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104 お詫び
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「それって、どういう意味ですか」
俺がぽろっと口にした言葉。それに素早く反応したのはニックだった。
俺の前に屈み込んだ彼は、「今オーガス様と言いましたよね。どういう意味ですか」と問い質してくる。己の主人の名前に食いついたらしい。
ティアンに押し付けられたハンカチで目元を拭った俺は、ふるふると首を横に振る。ついうっかりオーガス兄様の名前を出してしまったが、まだ彼らに話すべきではない。まずはオーガス兄様と話をつけてからだ。
「なんでもない」
ティアンの背後に隠れると、ニックがさらに追求しようと腰を上げる。それを止めたのはアロンだった。
「謝罪が先では? ブルース様にチクりますよ」
小学生みたいな脅し文句を口にしたアロンを果たして大人にカウントしていいのか怪しくなってきた。
すっかり涙が引っ込んだ俺は、なんだか急に恥ずかしくなってきてティアンの背中をぐいぐい押す。「なんですか」とティアンが足を踏ん張っている。
「……俺大人なのに。泣くところを見られてしまった」
ぼそっと呟けば、ティアンが首だけでこちらを振り返る。
「今のは突然大声出したニック殿が悪いですよ」
そうだな。今回の件は全面的にニックが悪い。なんだかやけにティアンが優しい。クレイグ団長も温かい目で俺を見守っている。なんだこの空気。
向こうで小競り合いを繰り広げていたアロンとニック。やがてニックが苦い顔で俺を見下ろした。
「申し訳ありません、ユリス様。頭に血がのぼってしまい。ついうっかり本音が」
これ謝罪であってる?
俺に対する不満ではなくて?
「以後気を付けます」
憮然とした表情で言い放ったニック。こいつ謝る気ないだろ。「ユリス様。簡単に許したらダメですよ!」とニックの背後からアロンが口を挟む。
「子供を泣かせるなんて大人気ない人ですね。恥ずかしいと思わないんですか」
「おまえは黙っとけ」
アロンを鋭く睨み付けたニックは、口を真一文字に引き結ぶ。どうやら俺への罪悪感と嫌悪感との間で揺れ動いているらしい。アロンに横腹を突かれて、ようやく決心したように俺を見据える。
「その、お詫びと言ってはなんですが。俺に出来ることなら協力しますよ」
協力? ぱちぱちと目を瞬いていると、「ほら、今がチャンスですよ」とティアンがささやいた。チャンスってなに。
よくわからんが、ニックが手を貸してくれるらしい。「やりたいことあったんでしょ」とティアン。やりたいこと? あるにはあるけど。みんなに促されて俺は渋々口を開く。この件に関してニックが役に立つとは思えないが、みんなうるさいし。
「俺、猫になりたい」
「……は?」
叶えたい野望を口にすればニックが真顔になった。「俺にどうしろと?」とアロンを恨めしそうに睨んでいる。ふふっとアロンが声を押し殺して笑う気配を感じた。
「違います! そっちじゃないです!」
慌てたティアンが割り込んでくる。そっちじゃないってなに。どっちだよ。
「セドリック殿を喜ばせたいって話でしょ。なんですか猫になりたいって」
「あ、そっち」
やばいやばい。俺の野望が広まってしまうところだった。「今のは聞かなかったことにしてね」とすぐさまニックへの口止めを完了した俺は額を拭う。危ないところだった。
「……どういう目標?」
「ユリス様は真剣なんですから。笑ったらダメですよ、ニック殿」
首を捻るニックに、アロンが声を震わせながら注意する。アロンの方こそ笑ってるだろ。なんて奴だ。
全員の注意をひきつけるようにわざとらしく咳払いしたクレイグ団長が、事情を改めてニックに説明してくれる。今度は黙って耳を傾けていたニックだが、途中で怪訝な顔をした。
「えっと、それはつまり副団長を解任されたセドリック殿が可哀想だから、ユリス様は彼を喜ばせてあげたいと」
「うんうん」
ようやく理解してくれたようだ。全力で肯定すればニックは言いにくそうにクレイグ団長とアロンに視線を向ける。
「えっと、それって普通にセドリック殿を副団長に戻すというのではダメなのですか? その方が彼も喜ぶと思うのですが」
さっと視線が俺に集まる。
「そ、そうかもしれない」
問題はオーガス兄様が了承してくれるかだ。だが俺がセドリックを解任したと思っている一同は、俺の煮え切らない態度に不思議そうにしている。
やるだけやってみるか?
できれば俺もセドリックには副団長に戻ってもらって円満解決を目指したい。
「じゃあ、オーガス兄様に聞いてみる」
ぎゅっと拳を握りしめて、俺はオーガス兄様に立ち向かうことを決意した。
俺がぽろっと口にした言葉。それに素早く反応したのはニックだった。
俺の前に屈み込んだ彼は、「今オーガス様と言いましたよね。どういう意味ですか」と問い質してくる。己の主人の名前に食いついたらしい。
ティアンに押し付けられたハンカチで目元を拭った俺は、ふるふると首を横に振る。ついうっかりオーガス兄様の名前を出してしまったが、まだ彼らに話すべきではない。まずはオーガス兄様と話をつけてからだ。
「なんでもない」
ティアンの背後に隠れると、ニックがさらに追求しようと腰を上げる。それを止めたのはアロンだった。
「謝罪が先では? ブルース様にチクりますよ」
小学生みたいな脅し文句を口にしたアロンを果たして大人にカウントしていいのか怪しくなってきた。
すっかり涙が引っ込んだ俺は、なんだか急に恥ずかしくなってきてティアンの背中をぐいぐい押す。「なんですか」とティアンが足を踏ん張っている。
「……俺大人なのに。泣くところを見られてしまった」
ぼそっと呟けば、ティアンが首だけでこちらを振り返る。
「今のは突然大声出したニック殿が悪いですよ」
そうだな。今回の件は全面的にニックが悪い。なんだかやけにティアンが優しい。クレイグ団長も温かい目で俺を見守っている。なんだこの空気。
向こうで小競り合いを繰り広げていたアロンとニック。やがてニックが苦い顔で俺を見下ろした。
「申し訳ありません、ユリス様。頭に血がのぼってしまい。ついうっかり本音が」
これ謝罪であってる?
俺に対する不満ではなくて?
「以後気を付けます」
憮然とした表情で言い放ったニック。こいつ謝る気ないだろ。「ユリス様。簡単に許したらダメですよ!」とニックの背後からアロンが口を挟む。
「子供を泣かせるなんて大人気ない人ですね。恥ずかしいと思わないんですか」
「おまえは黙っとけ」
アロンを鋭く睨み付けたニックは、口を真一文字に引き結ぶ。どうやら俺への罪悪感と嫌悪感との間で揺れ動いているらしい。アロンに横腹を突かれて、ようやく決心したように俺を見据える。
「その、お詫びと言ってはなんですが。俺に出来ることなら協力しますよ」
協力? ぱちぱちと目を瞬いていると、「ほら、今がチャンスですよ」とティアンがささやいた。チャンスってなに。
よくわからんが、ニックが手を貸してくれるらしい。「やりたいことあったんでしょ」とティアン。やりたいこと? あるにはあるけど。みんなに促されて俺は渋々口を開く。この件に関してニックが役に立つとは思えないが、みんなうるさいし。
「俺、猫になりたい」
「……は?」
叶えたい野望を口にすればニックが真顔になった。「俺にどうしろと?」とアロンを恨めしそうに睨んでいる。ふふっとアロンが声を押し殺して笑う気配を感じた。
「違います! そっちじゃないです!」
慌てたティアンが割り込んでくる。そっちじゃないってなに。どっちだよ。
「セドリック殿を喜ばせたいって話でしょ。なんですか猫になりたいって」
「あ、そっち」
やばいやばい。俺の野望が広まってしまうところだった。「今のは聞かなかったことにしてね」とすぐさまニックへの口止めを完了した俺は額を拭う。危ないところだった。
「……どういう目標?」
「ユリス様は真剣なんですから。笑ったらダメですよ、ニック殿」
首を捻るニックに、アロンが声を震わせながら注意する。アロンの方こそ笑ってるだろ。なんて奴だ。
全員の注意をひきつけるようにわざとらしく咳払いしたクレイグ団長が、事情を改めてニックに説明してくれる。今度は黙って耳を傾けていたニックだが、途中で怪訝な顔をした。
「えっと、それはつまり副団長を解任されたセドリック殿が可哀想だから、ユリス様は彼を喜ばせてあげたいと」
「うんうん」
ようやく理解してくれたようだ。全力で肯定すればニックは言いにくそうにクレイグ団長とアロンに視線を向ける。
「えっと、それって普通にセドリック殿を副団長に戻すというのではダメなのですか? その方が彼も喜ぶと思うのですが」
さっと視線が俺に集まる。
「そ、そうかもしれない」
問題はオーガス兄様が了承してくれるかだ。だが俺がセドリックを解任したと思っている一同は、俺の煮え切らない態度に不思議そうにしている。
やるだけやってみるか?
できれば俺もセドリックには副団長に戻ってもらって円満解決を目指したい。
「じゃあ、オーガス兄様に聞いてみる」
ぎゅっと拳を握りしめて、俺はオーガス兄様に立ち向かうことを決意した。
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