冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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100 野望

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 カル先生の授業終わり。
 酷く疲れた顔をする先生を見送った俺は、ティアンを手招いた。

「いいかティアン。大事な話だからよく聞けよ」
「今度はなんですか」

 ノリの悪いティアンに静かにするよう指示を出す。普段ならカル先生が帰るとすぐにティアンがセドリックとジャンを呼び戻しに行く。そうはさせるか。

「これは秘密の話だから」
「はぁ」
「あのね、俺はセドリックに優しくしようと思う」
「それはもう聞きましたよ。美味しい物をあげるんでしょ?」

 当初はそのつもりだった。だがセドリックは真面目すぎて俺のお菓子を受け取ってくれない。だから決めたのだ。なにか食べ物以外の優しさをあげようと。その旨をティアンに説明すれば「いいんじゃないですか。ユリス様にしてはまともなことを言いますね」と何度も頷く。俺はいつもまともだ。

「なにがいいと思う?」
「そうですね。セドリック殿の好きな物をプレゼントするのはいかがですか? あんなユリス様の食べ残しとかではなく」

 食べ残しをあげた覚えはない。
 しかしプレゼントか。いいかもしれない。

 だが一番の問題はセドリックの好きな物がわからんことだ。訊いてもいないのに己のことをベラベラ喋るアロンと違い彼は自分のことをほとんど語らない。

「セドリックってなにが好きなの?」
「さぁ?」

 どうやらティアンも知らないらしく役に立たない。こういう時は知っていそうな人に訊くのが一番だ。

「アロンにききに行こう」
「その人選は正解なんですか?」

 アロンはお喋りだし、セドリックと楽しそうに会話している場面もよく見る。だから彼のことを知っているかもしれないと説明してやるが、ティアンは微妙な顔をしている。

「あのふたりが楽しくお喋りとか想像できないんですけど。もしかしてすれ違いざまにアロン殿が一方的にセドリック殿に突っかかっているあの場面のこと言ってます?」

 あれは楽しいお喋りではなくアロン殿の嫌がらせです、とティアンはわかったような口を利く。

 でも他に知ってそうな人いないし。ジャンはあんまりセドリックと会話しないし。あれだ。消去法ってやつだ。


※※※


「アロンは?」
「仕事に行った」

 善は急げ。ブルース兄様の部屋に突入すれば、珍しくソファーで足を組む兄様がいた。そこはいつもアロンの席なのに。

 ちなみにセドリックは部屋に置いてきた。俺ひとりでは彼を撒けないと困っていたのだが、そこはティアンがうまくやってくれたらしい。あのお子様、たまには役に立つ。

 そうしてジャンとティアンを引き連れた俺は鼻息荒くブルース兄様の元に突入したのだが、肝心のアロンは不在だった。

「嘘。アロンは仕事とかないもん」
「おまえはアロンをなんだと思っているんだ」
「……うちに居座ってる無職のお兄さん」
「あいつ一応俺の護衛騎士なんだが」

 眉を顰めたブルース兄様は、ゆったり腕を組むと俺のことをまじまじと見回した。なんだ?

「なに? 俺が可愛いから見てるの?」
「そのポジティブさは一体なんなんだ」

 ため息をついた失礼な兄様は、言いにくそうに頰を掻く。

「あー、なんだ、その。悩みでもあるのか?」

 なにが? 急にどうした。意味がわからなくて黙っていると、兄様は「夜中、なにか叫んでいたらしいじゃないか」とぶっ込んでくる。

 夜中に叫ぶ?
 あ、あれか。セドリックが見にきたやつ。確か猫になりたいという俺の渾身の叫び。

「誰に聞いたの」

 セドリックにはきちんと口止めした。まさかあいつ喋ったのか。軽くショックを受けていると、なんだか背後のジャンがソワソワしていることに気がついた。犯人こいつか!

「ジャン! 裏切り者だ!」
「も、申し訳ありません」

 慌てて頭を下げたジャンを見て確信する。こいつ兄様にチクリやがった。なんて奴だ。「一体なにを叫んだんですか?」とティアンが不思議そうにしている。お子様には教えない。

「俺の野望だから。内緒」
「ユリス様、野望とかあるんですね」

 ティアンが意外そうな顔をしている一方でブルース兄様は変な顔をしていた。なんだその目は。

「まぁ、夢なんて人それぞれだからな。否定はしないが」

 なんだか歯切れの悪い兄様をみて、ティアンがなにやら察したらしい。「また変なことを言ったんですか?」と呆れ顔をしている。俺を馬鹿にするようなその態度に、思わずカッとなった俺はついうっかり野望をもらしてしまった。

「変なことじゃないから! 猫になりたいってだけだから!」
「猫になりたい」

 わざわざ俺の野望を復唱したティアンは口元を押さえる。

「が、がんばってください、ね? 多分無理だと思いますけど」

 なんだか微妙な励ましをいただいた。だからなんだその目は!
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