冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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92 思い出した

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「猫飼っていいって言われた」
「誰に?」

 オーガス兄様の部屋から帰る途中。階段ですれ違ったブルース兄様に報告すれば怪訝な顔をされた。

「オーガス兄様」
「はぁ⁉︎」

 突然大声を出したブルース兄様。やめろよ。びっくりするだろ。これだから脳筋は。繊細な猫ちゃんが驚いて逃げたらどうしてくれるとジャンを見やるが、黒猫は腕の中で大人しくしていた。

「そんなにその猫飼いたかったのか?」
「うん」

 ずっとそう言っていただろうが。なにを聞いていたんだ。もしかして俺の話を聞き流していたのか?
 俺がオーガス兄様に会いに行ったことが信じられないらしい。ひくりと頰を引き攣らせたブルース兄様はまじまじと俺を凝視する。

「兄上がいいと言うのなら俺はもうなにも言わん」
「やったぁ」

 口煩い兄様を黙らせることに成功した。ジャンから猫を受け取って兄様に差し出す。

「触っていいよ」
『勝手に許可を出すな』

 気難しい黒猫が文句を言うが、こいつの言葉は俺以外には聞こえないので問題ない。無視して兄様に猫を押し付ければ、「いや、いらん」と素っ気ない返事があった。

「こんなに可愛いのに」

 拒否された黒猫が可哀想。代わりに横にいたティアンに差し出せば、彼は無言で頭を撫で始める。やっぱり子供は猫が好きみたいだ。

『なに勝手に触ってるんだ。やめさせろ!』

 なんてケチな黒猫だ。ちょっとくらい別によくない? 流れでセドリックにも触らせようとしたがやんわりと拒否された。セドリックは猫嫌いなのかな?

「世話はちゃんとしろよ」
「うんうん」
「本当にわかってんのか?」

 しつこく念押しした兄様と別れて部屋に戻る。これで堂々と猫と遊べる。早速庭で一緒に遊ぼうとジャンに上着を持って来させる。

「行くぞ、猫!」

 床で丸くなる黒猫を持ち上げようとすれば変に抵抗された。なぜ。

「庭に行こう」
『行かない』
「なんで? 一緒に遊ぼうよ」
『遊ばない』

 つんっとそっぽを向いた黒猫。嘘だろ。猫なのに一緒に遊んでくれないの?

「……ティアン」
「なんですか」
「猫が一緒に遊びたくないって言う」
「そうですか」

 適当に返事をしたティアンは椅子に座って本を読んでいる。なんで俺が外に行く準備をしているのにこいつら全員動かないわけ? 信じられない。

 その間にもジャンは俺にマフラーを巻いて手袋も持ってくる。マフラーはちょっと早くない? 手袋もいらん。

「行くよ、ティアン」
「また庭遊びですか? この前飽きたと言っていませんでしたか」

 それはそうだけど今は猫がいる。猫と庭で遊ぶのは楽しそうだ。しかしティアンは乗り気ではないらしい。俺の遊び相手のくせして全然遊んでくれない。どういうつもりなのか。そんな適当な仕事で給料もらうつもりか、こいつ。

 こうなったら俺ひとりでも遊んでやる。意地になって黒猫を引きずれば『やめろと言っている!』と逃げられてしまった。「猫を虐めたらダメですよ」なんてティアンがお兄さんぶる。みんな酷い。

「行くぞ、ジャン!」

 こうなったら俺の味方はジャンしかいない。ジャンは味方というより子分みたいなものだ。俺には従ってくれる。

「ロニーに猫を見せに行く」

 だから猫を捕まえろとジャンにお願いすれば、彼が突然「あ!」と大声をあげた。びっくりして目を見開く俺。

「どうした?」

 なにか問題でもあったのだろうか。ジャンはちょっと繊細なところがあるから優しく問いかけてやれば、「あ、いえ」と姿勢を正す。

「そういえばユリス様。その、ロニー殿には恋人がいるそうですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「え」
「え?」

 え? なに?
 どうでもいい話だったので軽く流したのだが、これにジャンが驚愕したように肩を揺らす。そんな驚くところあったか?

 というか普段は雑談なんてしないジャンが会話を切り出したことにびっくり。しかもその内容がロニーの恋人とかもうすごくびっくり。ジャンってこういうゴシップ的な話が好きなのか。意外な趣味だな。他人の色恋沙汰には興味ないのかと思っていた。でもなぜそれを俺に伝えるのか。十歳児に振る話題ではないだろ。

 ぱちぱちと目を瞬いていると、ジャンが言いにくそうに口籠る。

「あの、以前ユリス様がその。ロニー殿とサムソン殿の仲を応援するとおっしゃっていたので」

 あ。

「……忘れてた」
「忘れて⁉︎」

 そういえばそんなこと言ったな。でもロニーとはそんな頻繁に会えないし、ましてサムなんてもう会う機会はないくらいに思っていた。応援するとは言ったものの打つ手なし状態だったのだ。進展のないものをあれこれ考えていても仕方がない。俺は毎日忙しいのだ。黒猫も捕まえたし。正直サムの恋愛とかもうどうでもいいとすっかり忘れていた。

 呆然と立ち尽くす俺の横で、ティアンが「余計なことをしましたね」とジャンを責めている。ジャンの顔が真っ青だ。余計なことってなに?

 しかしだ。一度は応援すると約束した手前、なにもしないわけにはいかないだろう。

 仕方がないから今から応援するかと思い腰を上げようとした俺は、先程のジャンの発言を思い出す。

「ロニーって恋人いるの?」
「はい。そのような話を耳にいたしました」
「サム可哀想!」

 なんてこった。応援すると決めた瞬間にサムの失恋が決定してしまった。なんて不幸な男だろう。マジで可哀想。ティアンにも同意を求めれば「確かに。失恋したと勝手に決めつけられた点については同情に値しますね」と偉そうに言い放つ。

 これは決めつけではない。ロニーに恋人がいる以上、サムにチャンスは皆無だ。あまり妙な期待を持たせるべきではない。

「サムに教えてあげないと」
「どうやって? 王宮なんて滅多に行けませんよ」
「手紙書く。ティアン書いといて」
「僕に丸投げしないでください」

 だが本当にサムにチャンスはないのか?
 恋愛というのは多種多様である。なんかこうワンチャンあるのでは? ティアンの指摘通り、まだ失恋したと決めつけるのは早いのかもしれない。

「確かにね! ティアンの言う通りかもしれない」
「ようやくわかっていただけましたか。ご自分のことはご自分でどうぞ」
「サムにもまだチャンスはあるかもしれない」
「……ありませんよ?」
「俺はサムを応援する!」

 力強く宣言すれば、ティアンが「あれ? 僕も余計なこと言っちゃいました?」と口元を押さえる。

 早速ロニーにさりげなくサムをおすすめしに行こう。ついでに黒猫も見せてあげないと。
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