冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
97 / 637

閑話6 おやつの時間

しおりを挟む
 おやつの時間である。
 メニューはチーズケーキ。絶対美味しいやつ。

 ブルース兄様の部屋で切り分けられたケーキを前に、俺は真剣に考え込んでいた。

「自分の部屋で食えよ」

 冷たい兄様は放っておいて俺は隣に座るティアンの前に置かれた皿をじっと見つめる。俺のと同じチーズケーキだ。ティアンは毎日午後から俺の部屋にやって来てはちゃっかりおやつを食べていく。これだからお子様は。俺のおやつが減るじゃないか。

「俺の分はないんですか?」
「アロンは大人だから我慢して」

 これ以上おやつが減ってはたまらない。俺のケーキに手を伸ばしてこようとするアロンを追い払いつつ、俺はティアンを観察する。フォークを手にした彼は、迷うことなくケーキにそれを近づけた。

「ちょっと待った!」
「うわ、びっくりした」

 大袈裟に肩を揺らしたティアンは「なんですか」と不満顔だ。

「……ティアンのケーキの方が大きい気がする」
「……いや同じですよ」

 じっと俺を見つめたティアンはため息をつく。

「わかりましたよ。じゃあ交換しましょう。これで満足ですか?」

 言うなりさっさと皿を取り替えたティアンに、俺の心がざわつく。なんでこんなにあっさり交換してくれるんだ? なにか企んでる?
 お子様ティアンのことだ。大きい方は絶対に譲らないとごねるに違いないと思っていたのに。

 気を取り直してフォークを手にしたティアン。それを見て俺は確信する。危うく騙されるところだった。

「やっぱりそっちの方が大きい」
「……だから同じですって」

 眉を寄せたティアンは、大袈裟に肩をすくめてみせる。まるで子供をあやすような態度で「そこまで言うなら交換してあげますよ」と再び皿を取り替えた。俺はますます訳がわからなくなる。

「おかしい。ティアンが我儘言わないなんて」
「これまでに僕がいつ我儘を言いましたか?」

 これでは埒があかない。
 勢いよく立ち上がった俺はふたつの皿を並べて考え込んだ。

「……食べないんですか?」
「今どっちが大きいか考えてるから静かにして」
「どっちも同じですってば」

 はやくしてください、と偉そうに急かすティアンに騙されてたまるか。こいつはどさくさに紛れて大きい方をとっていくつもりでいるに違いない。

 真剣にケーキを見比べる俺の背後では、ブルース兄様とアロンがなにやら小声で言い合っている。集中力が途切れるから静かにしてほしい。

「……おい、アロン。どうにかしてこい」
「どうにかってなんですか。無理ですよ」
「おまえこういうの得意だろ」
「無茶言いますね。こういうのってどういうのですか」

 やがて愛想笑いを貼り付けたアロンが「ユリス様」と猫撫で声で寄ってくる。あきらかに不審な佇まいだ。怪しい奴め。

「俺ももらっていいですか?」
「ダメ」
「そんなこと言わないでくださいよ。俺こっちがいいな」

 強引に手を出したアロンは、ひょいと俺の前に置かれていた皿を持ち上げた。「返せ! お菓子泥棒!」と叫べば、「その設定まだ続いてるんですか」と心底嫌そうな声が降ってくる。

 なんとかアロンからケーキを取り戻すことに成功した。しかしアロンは意地汚い奴である。そんな男がこっちを選んだということは、つまりこっちの方が大きいということである。

 にやにやしながら残っていた方の皿をティアンに差し出せば「満足ですか?」と冷えた目で睨まれた。ふむふむ。どうやら大きい方を俺にとられて不機嫌らしい。やった勝った。

「俺お手柄ですよね?」
「あぁ、よくやった」
「これで副団長にしてくれますよね」
「それとこれとは話が別だ」

 またもや小声で揉め始めた兄様とアロンは放っておこう。どうせくだらないことで言い争っているのだ。

 さて。気を取り直してフォークを手にした俺であったが、横のティアンが上機嫌に「やっと食べれますね」と声を弾ませたことで再び手が止まった。

 おかしい。
 やっぱり騙されているかもしれない。

「ティアン」
「今度はなんですか」
「……そっちの方が大きいかもしれない」

 どんっと背後でブルース兄様が大きな音を立てた。どうやら何かを取り落としたらしい。どうした兄様。落ち着けよ。アロンが「もう俺にはどうしようもないですよ」と声を荒げている。

「しつこいですよ⁉︎」

 一方で声を張り上げたティアンは、乱雑にケーキにフォークを刺してしまう。こいつ! 俺にとられる前に食べちゃう気か!

 なんて奴だ。やっぱりそっちの方が大きかったんだと拳を握りしめていると、雑に己のケーキを半分に切り分けたティアンが片方を俺の皿に放り込んできた。

「はい! これでどう見てもユリス様の方が多いですね!」

 満足ですか? と勢いよく言い放ってティアンはケーキを食べ始める。突然ケーキの増えた皿を眺めて、次にティアンを見つめる。

「ティアン。おまえ意外といい奴だな」
「僕がいい奴じゃない時ってありましたか?」

 なんだかちょっとだけ機嫌の悪そうなティアンをよそに、ブルース兄様とアロンが盛り上がっている。さっきからなんなんだ、あのふたり。

 ケーキが増えて満足な俺は今度こそフォークを手におやつタイムを楽しんだ。

 十分後。

「アロン、あげる」
「あれだけ盛大にごねたくせに。結局残すんですか」

 呆れた。短く言い捨てたティアンは多分怒っていた。仕方ないだろ。一口目はめちゃめちゃ美味かったんだけどな。なんかこう、だんだん飽きてきた。あと単純にお腹もいっぱい。でもティアンには悪いことをしてしまったな。

「ティアンいる?」
「いらないです」
「じゃあアロンにあげる」
「俺の扱い雑すぎません?」

 ぶつぶつと文句を言いながらもしっかり食べるあたりアロンは食い意地が張っている。

「子供のおやつを奪うなんて、嫌な大人だな」
「ユリス様が食べろって言いましたよね⁉︎」

 子供相手にムキになるアロンは無視するに限る。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

処理中です...