106 / 656
100 野望
しおりを挟む
カル先生の授業終わり。
酷く疲れた顔をする先生を見送った俺は、ティアンを手招いた。
「いいかティアン。大事な話だからよく聞けよ」
「今度はなんですか」
ノリの悪いティアンに静かにするよう指示を出す。普段ならカル先生が帰るとすぐにティアンがセドリックとジャンを呼び戻しに行く。そうはさせるか。
「これは秘密の話だから」
「はぁ」
「あのね、俺はセドリックに優しくしようと思う」
「それはもう聞きましたよ。美味しい物をあげるんでしょ?」
当初はそのつもりだった。だがセドリックは真面目すぎて俺のお菓子を受け取ってくれない。だから決めたのだ。なにか食べ物以外の優しさをあげようと。その旨をティアンに説明すれば「いいんじゃないですか。ユリス様にしてはまともなことを言いますね」と何度も頷く。俺はいつもまともだ。
「なにがいいと思う?」
「そうですね。セドリック殿の好きな物をプレゼントするのはいかがですか? あんなユリス様の食べ残しとかではなく」
食べ残しをあげた覚えはない。
しかしプレゼントか。いいかもしれない。
だが一番の問題はセドリックの好きな物がわからんことだ。訊いてもいないのに己のことをベラベラ喋るアロンと違い彼は自分のことをほとんど語らない。
「セドリックってなにが好きなの?」
「さぁ?」
どうやらティアンも知らないらしく役に立たない。こういう時は知っていそうな人に訊くのが一番だ。
「アロンにききに行こう」
「その人選は正解なんですか?」
アロンはお喋りだし、セドリックと楽しそうに会話している場面もよく見る。だから彼のことを知っているかもしれないと説明してやるが、ティアンは微妙な顔をしている。
「あのふたりが楽しくお喋りとか想像できないんですけど。もしかしてすれ違いざまにアロン殿が一方的にセドリック殿に突っかかっているあの場面のこと言ってます?」
あれは楽しいお喋りではなくアロン殿の嫌がらせです、とティアンはわかったような口を利く。
でも他に知ってそうな人いないし。ジャンはあんまりセドリックと会話しないし。あれだ。消去法ってやつだ。
※※※
「アロンは?」
「仕事に行った」
善は急げ。ブルース兄様の部屋に突入すれば、珍しくソファーで足を組む兄様がいた。そこはいつもアロンの席なのに。
ちなみにセドリックは部屋に置いてきた。俺ひとりでは彼を撒けないと困っていたのだが、そこはティアンがうまくやってくれたらしい。あのお子様、たまには役に立つ。
そうしてジャンとティアンを引き連れた俺は鼻息荒くブルース兄様の元に突入したのだが、肝心のアロンは不在だった。
「嘘。アロンは仕事とかないもん」
「おまえはアロンをなんだと思っているんだ」
「……うちに居座ってる無職のお兄さん」
「あいつ一応俺の護衛騎士なんだが」
眉を顰めたブルース兄様は、ゆったり腕を組むと俺のことをまじまじと見回した。なんだ?
「なに? 俺が可愛いから見てるの?」
「そのポジティブさは一体なんなんだ」
ため息をついた失礼な兄様は、言いにくそうに頰を掻く。
「あー、なんだ、その。悩みでもあるのか?」
なにが? 急にどうした。意味がわからなくて黙っていると、兄様は「夜中、なにか叫んでいたらしいじゃないか」とぶっ込んでくる。
夜中に叫ぶ?
あ、あれか。セドリックが見にきたやつ。確か猫になりたいという俺の渾身の叫び。
「誰に聞いたの」
セドリックにはきちんと口止めした。まさかあいつ喋ったのか。軽くショックを受けていると、なんだか背後のジャンがソワソワしていることに気がついた。犯人こいつか!
「ジャン! 裏切り者だ!」
「も、申し訳ありません」
慌てて頭を下げたジャンを見て確信する。こいつ兄様にチクリやがった。なんて奴だ。「一体なにを叫んだんですか?」とティアンが不思議そうにしている。お子様には教えない。
「俺の野望だから。内緒」
「ユリス様、野望とかあるんですね」
ティアンが意外そうな顔をしている一方でブルース兄様は変な顔をしていた。なんだその目は。
「まぁ、夢なんて人それぞれだからな。否定はしないが」
なんだか歯切れの悪い兄様をみて、ティアンがなにやら察したらしい。「また変なことを言ったんですか?」と呆れ顔をしている。俺を馬鹿にするようなその態度に、思わずカッとなった俺はついうっかり野望をもらしてしまった。
「変なことじゃないから! 猫になりたいってだけだから!」
「猫になりたい」
わざわざ俺の野望を復唱したティアンは口元を押さえる。
「が、がんばってください、ね? 多分無理だと思いますけど」
なんだか微妙な励ましをいただいた。だからなんだその目は!
酷く疲れた顔をする先生を見送った俺は、ティアンを手招いた。
「いいかティアン。大事な話だからよく聞けよ」
「今度はなんですか」
ノリの悪いティアンに静かにするよう指示を出す。普段ならカル先生が帰るとすぐにティアンがセドリックとジャンを呼び戻しに行く。そうはさせるか。
「これは秘密の話だから」
「はぁ」
「あのね、俺はセドリックに優しくしようと思う」
「それはもう聞きましたよ。美味しい物をあげるんでしょ?」
当初はそのつもりだった。だがセドリックは真面目すぎて俺のお菓子を受け取ってくれない。だから決めたのだ。なにか食べ物以外の優しさをあげようと。その旨をティアンに説明すれば「いいんじゃないですか。ユリス様にしてはまともなことを言いますね」と何度も頷く。俺はいつもまともだ。
「なにがいいと思う?」
「そうですね。セドリック殿の好きな物をプレゼントするのはいかがですか? あんなユリス様の食べ残しとかではなく」
食べ残しをあげた覚えはない。
しかしプレゼントか。いいかもしれない。
だが一番の問題はセドリックの好きな物がわからんことだ。訊いてもいないのに己のことをベラベラ喋るアロンと違い彼は自分のことをほとんど語らない。
「セドリックってなにが好きなの?」
「さぁ?」
どうやらティアンも知らないらしく役に立たない。こういう時は知っていそうな人に訊くのが一番だ。
「アロンにききに行こう」
「その人選は正解なんですか?」
アロンはお喋りだし、セドリックと楽しそうに会話している場面もよく見る。だから彼のことを知っているかもしれないと説明してやるが、ティアンは微妙な顔をしている。
「あのふたりが楽しくお喋りとか想像できないんですけど。もしかしてすれ違いざまにアロン殿が一方的にセドリック殿に突っかかっているあの場面のこと言ってます?」
あれは楽しいお喋りではなくアロン殿の嫌がらせです、とティアンはわかったような口を利く。
でも他に知ってそうな人いないし。ジャンはあんまりセドリックと会話しないし。あれだ。消去法ってやつだ。
※※※
「アロンは?」
「仕事に行った」
善は急げ。ブルース兄様の部屋に突入すれば、珍しくソファーで足を組む兄様がいた。そこはいつもアロンの席なのに。
ちなみにセドリックは部屋に置いてきた。俺ひとりでは彼を撒けないと困っていたのだが、そこはティアンがうまくやってくれたらしい。あのお子様、たまには役に立つ。
そうしてジャンとティアンを引き連れた俺は鼻息荒くブルース兄様の元に突入したのだが、肝心のアロンは不在だった。
「嘘。アロンは仕事とかないもん」
「おまえはアロンをなんだと思っているんだ」
「……うちに居座ってる無職のお兄さん」
「あいつ一応俺の護衛騎士なんだが」
眉を顰めたブルース兄様は、ゆったり腕を組むと俺のことをまじまじと見回した。なんだ?
「なに? 俺が可愛いから見てるの?」
「そのポジティブさは一体なんなんだ」
ため息をついた失礼な兄様は、言いにくそうに頰を掻く。
「あー、なんだ、その。悩みでもあるのか?」
なにが? 急にどうした。意味がわからなくて黙っていると、兄様は「夜中、なにか叫んでいたらしいじゃないか」とぶっ込んでくる。
夜中に叫ぶ?
あ、あれか。セドリックが見にきたやつ。確か猫になりたいという俺の渾身の叫び。
「誰に聞いたの」
セドリックにはきちんと口止めした。まさかあいつ喋ったのか。軽くショックを受けていると、なんだか背後のジャンがソワソワしていることに気がついた。犯人こいつか!
「ジャン! 裏切り者だ!」
「も、申し訳ありません」
慌てて頭を下げたジャンを見て確信する。こいつ兄様にチクリやがった。なんて奴だ。「一体なにを叫んだんですか?」とティアンが不思議そうにしている。お子様には教えない。
「俺の野望だから。内緒」
「ユリス様、野望とかあるんですね」
ティアンが意外そうな顔をしている一方でブルース兄様は変な顔をしていた。なんだその目は。
「まぁ、夢なんて人それぞれだからな。否定はしないが」
なんだか歯切れの悪い兄様をみて、ティアンがなにやら察したらしい。「また変なことを言ったんですか?」と呆れ顔をしている。俺を馬鹿にするようなその態度に、思わずカッとなった俺はついうっかり野望をもらしてしまった。
「変なことじゃないから! 猫になりたいってだけだから!」
「猫になりたい」
わざわざ俺の野望を復唱したティアンは口元を押さえる。
「が、がんばってください、ね? 多分無理だと思いますけど」
なんだか微妙な励ましをいただいた。だからなんだその目は!
558
お気に入りに追加
3,165
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません
めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。
家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。
しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。
調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。
だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。
煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!?
///////////////////////////////
※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。
///////////////////////////////

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる