上 下
111 / 586

105 新しい子分

しおりを挟む
 セドリックを喜ばせるには下手なプレゼントよりも、彼を副団長に戻すのが一番いい。現状、騎士団における副団長の席は空席のまま。そこにセドリックを戻すだけでいい。

 ニックのアドバイスを受け入れた俺は、早速行動に出た。それはもちろんオーガス兄様の説得である。

 屋敷の二階へと急ぐ俺。顔色の悪いジャンと、お兄さんぶったティアンも続く。なぜかニヤニヤと悪い笑みを浮かべているアロンと、そんなアロンを鬱陶しそうに追い払うニックもついてきた。こいつらは騎士棟に置いてくるつもりだったのに。濡れた服を素早く着替えた彼らは、当然のような顔でしれっとついてきた。なんて奴らだ。

 クレイグ団長は仕事があるとかで騎士棟に残っている。しかし彼からは、団長としてはセドリックを副団長に戻すことには賛成である旨のご意見をもらった。オーガス兄様に伝えておいてくれと。

 そうして意気揚々とオーガス兄様の元へと乗り込んだ俺たちは、さっと顔を俯ける兄様と対面していた。

「……いつの間にニックと仲良くなったの?」
「ニックは俺の子分」

 顔を引き攣らせるオーガス兄様にニックを紹介してやれば、当のニックから「子分になった覚えはありません」と苦い声で否定された。

「ニック殿がユリス様のこと泣かせたんで。当面ユリス様の言うことに従うってことで話がまとまったんですよ」

 横からアロンが補足した通りである。俺を泣かせたお詫びとして、俺に協力するとの言質をとっている。すべてはアロンが画策したことである。こんな時だけ手際のいい嫌な奴である。

 しばらくポカンとしていたオーガス兄様は、「え?」と弱々しい声と共に執務机から立ち上がった。

「え、泣かせたの? なんで?」
「ニックが俺の悪口言った」

 ニックの言動をお伝えしてやれば、ニックが「悪口というわけでは。事実を述べただけです」と悪あがきをする。こいつ絶対反省してないだろ。

「えぇ? マジで? ユリスって泣くことあるんだ。びっくり」

 どこに驚いてんだよ、オーガス兄様。だが本物ユリスは太々しいからな。あいつが泣くところは俺もちょっと想像できない。

「それでオーガス兄様にお願いがあるんだけどさ」
「え。まさかニックをクビにしろって? それはちょっと困るな。一応僕の護衛騎士なわけだし、いや君に対して無礼なことをしたのは認めるけどさ。でもやっぱりいきなりクビにするのは、どうかな。ニックにも言い分があるみたいだし。いや別にユリスのことを蔑ろにしているわけではないからね。大事な弟だし。でもそれとこれとは話が別っていうかなんていうかーー」
「誰もそんなこと言ってない」

 勢いよく勘違いをしたオーガス兄様は、勝手に早口で捲し立てる。人の話を聞け。

「え、あ。そうなの? てっきり僕に責任取れって殴り込みに来たのかと」

 おまえ弟に対してどんなイメージ持ってんの?
 半眼になる俺に、オーガス兄様が「ご、ごめん」と弱々しく謝罪する。

 とりあえず話は聞いてもらえそうな雰囲気だったため、早速本題に入る。

「セドリックを副団長に戻してあげて欲しい」
「え」

 要望をストレートに伝えたところ、ピシリと音を立てて固まったオーガス兄様。

「そ、それはえっと、なんで?」

 ちらちらとニックへ視線を遣りながら、おずおずと問いかけてくる。なんでって、だってセドリックが可哀想だろ。

 何もしていないのに解任されたセドリックが可哀想だと理由を告げれば、オーガス兄様が顔を覆った。

「ちょ、ちょっと待って。え? だ、ど」
「どうしたの?」

 オーガス兄様が過去一挙動不審になってしまった。壊れたように意味をなさない音を発する兄様は、顔色が真っ青だった。

「……言ったの?」
「なにを?」
「いや、だから。セドリックを解任した理由」
「? ううん、まだ」

 瞬間、ぱっと顔色の戻ったオーガス兄様は馴々しく俺の背中に手をあてる。

「そうか! ユリスがいいなら別にいいんじゃないかな。セドリックにユリスの護衛を任せて正解だったよ。仲良くなってくれて嬉しいよ」

 途端に饒舌になった兄様は、バシバシと俺の背中を叩く。なんだこいつ。

「じゃあセドリックを戻してくれる?」
「うん。正直、他に適任がいなくて困っていたところだから」

 よかった! これでセドリックは晴れて副団長に戻れる。静観していたアロンが「適任であれば、ここにいますけどね」と己を指差して心底不思議そうな顔をする。なんて図々しい奴だ。

 わーいと喜んでいると、背後で成り行きを見守っていたニックが怖い顔で進み出る。

「お言葉ですが、オーガス様」
「ん? なんだい」
「先程ユリス様が、セドリック殿が解任されたのはオーガス様のせいだと。お心当たりは?」
「うぇ!」

 変な声を上げたオーガス兄様は、すごい勢いで俺を見る。

「言っちゃってるじゃん! なにがまだ言ってないだ。思い切りバラしてるし!」
「? 俺なにも言ってない」

 あわあわと狼狽えはじめた兄様は、じりじりと後退ってニックから距離をとる。

「ユリス! 君なにを言ったの⁉︎」
「なにも言ってない。セドリックを解任したのはオーガス兄様だって話はまだしてない」
「うわぁ‼︎」

 オーガス兄様が盛大に悲鳴を上げた。「は⁉︎ なんですかその話!」とティアンが目を見開いている。

 あ、しまった。俺としたことがついうっかり。

 すっかりと顔色を悪くしたオーガス兄様は多分絶望していた。なんかそんな顔をしている。一方のニックとアロンは驚愕の表情だ。ジャンは黙り込んで空気に徹している。

「い、言っちゃった」

 ごめんよ、オーガス兄様。ぽつりと俺が呟いた瞬間、オーガス兄様が膝から崩れ落ちた。
しおりを挟む
感想 424

あなたにおすすめの小説

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...