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90 交渉しよう
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異世界転生の特典的なものかもしれない。
猫の言葉がわかる理由をずっと考えていた俺の出した結論がそれだ。
ありそうじゃない? 突然知らん世界に転生して、なんかおまけ的な感じで特殊能力もらうみたいな。俺の場合転生と言えるかどうかはさておき、こっちの世界に来た拍子に猫と会話できる能力をゲットしたという話だ。きっとそうに違いない。これでティアンたちには猫の声が聞こえない理由が判明した。
ふふふっとひとり笑っていれば、横のティアンが露骨にドン引きしていた。
「泣いたり笑ったり、なんなんですか一体」
「ティアンは猫の気持ちがわからなくて可哀想」
「勝手に憐れまないでください」
どうにかジャンとティアンを丸め込むことに成功した俺は、次にどうすべきか頭を悩ませていた。彼らも飼うことを了承したわけではなく、俺に泣かれると困るから結論を先送りにしただけだ。なんとか円満解決に持っていきたい。
椅子に座ってじっと真剣に考え込んでいると、黒猫がそばに寄ってくる。
『あいつに頼めばいい』
「あいつ?」
首を傾げると、ティアンが「なにか言いました?」と振り返る。
「なにも」
こいつらには猫の言葉は理解できないんだった。幸い彼らは俺が猫とお喋りしているつもりになって遊んでいると思っている。腹立たしいことに俺を子供扱いしているのだ。ごっこ遊びか何かだと勘違いしている。
『上の兄だ。おまえが頼めば嫌とは言えないだろ』
上ってことはオーガス兄様か。
先日ちょっとだけ会話したが、確かにユリスに対して強く出られないような感じだったな。ぐいぐい押せばいけそう。
『あいつがいいと言えば次男の方も引き下がる』
「なるほどね」
それにしてもやけに兄弟事情に詳しいな。どうやらこの広大な屋敷に勝手に住み着いていたらしいので情報通なのかもしれない。
これで道は見えた。オーガス兄様にお願いすれば万事解決。そうと決まれば行動あるのみ。
「行くぞ! ティアン!」
「急に元気になりましたね」
張り切って立ち上がる。ジャンに猫を持たせて廊下に出る。
「どちらへ?」
「オーガス兄様の部屋」
「え」
ぴたりとティアンが足を止める。どうした?
「……多分ですけど、ニック殿がご一緒だと思いますよ」
誰だよ。
困惑が顔に出たのだろう。ティアンが「オーガス様の側近騎士ですよ」と言い添える。なるほど。つまりはブルース兄様でいうところのアロンみたいな立場の人か。でもそれになんの問題が?
構わず二階に上がる。「セドリック殿も居ますし大丈夫ですよね」とティアンがちらちらとセドリックに視線を向けている。なんだよ、この不穏な空気。
オーガス兄様の部屋にはジャンが案内してくれた。黒猫はジャンに大人しく抱えられている。
『ニックのことは無視しろ。それで丸く収まる』
黒猫が適当なアドバイスをよこすが、本当かよ。
オーガス兄様の部屋の前でジャンが足を止める。その顔には困惑の色がありありと浮かんでいた。早速ドアノブに手をかけようとした俺であったが、横から待ったがかかる。ティアンだ。
「ノックしないとダメですよ」
「言われなくてもわかってる」
「わかってないですよね。今開けようとしましたよね」
口うるさい奴だ。
言われた通りにバンバンと盛大にノックしてやれば「加減を知らないんですか?」と冷たい声が聞こえた。お望み通りにノックしたのになにが不満なのか。
しばらくすると控えめにドアが開けられた。
「なにかご用ですか、ユリス様」
顔を覗かせた騎士の男は、自分だけ外に出てくると後ろ手にドアを閉めてしまう。おそらくこいつがニックだろう。若い男ではあるが、上背があるせいでなんだか高圧的に見える。どっしりと構えてこちらを見下ろしてくる冷たい目。思い出した。
あれはユリスに成り代わってすぐの頃だ。ジャンと屋敷探検している時に俺を庭に追いやった奴に違いなかった。
「オーガス兄様は?」
「申し訳ありません。今とても忙しくて」
会わせないということか。黒猫が『そいつは無視しろ!』となにやら騒いでいるがどうやって無視するんだよ。立ち塞がるようにドアの前を陣取っている男を退かさないことには中に入れない。
「オーガス様にお話があるそうです。お時間はとらせません」
ティアンが加勢してくれるが心許ない。ニックは面倒くさいとでも言いたげに一度俯いて顔をあげた。なんだろう。この子供をあしらう様な感じ。嫌な奴だな。
このままでは進展がなさそうである。門前払いをくらい困った俺はセドリックの服の裾を引っ張った。微かに眉を寄せたセドリックは、諦めた様に前の出る。
「どけ。ユリス様がオーガス様にお会いしたいとおっしゃっている」
「ですから、今オーガス様はお忙しいので」
「いいからそこをどけ」
いつになく乱暴な口調でセドリックはニックに詰め寄る。セドリックはたまにビックリするくらい饒舌になることがある。さすがは元副団長。部下の扱いが手慣れている。
渋々横にずれたニックは固く腕を組んで憮然としている。どうやら扉は自分で開けろということらしい。なんて嫌味な奴だ。
ティアンに促されてドアノブに手をかける。今度こそ開け放った俺は、オーガス兄様との交渉に立ち向かうべく勢いよく踏み込んだ。
猫の言葉がわかる理由をずっと考えていた俺の出した結論がそれだ。
ありそうじゃない? 突然知らん世界に転生して、なんかおまけ的な感じで特殊能力もらうみたいな。俺の場合転生と言えるかどうかはさておき、こっちの世界に来た拍子に猫と会話できる能力をゲットしたという話だ。きっとそうに違いない。これでティアンたちには猫の声が聞こえない理由が判明した。
ふふふっとひとり笑っていれば、横のティアンが露骨にドン引きしていた。
「泣いたり笑ったり、なんなんですか一体」
「ティアンは猫の気持ちがわからなくて可哀想」
「勝手に憐れまないでください」
どうにかジャンとティアンを丸め込むことに成功した俺は、次にどうすべきか頭を悩ませていた。彼らも飼うことを了承したわけではなく、俺に泣かれると困るから結論を先送りにしただけだ。なんとか円満解決に持っていきたい。
椅子に座ってじっと真剣に考え込んでいると、黒猫がそばに寄ってくる。
『あいつに頼めばいい』
「あいつ?」
首を傾げると、ティアンが「なにか言いました?」と振り返る。
「なにも」
こいつらには猫の言葉は理解できないんだった。幸い彼らは俺が猫とお喋りしているつもりになって遊んでいると思っている。腹立たしいことに俺を子供扱いしているのだ。ごっこ遊びか何かだと勘違いしている。
『上の兄だ。おまえが頼めば嫌とは言えないだろ』
上ってことはオーガス兄様か。
先日ちょっとだけ会話したが、確かにユリスに対して強く出られないような感じだったな。ぐいぐい押せばいけそう。
『あいつがいいと言えば次男の方も引き下がる』
「なるほどね」
それにしてもやけに兄弟事情に詳しいな。どうやらこの広大な屋敷に勝手に住み着いていたらしいので情報通なのかもしれない。
これで道は見えた。オーガス兄様にお願いすれば万事解決。そうと決まれば行動あるのみ。
「行くぞ! ティアン!」
「急に元気になりましたね」
張り切って立ち上がる。ジャンに猫を持たせて廊下に出る。
「どちらへ?」
「オーガス兄様の部屋」
「え」
ぴたりとティアンが足を止める。どうした?
「……多分ですけど、ニック殿がご一緒だと思いますよ」
誰だよ。
困惑が顔に出たのだろう。ティアンが「オーガス様の側近騎士ですよ」と言い添える。なるほど。つまりはブルース兄様でいうところのアロンみたいな立場の人か。でもそれになんの問題が?
構わず二階に上がる。「セドリック殿も居ますし大丈夫ですよね」とティアンがちらちらとセドリックに視線を向けている。なんだよ、この不穏な空気。
オーガス兄様の部屋にはジャンが案内してくれた。黒猫はジャンに大人しく抱えられている。
『ニックのことは無視しろ。それで丸く収まる』
黒猫が適当なアドバイスをよこすが、本当かよ。
オーガス兄様の部屋の前でジャンが足を止める。その顔には困惑の色がありありと浮かんでいた。早速ドアノブに手をかけようとした俺であったが、横から待ったがかかる。ティアンだ。
「ノックしないとダメですよ」
「言われなくてもわかってる」
「わかってないですよね。今開けようとしましたよね」
口うるさい奴だ。
言われた通りにバンバンと盛大にノックしてやれば「加減を知らないんですか?」と冷たい声が聞こえた。お望み通りにノックしたのになにが不満なのか。
しばらくすると控えめにドアが開けられた。
「なにかご用ですか、ユリス様」
顔を覗かせた騎士の男は、自分だけ外に出てくると後ろ手にドアを閉めてしまう。おそらくこいつがニックだろう。若い男ではあるが、上背があるせいでなんだか高圧的に見える。どっしりと構えてこちらを見下ろしてくる冷たい目。思い出した。
あれはユリスに成り代わってすぐの頃だ。ジャンと屋敷探検している時に俺を庭に追いやった奴に違いなかった。
「オーガス兄様は?」
「申し訳ありません。今とても忙しくて」
会わせないということか。黒猫が『そいつは無視しろ!』となにやら騒いでいるがどうやって無視するんだよ。立ち塞がるようにドアの前を陣取っている男を退かさないことには中に入れない。
「オーガス様にお話があるそうです。お時間はとらせません」
ティアンが加勢してくれるが心許ない。ニックは面倒くさいとでも言いたげに一度俯いて顔をあげた。なんだろう。この子供をあしらう様な感じ。嫌な奴だな。
このままでは進展がなさそうである。門前払いをくらい困った俺はセドリックの服の裾を引っ張った。微かに眉を寄せたセドリックは、諦めた様に前の出る。
「どけ。ユリス様がオーガス様にお会いしたいとおっしゃっている」
「ですから、今オーガス様はお忙しいので」
「いいからそこをどけ」
いつになく乱暴な口調でセドリックはニックに詰め寄る。セドリックはたまにビックリするくらい饒舌になることがある。さすがは元副団長。部下の扱いが手慣れている。
渋々横にずれたニックは固く腕を組んで憮然としている。どうやら扉は自分で開けろということらしい。なんて嫌味な奴だ。
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