 そうなの?
 ニックが「どういうことですか」と低い声を出す。ちょっと待って欲しい。いま黒猫ユリスが喋っているから。

『ブルース兄様がオーガス兄様の想い人を奪ったんです』
「ブルース兄様がオーガス兄様の想い人を奪った」

 ぎゃあっとオーガス兄様が悲鳴を上げる。黒猫ユリスが暴露した内容を理解して、俺は目を見開く。

「え! ブルース兄様がオーガス兄様の彼女とったってこと?」
「ユリス様がそうおっしゃったんでしょう。なんでご自分でびっくりされているんですか?」

 ティアンがちょっと引いている。
 ブルース兄様最低! 信じられないと声を荒げる俺に、オーガス兄様が口を挟む。

「い、いや、彼女ではない。まだ付き合っていなかったし、なんなら会話もまともにしたことなかったし、そもそも僕の存在を認識されていたかも怪しいし。あ、なんか自分で言ってて悲しくなってきた」
「オーガス兄様可哀想!」

 よくわからんがオーガス兄様がなんだか惨めに見えてきた。そんなんだからブルース兄様に彼女とられるんだぞ。いや彼女ではないんだっけ?

「いやもう本当に。なんで僕ってこんなんなんだろ。いつもうじうじしちゃってさ、こんなんだからブルースに全部持っていかれるんだよ」
「う、うん」
「ユリスだって僕よりもブルースの方が頼りになると思ってるんだろ」
「そ、そんなことは」

 十歳児相手にマジ泣きし始めたオーガス兄様。泣き喚く大人の相手をしたことがない俺は困った末にアロンに助けを求めようとしてやめた。壁に片手をついて顔を隠すように俯くアロンは絶対に笑っていた。やめてやれよ。

 その間にも涙を流す兄様はとても大人には見えなかった。ドン引きしていると「知ってるんだぞ!」とオーガス兄様は鼻を啜り上げる。

「君、ブルースに父上の跡を継げと言ったらしいじゃないか! 僕が頼りないからって、そんな。酷すぎるだろ!」

 言ったっけ?
 あ、あぁー? 言ったような気もする。

 でもあれは俺がユリスに成り代わったばかりの頃の話だから。ブルース兄様が長男だと思ってついうっかり口にしてしまっただけであって、決してオーガス兄様は跡継ぎに向かないとかそういう話ではない。

「僕だって色々頑張ってるんだよ⁉︎」

 ついには膝をついて泣き崩れたオーガス兄様。『おまえ、そういうところだぞ』と黒猫ユリスが呆れている。

 どうしよう。うちの長男、ものすごく頼りない。
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