冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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閑話6 おやつの時間

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 おやつの時間である。
 メニューはチーズケーキ。絶対美味しいやつ。

 ブルース兄様の部屋で切り分けられたケーキを前に、俺は真剣に考え込んでいた。

「自分の部屋で食えよ」

 冷たい兄様は放っておいて俺は隣に座るティアンの前に置かれた皿をじっと見つめる。俺のと同じチーズケーキだ。ティアンは毎日午後から俺の部屋にやって来てはちゃっかりおやつを食べていく。これだからお子様は。俺のおやつが減るじゃないか。

「俺の分はないんですか?」
「アロンは大人だから我慢して」

 これ以上おやつが減ってはたまらない。俺のケーキに手を伸ばしてこようとするアロンを追い払いつつ、俺はティアンを観察する。フォークを手にした彼は、迷うことなくケーキにそれを近づけた。

「ちょっと待った!」
「うわ、びっくりした」

 大袈裟に肩を揺らしたティアンは「なんですか」と不満顔だ。

「……ティアンのケーキの方が大きい気がする」
「……いや同じですよ」

 じっと俺を見つめたティアンはため息をつく。

「わかりましたよ。じゃあ交換しましょう。これで満足ですか?」

 言うなりさっさと皿を取り替えたティアンに、俺の心がざわつく。なんでこんなにあっさり交換してくれるんだ? なにか企んでる?
 お子様ティアンのことだ。大きい方は絶対に譲らないとごねるに違いないと思っていたのに。

 気を取り直してフォークを手にしたティアン。それを見て俺は確信する。危うく騙されるところだった。

「やっぱりそっちの方が大きい」
「……だから同じですって」

 眉を寄せたティアンは、大袈裟に肩をすくめてみせる。まるで子供をあやすような態度で「そこまで言うなら交換してあげますよ」と再び皿を取り替えた。俺はますます訳がわからなくなる。

「おかしい。ティアンが我儘言わないなんて」
「これまでに僕がいつ我儘を言いましたか?」

 これでは埒があかない。
 勢いよく立ち上がった俺はふたつの皿を並べて考え込んだ。

「……食べないんですか?」
「今どっちが大きいか考えてるから静かにして」
「どっちも同じですってば」

 はやくしてください、と偉そうに急かすティアンに騙されてたまるか。こいつはどさくさに紛れて大きい方をとっていくつもりでいるに違いない。

 真剣にケーキを見比べる俺の背後では、ブルース兄様とアロンがなにやら小声で言い合っている。集中力が途切れるから静かにしてほしい。

「……おい、アロン。どうにかしてこい」
「どうにかってなんですか。無理ですよ」
「おまえこういうの得意だろ」
「無茶言いますね。こういうのってどういうのですか」

 やがて愛想笑いを貼り付けたアロンが「ユリス様」と猫撫で声で寄ってくる。あきらかに不審な佇まいだ。怪しい奴め。

「俺ももらっていいですか?」
「ダメ」
「そんなこと言わないでくださいよ。俺こっちがいいな」

 強引に手を出したアロンは、ひょいと俺の前に置かれていた皿を持ち上げた。「返せ! お菓子泥棒!」と叫べば、「その設定まだ続いてるんですか」と心底嫌そうな声が降ってくる。

 なんとかアロンからケーキを取り戻すことに成功した。しかしアロンは意地汚い奴である。そんな男がこっちを選んだということは、つまりこっちの方が大きいということである。

 にやにやしながら残っていた方の皿をティアンに差し出せば「満足ですか?」と冷えた目で睨まれた。ふむふむ。どうやら大きい方を俺にとられて不機嫌らしい。やった勝った。

「俺お手柄ですよね?」
「あぁ、よくやった」
「これで副団長にしてくれますよね」
「それとこれとは話が別だ」

 またもや小声で揉め始めた兄様とアロンは放っておこう。どうせくだらないことで言い争っているのだ。

 さて。気を取り直してフォークを手にした俺であったが、横のティアンが上機嫌に「やっと食べれますね」と声を弾ませたことで再び手が止まった。

 おかしい。
 やっぱり騙されているかもしれない。

「ティアン」
「今度はなんですか」
「……そっちの方が大きいかもしれない」

 どんっと背後でブルース兄様が大きな音を立てた。どうやら何かを取り落としたらしい。どうした兄様。落ち着けよ。アロンが「もう俺にはどうしようもないですよ」と声を荒げている。

「しつこいですよ⁉︎」

 一方で声を張り上げたティアンは、乱雑にケーキにフォークを刺してしまう。こいつ! 俺にとられる前に食べちゃう気か!

 なんて奴だ。やっぱりそっちの方が大きかったんだと拳を握りしめていると、雑に己のケーキを半分に切り分けたティアンが片方を俺の皿に放り込んできた。

「はい! これでどう見てもユリス様の方が多いですね!」

 満足ですか? と勢いよく言い放ってティアンはケーキを食べ始める。突然ケーキの増えた皿を眺めて、次にティアンを見つめる。

「ティアン。おまえ意外といい奴だな」
「僕がいい奴じゃない時ってありましたか?」

 なんだかちょっとだけ機嫌の悪そうなティアンをよそに、ブルース兄様とアロンが盛り上がっている。さっきからなんなんだ、あのふたり。

 ケーキが増えて満足な俺は今度こそフォークを手におやつタイムを楽しんだ。

 十分後。

「アロン、あげる」
「あれだけ盛大にごねたくせに。結局残すんですか」

 呆れた。短く言い捨てたティアンは多分怒っていた。仕方ないだろ。一口目はめちゃめちゃ美味かったんだけどな。なんかこう、だんだん飽きてきた。あと単純にお腹もいっぱい。でもティアンには悪いことをしてしまったな。

「ティアンいる?」
「いらないです」
「じゃあアロンにあげる」
「俺の扱い雑すぎません?」

 ぶつぶつと文句を言いながらもしっかり食べるあたりアロンは食い意地が張っている。

「子供のおやつを奪うなんて、嫌な大人だな」
「ユリス様が食べろって言いましたよね⁉︎」

 子供相手にムキになるアロンは無視するに限る。
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