96 / 577
91 オーガス兄様
しおりを挟む
「……ユリス」
室内に踏み入ると、執務机から中途半端に腰を浮かせたオーガス兄様が俺から微妙に視線を外してこちらを見ていた。
なにやら一度ぎゅっと目を瞑った兄様は、決意するかの様にこちらに歩み寄ってくる。変な迫力を感じさせる面持ちは、間違っても弟に向ける顔ではないと思う。どんだけユリスのことが苦手なんだよ。
一番最後に入室してきたニックがバタンとドアを閉めた。
「どうかした? 君がここにくるなんて珍しいね」
苦い顔で笑ったオーガス兄様。自分の弟相手になにを遠慮しているのか、言葉がぎこちない。
しかしこれは好都合。さっさと話をつけて部屋に戻ろう。
「猫飼っていい?」
「……え?」
予想外の申し出だったのだろう。目を見開いた兄様は、ようやくジャンの腕の中にいる黒猫に気がついたようだった。「にゃーん」と黒猫が小さく鳴く。
しばらく思案するように黙っていたオーガス兄様だったが、その目が困ったように俺らの背後に控えているニックに向けられる。だがニックは腕を組んだまま助け舟を出す様子はない。セドリックに凄まれたことが尾を引いているらしい。
「……そういうことはブルースに言いなよ」
「もう言った」
ゆるく首を左右に振ったオーガス兄様は「それで、ブルースはなんだって?」と問いかけてくる。
「ダメって」
「そう。じゃあダメだね。諦めなよ」
え、なんで? 予想と違う。
オーガス兄様なら二つ返事で了承してくれると思ったのに。決して俺と視線を合わせないオーガス兄様は「ブルースが頑固なのは知っているだろう?」と話を切り上げてしまう。
どうやら勝手に許可を出して後からブルース兄様に文句を言われるのが嫌なようだ。なんて奴だ。
「可愛い弟がこんなに頼んでいるのに」
「自分で可愛いって言っちゃうんだね」
「え! 可愛いよね⁉︎」
可愛いを否定されるとは考えてもいなかった。びっくりして思わず大声を出せば、オーガス兄様がひくりと頰を引き攣らせる。
「う、うん。可愛い弟だよ」
よかった。嫌われていたらどうしようかと思った。「無理矢理言わせましたね」と後ろでティアンが呆れている。失礼な。今のどこが無理矢理なのか。
「ほら、猫可愛いよ。飼っていい?」
「だからそういうのはブルースに聞いてよ。僕はちょっとよくわからないからさ」
そう言ってオーガス兄様は視線を泳がせる。意外としぶとい。もっとあっさり折れると思っていたのに。
「ねえ! 飼っていいでしょ!」
「う、うーん?」
お。なんだかオーガス兄様の態度が怪しくなってきた。このまま押せばいけそう。
「飼いたい! 猫飼いたい! ちゃんとお世話するもん!」
「えぇー? 本当にちゃんとする? なんか最終的にそこの従者に押し付けるんじゃないの?」
「そんなことないもん!」
地団駄を踏んで主張するが、オーガス兄様もなかなかにしぶとい。「でもブルースに怒られないかなぁ」といまだに渋っている。おまえ長男だろうが。ブルース兄様くらい自分でどうにかしろ。
どうしよう。前回オーガス兄様に会った時はもっとオドオドしていたのに。もしかしてニックが居るからか? 彼は先程からずっと無言ではあるが露骨に不満そうな顔で俺を凝視している。俺のことを歓迎していないことは確かだ。
このままではせっかく手に入れた猫を捨てろと言われてしまう。そんなの嫌だ。どうしよう。ぎゅっと拳を握りしめると、ジャンに抱えられて大人しくしていた黒猫が『おい』と声をあげる。
視線だけを向ければ、黒猫は悪そうに口角を持ち上げた。
『セドリックは災難でしたね、と言ってみろ』
なんで急にセドリック? しかし他に打開策もない。わけもわからないまま黒猫に従ってみる。
「オーガス兄様!」
「なに? いい加減諦めてくれると助かるんだけど」
ヘラヘラと笑う兄様をキッと睨みつけてやる。
「セドリックは災難でしたね!」
「うぇ⁉︎」
オーガス兄様の肩がわかりやすく跳ねた。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
先程までの変な余裕が嘘のように慌て始める。
「ごめん、ごめんって! 怒ったの? いやだってさ、ブルースに文句言われるだろ絶対」
俺のそばにしゃがみ込んで小声で耳打ちしてくる兄様は、ちらちらとセドリックに視線を投げている。その様子を見ていた黒猫が『もうひと押しだな』としたり顔で呟く。
『次男にバラすぞと言え』
「ブルース兄様に言っちゃうかも」
「うわ!」
慌てて俺の口を塞ぎにきたオーガス兄様の顔は真っ青だ。よほどマズイことがあるらしい。苦い顔をした兄様は、おずおずと俺を見つめる。
「……その猫どこにいたの?」
「庭」
本当は厨房だけど。でもいつも庭で見かけていたから問題ないだろう。俺の答えを聞いた兄様は「そうか」と己を納得させるように何度も頷く。
「なら元々うちに住み着いていたってことだね」
顎に手をやった兄様は「なら仕方がないね」と息を吐く。
「もううちに住んでいるようなものだしね。その代わり、ちゃんとお世話するんだよ」
「やった‼︎」
よくわからんがラッキー。勢いよく両手を上げて喜べば、黒猫が満足そうに鼻を鳴らす。
こうして正式に猫をゲットした俺は足取り軽くオーガス兄様の部屋をあとにした。
室内に踏み入ると、執務机から中途半端に腰を浮かせたオーガス兄様が俺から微妙に視線を外してこちらを見ていた。
なにやら一度ぎゅっと目を瞑った兄様は、決意するかの様にこちらに歩み寄ってくる。変な迫力を感じさせる面持ちは、間違っても弟に向ける顔ではないと思う。どんだけユリスのことが苦手なんだよ。
一番最後に入室してきたニックがバタンとドアを閉めた。
「どうかした? 君がここにくるなんて珍しいね」
苦い顔で笑ったオーガス兄様。自分の弟相手になにを遠慮しているのか、言葉がぎこちない。
しかしこれは好都合。さっさと話をつけて部屋に戻ろう。
「猫飼っていい?」
「……え?」
予想外の申し出だったのだろう。目を見開いた兄様は、ようやくジャンの腕の中にいる黒猫に気がついたようだった。「にゃーん」と黒猫が小さく鳴く。
しばらく思案するように黙っていたオーガス兄様だったが、その目が困ったように俺らの背後に控えているニックに向けられる。だがニックは腕を組んだまま助け舟を出す様子はない。セドリックに凄まれたことが尾を引いているらしい。
「……そういうことはブルースに言いなよ」
「もう言った」
ゆるく首を左右に振ったオーガス兄様は「それで、ブルースはなんだって?」と問いかけてくる。
「ダメって」
「そう。じゃあダメだね。諦めなよ」
え、なんで? 予想と違う。
オーガス兄様なら二つ返事で了承してくれると思ったのに。決して俺と視線を合わせないオーガス兄様は「ブルースが頑固なのは知っているだろう?」と話を切り上げてしまう。
どうやら勝手に許可を出して後からブルース兄様に文句を言われるのが嫌なようだ。なんて奴だ。
「可愛い弟がこんなに頼んでいるのに」
「自分で可愛いって言っちゃうんだね」
「え! 可愛いよね⁉︎」
可愛いを否定されるとは考えてもいなかった。びっくりして思わず大声を出せば、オーガス兄様がひくりと頰を引き攣らせる。
「う、うん。可愛い弟だよ」
よかった。嫌われていたらどうしようかと思った。「無理矢理言わせましたね」と後ろでティアンが呆れている。失礼な。今のどこが無理矢理なのか。
「ほら、猫可愛いよ。飼っていい?」
「だからそういうのはブルースに聞いてよ。僕はちょっとよくわからないからさ」
そう言ってオーガス兄様は視線を泳がせる。意外としぶとい。もっとあっさり折れると思っていたのに。
「ねえ! 飼っていいでしょ!」
「う、うーん?」
お。なんだかオーガス兄様の態度が怪しくなってきた。このまま押せばいけそう。
「飼いたい! 猫飼いたい! ちゃんとお世話するもん!」
「えぇー? 本当にちゃんとする? なんか最終的にそこの従者に押し付けるんじゃないの?」
「そんなことないもん!」
地団駄を踏んで主張するが、オーガス兄様もなかなかにしぶとい。「でもブルースに怒られないかなぁ」といまだに渋っている。おまえ長男だろうが。ブルース兄様くらい自分でどうにかしろ。
どうしよう。前回オーガス兄様に会った時はもっとオドオドしていたのに。もしかしてニックが居るからか? 彼は先程からずっと無言ではあるが露骨に不満そうな顔で俺を凝視している。俺のことを歓迎していないことは確かだ。
このままではせっかく手に入れた猫を捨てろと言われてしまう。そんなの嫌だ。どうしよう。ぎゅっと拳を握りしめると、ジャンに抱えられて大人しくしていた黒猫が『おい』と声をあげる。
視線だけを向ければ、黒猫は悪そうに口角を持ち上げた。
『セドリックは災難でしたね、と言ってみろ』
なんで急にセドリック? しかし他に打開策もない。わけもわからないまま黒猫に従ってみる。
「オーガス兄様!」
「なに? いい加減諦めてくれると助かるんだけど」
ヘラヘラと笑う兄様をキッと睨みつけてやる。
「セドリックは災難でしたね!」
「うぇ⁉︎」
オーガス兄様の肩がわかりやすく跳ねた。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
先程までの変な余裕が嘘のように慌て始める。
「ごめん、ごめんって! 怒ったの? いやだってさ、ブルースに文句言われるだろ絶対」
俺のそばにしゃがみ込んで小声で耳打ちしてくる兄様は、ちらちらとセドリックに視線を投げている。その様子を見ていた黒猫が『もうひと押しだな』としたり顔で呟く。
『次男にバラすぞと言え』
「ブルース兄様に言っちゃうかも」
「うわ!」
慌てて俺の口を塞ぎにきたオーガス兄様の顔は真っ青だ。よほどマズイことがあるらしい。苦い顔をした兄様は、おずおずと俺を見つめる。
「……その猫どこにいたの?」
「庭」
本当は厨房だけど。でもいつも庭で見かけていたから問題ないだろう。俺の答えを聞いた兄様は「そうか」と己を納得させるように何度も頷く。
「なら元々うちに住み着いていたってことだね」
顎に手をやった兄様は「なら仕方がないね」と息を吐く。
「もううちに住んでいるようなものだしね。その代わり、ちゃんとお世話するんだよ」
「やった‼︎」
よくわからんがラッキー。勢いよく両手を上げて喜べば、黒猫が満足そうに鼻を鳴らす。
こうして正式に猫をゲットした俺は足取り軽くオーガス兄様の部屋をあとにした。
566
お気に入りに追加
3,003
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!
柑橘
BL
王道詰め合わせ。
ジャンルをお確かめの上お進み下さい。
7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです!
※目線が度々変わります。
※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。
※火曜日20:00
金曜日19:00
日曜日17:00更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる