冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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97 その発想はなかった

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 結局ブルース兄様はお菓子をくれなかった。ケチな奴だな。

 セドリックも「お気遣いなく」と言うばかりで受け取ってくれそうにない。しかし俺の気持ちは受け取ったらしいので別にいいか。俺の優しさは伝わったに違いない。

「セドリックを副団長に戻してあげればいいのにね」
「まるで他人事ですね」

 ブルース兄様の部屋から帰る途中。何気ない呟きにティアンが鋭い目をみせる。俺の無責任な言い方が気に食わなかったのだろう。だが大目に見てほしい。セドリックを解任したのは俺ではなくオーガス兄様なので。

 うっかり真相を話してしまわないように気を付けないとな。まずはオーガス兄様との話し合いで円満解決を目指したいから。

 背後からついてくるセドリックはいつも通りだ。

 でもオーガス兄様にどんな顔して会えばいいのか。なんかオーガス兄様がクソ野郎という衝撃の事実に頭が真っ白になりそうだ。

 だが本物ユリスもオーガス兄様のこと嫌いだったらしいから多少変な態度をとっても誤魔化せるだろう。黒猫の言葉に間違いがなければの話だが。

 ん?

 なにかがおかしくて俺は足を止めた。「どうしましたか」とティアンが小首を傾げているがそれどころではない。

 そういえば昨日、あの黒猫なんて言った? 確か本来のユリスもオーガス兄様のことを嫌っていたみたいなこと言わなかったか。

 本来のユリスってなに。

 その言い方だとまるで今のユリスが偽物みたいなーー。

 心臓が大きく跳ねた。

「ユリス様?」

 ティアンが怪訝な顔をする。

 待って待って。え、もしかしてあの黒猫、俺が本物ユリスじゃないってこと知っているのか?

 さっと血の気が引いていく。「ユリス様? どうしましたか」とティアンがしきりに俺を呼ぶ。近寄って来たジャンも心配そうに顔を覗き込んでいる。

 思えば昨日の会話はずっと変だった。だって俺はユリスのはずなのに黒猫は俺が色々知らなくても当然みたいな顔で話をしていた。そしてあいつはやけに詳しい。

 俺の肩に手をかけるティアンを振り解いて駆け出した。

「ユリス様!」

 後ろからみんな追いかけてくるがそれどころではない。自室に勢いよく突入した俺は、椅子の上で呑気に丸くなる黒猫を前にして言葉が詰まる。

 訊きたいことはたくさんある。だが今はダメだ。ティアンたちがいる。

 慌てて戻って来た俺を見て、黒猫がニヤリと笑った。

『なんだ。やっと気がついたのか』


※※※


「あの猫、怪しい猫かもしれない」
「はぁ、そうですか」

 なんとかティアンたちを撒けないかと考えたが無理だった。大人しく夜になるまで待つしかない。

 思えば猫のくせに喋ったあたりからだいぶ怪しかった。もしかして本当に魔物の類いかもしれない。どうしよう。

 俺が急に猫から距離をとったことで、ティアンがやれやれと肩をすくめている。「また変な遊びを始めて」と大人ぶってため息なんてついている。断じて遊びではない。これは俺の今後に関わる重大局面なのだ。

 しかし黒猫が仮に俺の正体を知っていたとしてもあいつの言葉は誰にも伝わらない。であればブルース兄様たちにバレることもないわけで、そんなに焦らなくてもいい気がしてきた。あいつは所詮猫なので。俺の秘密を握ったところでどうしようもあるまい。

 落ち着きを取り戻した俺はカーペットの上で呑気に丸まる猫の横にしゃがみ込んだ。わしゃわしゃと毛を撫で回せば『やめろ』と嫌そうな声が返ってきた。相変わらず愛想の悪いにゃんこだな。

「ティアン。俺、夜この猫と寝た。羨ましいだろ」
「はいはい。よかったですね」

 適当に俺をあしらうティアンは勝手に読書を始めている。仕事をサボるんじゃない。おまえの仕事は俺と遊ぶことだろうが。

 セドリックにも猫を触らせてやろうとするが、やんわりと拒否される。少しくらい触っても別にいいのに。真面目な奴だな。

「猫! 遊ぼう」
『断る』
「猫! 一緒に遊ぼう!」
『うるさい』

 すっと立ち上がって俺から逃げた猫は、ティアンの足元に避難する。「虐めちゃダメですよ」とティアンがわかったような口をきく。

「俺の猫なのに」

 なんでティアンの方に寄っていくのか。ちょっとショックを受けていると、パタンと本を閉じたティアンが「ずっと気になっていたんですけど」と俺に微妙な視線を向けてくる。

「いつまで猫と呼ぶつもりなんですか?」

 なにを言っているんだ、こいつは。猫は猫だろ。急に犬になったりはしない。世の常識を説いてやると、ティアンが「そういう話じゃないんですよ」と眉を顰める。

「飼っているんですよね。名前とかつけてあげないんですか?」
「名前」

 ぱちぱちと目を瞬く。首を傾げるティアンと、床で大人しくしている黒猫を交互に見遣る。

「……その発想はなかった」
「こっわ」

 なにやら大袈裟にティアンが引いている。だって別に猫と呼んで不便はなかったし、なにより猫を手元に置けてすでに満足していたのだ。名前をつけようなんて考えもしなかった。

 だが確かに猫と呼ぶのは可哀想かもしれない。仕方がない。名前でもつけてやるか。
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