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99 名前は難しい
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「ジャン。見て、猫」
今日も今日とて。猫を持っていることをジャンに自慢してやれば彼は「よかったですね」と困ったように眉尻を下げる。何度でも言うがもっと楽しそうな顔をしろ。
黒猫の正体は本物ユリスだと判明したのが昨日の話。どうやら俺の快適生活のために協力してくれるらしいのでそのまま放置している。
『その従者、まだクビにしないのか。使えないだろ』
なんだか不穏なことを言う本物ユリスは、そういえば従者を解雇しまくっていたらしい。どうもジャンのこともクビにしたいようだが認めない。ジャンはいい奴だ。ちょっと面倒くさい性癖はあるけれど俺の大事な子分だ。
『とにかくおまえは僕のフリをしておけ。僕の言うことには従え。いいな?』
偉そうな黒猫ユリスにはいはいと適当に返事をしておく。これまでも割と上手く成り代わっていたので安心して欲しい。『まったく安心できない』とぼやく黒猫は流石ブルース兄様の弟といったところか。なんだか無駄に偉そうだ。
本日はカル先生がやって来る日である。嫌だな。勉強嫌だとジャン相手に文句を言ってみれば、彼は再び困ったように眉尻を下げる。壁際のセドリックは無関心だ。最近気が付いたのだが、セドリックは護衛に徹するフリをして面倒な仕事を全部ジャンに押し付けている。可哀想なジャン。
「ユリスも勉強するより遊びたいって言ってる」
黒猫ユリスを抱えてジャンに訴えたところ「は、い?」と煮え切らない反応があった。だがこいつの反応が鈍いのはいつものことだ。気にしない。腕の中で黒猫ユリスが『馬鹿』と短く吐き捨てている。今のもしかして俺に言ったんか? なんで?
そんなこんなで午後になりカル先生がやって来た。当然のようにティアンも同席している。
なんとかして授業をサボりたい俺は、ここぞとばかりに黒猫を自慢した。
「みてカル先生。猫」
「おや。黒猫ですか」
「俺が飼ってる」
よかったですね、と微笑んだカル先生は眼鏡をくいっと持ち上げる。
「お名前は?」
「ユリス」
「いえ、ユリス様ではなくこの猫ちゃんのことです」
苦笑するカル先生。横ではティアンが「話の流れからしてわかるでしょ」と俺を小馬鹿にしてくる。なんだこいつら。
「だからユリス」
もう一度猫の名前を教えてやれば、ふたりが固まった。
「はい? えっと、ユリスって名前にしたんですか、この猫ちゃん」
「そう! 可愛いでしょ」
ふふんと胸を張れば、カル先生が静かにティアンを見やった。
「……誰も止めなかったんですか?」
「止めるに決まってます! 今初めて聞いたんですよ。昨日まではホコリとか呼んでたのに」
「ホコリ」
遠い目をしたカル先生は一度咳払いをしてから、にっこりと笑いかけてくる。そして幼い子供に言い聞かせるような口調で語り出す。
「ユリス様。ペットにご自分と同じ名前をつけるのはいかがなものでしょうか」
「でもユリスだしな」
ぶっちゃけ黒猫の方がユリスで、俺は偽物なのだ。この世界とは無関係の他人なのだ。だから猫の方をユリスと呼ぶのが正しい。
どうしたものかと考え込んでいると『おまえ僕の話聞いていたか? おまえは僕のフリをしていればそれでいい。余計なことを言うな。僕のことをユリスと呼ぶんじゃない』とすごい剣幕で駆け寄ってくる。もふもふがなんか言ってる。
「でも、ティアンがホコリはダメだって」
「その二択しかないんですか? 他に考えましょうよ。僕も一緒に考えますから」
いつになく真剣なティアン。よっぽど猫の名前を考えたいらしい。俺の猫なのに。もしかして彼の好きな名前にしたいがために先程からネチネチと文句をつけているのかもしれない。なんてことだ。このままだとティアンの好きな名前に決められてしまう。それは嫌だ。
「俺の猫だから俺が考える!」
『誰がおまえの猫だ。ペット扱いはやめろ』
黒猫ユリスがぐちぐち言っているが気にしない。だって俺の猫だもん。
カル先生の授業はいつも通り退屈だった。
「暇」
「私の話を聞きましょうね、ユリス様」
しきりに眼鏡を触るカル先生はなんだか疲れた顔をしている。そういえば先生には俺以外の生徒もいるらしい。授業の掛け持ちでお疲れなのかもしれない。ここは是非とも俺の分の授業を減らして先生の負担を減少してあげたいところだ。
確かユリスの従兄弟であるエリックの弟も担当しているとか言っていたな。名前なんだっけ。忘れたわ。
「エリックの弟ってなんて名前?」
「真面目に聞きましょうよ」
お兄さんぶるティアンは「マーティー様のことですか?」と小首を傾げる。
そうそう。たしかそんな名前だったな。
「マーティーって何歳?」
彼の授業も担当しているというカル先生に尋ねれば、「ユリス様と同い年ですよ」との答えが返ってきた。てことは十歳か。
「俺より小さい子じゃん」
「同い年ですってば」
半眼になったティアンが突っかかってくる。なにを言うか。精神年齢的には俺の方がずっと大人である。
「でも急にどうしたんですか。マーティー様と仲良かったんですか?」
「ううん。あんまり」
てか会ったことないよ。答えこれであってるよね? ちらりと床で丸くなる黒猫ユリスに視線を落とせば、『マーティーは僕の下僕だ』との補足があった。本当かよ。でもアドバイスには無難に従っておこう。
「マーティーは俺の下僕」
「またふざけたことを」
呆れた目をするティアンとは対照的に、カル先生はなにやら心当たりがあるような顔をしていた。
「今度マーティーに会いに行こうかな」
エリックの弟だから多分偉そうな奴に違いない。だが黒猫ユリスいわく下僕らしいのでちょっと気になる。欠伸をした黒猫が『いいんじゃないか。たまには遊んでやらないとな』と偉そうに鼻を鳴らした。
今日も今日とて。猫を持っていることをジャンに自慢してやれば彼は「よかったですね」と困ったように眉尻を下げる。何度でも言うがもっと楽しそうな顔をしろ。
黒猫の正体は本物ユリスだと判明したのが昨日の話。どうやら俺の快適生活のために協力してくれるらしいのでそのまま放置している。
『その従者、まだクビにしないのか。使えないだろ』
なんだか不穏なことを言う本物ユリスは、そういえば従者を解雇しまくっていたらしい。どうもジャンのこともクビにしたいようだが認めない。ジャンはいい奴だ。ちょっと面倒くさい性癖はあるけれど俺の大事な子分だ。
『とにかくおまえは僕のフリをしておけ。僕の言うことには従え。いいな?』
偉そうな黒猫ユリスにはいはいと適当に返事をしておく。これまでも割と上手く成り代わっていたので安心して欲しい。『まったく安心できない』とぼやく黒猫は流石ブルース兄様の弟といったところか。なんだか無駄に偉そうだ。
本日はカル先生がやって来る日である。嫌だな。勉強嫌だとジャン相手に文句を言ってみれば、彼は再び困ったように眉尻を下げる。壁際のセドリックは無関心だ。最近気が付いたのだが、セドリックは護衛に徹するフリをして面倒な仕事を全部ジャンに押し付けている。可哀想なジャン。
「ユリスも勉強するより遊びたいって言ってる」
黒猫ユリスを抱えてジャンに訴えたところ「は、い?」と煮え切らない反応があった。だがこいつの反応が鈍いのはいつものことだ。気にしない。腕の中で黒猫ユリスが『馬鹿』と短く吐き捨てている。今のもしかして俺に言ったんか? なんで?
そんなこんなで午後になりカル先生がやって来た。当然のようにティアンも同席している。
なんとかして授業をサボりたい俺は、ここぞとばかりに黒猫を自慢した。
「みてカル先生。猫」
「おや。黒猫ですか」
「俺が飼ってる」
よかったですね、と微笑んだカル先生は眼鏡をくいっと持ち上げる。
「お名前は?」
「ユリス」
「いえ、ユリス様ではなくこの猫ちゃんのことです」
苦笑するカル先生。横ではティアンが「話の流れからしてわかるでしょ」と俺を小馬鹿にしてくる。なんだこいつら。
「だからユリス」
もう一度猫の名前を教えてやれば、ふたりが固まった。
「はい? えっと、ユリスって名前にしたんですか、この猫ちゃん」
「そう! 可愛いでしょ」
ふふんと胸を張れば、カル先生が静かにティアンを見やった。
「……誰も止めなかったんですか?」
「止めるに決まってます! 今初めて聞いたんですよ。昨日まではホコリとか呼んでたのに」
「ホコリ」
遠い目をしたカル先生は一度咳払いをしてから、にっこりと笑いかけてくる。そして幼い子供に言い聞かせるような口調で語り出す。
「ユリス様。ペットにご自分と同じ名前をつけるのはいかがなものでしょうか」
「でもユリスだしな」
ぶっちゃけ黒猫の方がユリスで、俺は偽物なのだ。この世界とは無関係の他人なのだ。だから猫の方をユリスと呼ぶのが正しい。
どうしたものかと考え込んでいると『おまえ僕の話聞いていたか? おまえは僕のフリをしていればそれでいい。余計なことを言うな。僕のことをユリスと呼ぶんじゃない』とすごい剣幕で駆け寄ってくる。もふもふがなんか言ってる。
「でも、ティアンがホコリはダメだって」
「その二択しかないんですか? 他に考えましょうよ。僕も一緒に考えますから」
いつになく真剣なティアン。よっぽど猫の名前を考えたいらしい。俺の猫なのに。もしかして彼の好きな名前にしたいがために先程からネチネチと文句をつけているのかもしれない。なんてことだ。このままだとティアンの好きな名前に決められてしまう。それは嫌だ。
「俺の猫だから俺が考える!」
『誰がおまえの猫だ。ペット扱いはやめろ』
黒猫ユリスがぐちぐち言っているが気にしない。だって俺の猫だもん。
カル先生の授業はいつも通り退屈だった。
「暇」
「私の話を聞きましょうね、ユリス様」
しきりに眼鏡を触るカル先生はなんだか疲れた顔をしている。そういえば先生には俺以外の生徒もいるらしい。授業の掛け持ちでお疲れなのかもしれない。ここは是非とも俺の分の授業を減らして先生の負担を減少してあげたいところだ。
確かユリスの従兄弟であるエリックの弟も担当しているとか言っていたな。名前なんだっけ。忘れたわ。
「エリックの弟ってなんて名前?」
「真面目に聞きましょうよ」
お兄さんぶるティアンは「マーティー様のことですか?」と小首を傾げる。
そうそう。たしかそんな名前だったな。
「マーティーって何歳?」
彼の授業も担当しているというカル先生に尋ねれば、「ユリス様と同い年ですよ」との答えが返ってきた。てことは十歳か。
「俺より小さい子じゃん」
「同い年ですってば」
半眼になったティアンが突っかかってくる。なにを言うか。精神年齢的には俺の方がずっと大人である。
「でも急にどうしたんですか。マーティー様と仲良かったんですか?」
「ううん。あんまり」
てか会ったことないよ。答えこれであってるよね? ちらりと床で丸くなる黒猫ユリスに視線を落とせば、『マーティーは僕の下僕だ』との補足があった。本当かよ。でもアドバイスには無難に従っておこう。
「マーティーは俺の下僕」
「またふざけたことを」
呆れた目をするティアンとは対照的に、カル先生はなにやら心当たりがあるような顔をしていた。
「今度マーティーに会いに行こうかな」
エリックの弟だから多分偉そうな奴に違いない。だが黒猫ユリスいわく下僕らしいのでちょっと気になる。欠伸をした黒猫が『いいんじゃないか。たまには遊んでやらないとな』と偉そうに鼻を鳴らした。
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