93 / 637
88 飼いたい
しおりを挟む
いやいやいや。猫が喋るなんてそんなこと。
反射的に否定しようとして思い至る。そういえばここ異世界だったな。あまり役に立たないため普段は存在を忘れがちではあるが、一応魔法も存在する世界である。
ということはだ。
喋る猫がいてもおかしくはない。こういうファンタジー世界だと魔物やら魔獣やら、なんかそういう不思議な存在がいるのが定番である。その多くは人間との意思疎通が可能。なるほど、理解した。
この世界の猫は喋る。
「猫ちゃん何歳?」
『ちゃん付けするな。不愉快だ』
ふいっとそっぽを向いた猫。愛想のない奴だ。
『返事はどうした』
「返事?」
『僕を飼えと言っただろ。いいか、世話は怠るな。馴れ馴れしく触るな。僕の言うことに従え。わかったな』
なんだこの偉そうな猫。しかし相手は可愛いもふもふだ。許せてしまう。
ぐしゃぐしゃと毛を豪快に撫で回してみると『触るなと言っただろう』と毛を逆立てられた。仕方がないので少し遠慮して指先でちょんちょんと突くだけにとどめておけば『だから触るなと言っている!』と逃げられてしまった。
飼えとお願いされたからには仕方がない。俺が責任を持ってお世話しようと思う。
『僕はもう寝る。邪魔をするなよ』
偉そうに言い放った猫は我が物顔でベッドに丸まった。俺も隣に横になってそろそろと手を伸ばしてみるが、直前で避けられてしまった。なんて愛想のない猫だ。でもいいや。
念願の猫をゲットした。
※※※
「……ユリス様」
翌朝。
いつになく困ったようなジャンの声でぱちりと目を開けた俺は、昨夜のことを思い出して飛び起きる。
「猫!」
体を起こすのと同時に叫べば、ジャンが「そちらに」と足元を指し示す。視線を落とすと床のカーペットに黒い猫がふんわりと丸まっていた。
「おはよう、猫」
声をかけると「にゃーん」と一声返ってきた。あれ? 喋らないの?
首を捻っているとジャンが「ユリス様」と困惑したように猫の隣に屈み込む。
「あの、こちらの猫は?」
「昨日の夜捕まえた」
「まさか外に出たのですか? 外出する時は夜中だろうと声をかけていただきませんと、その、はい。すみません」
なぜか後半言葉を濁したジャンはオドオドしている。彼が挙動不審なのはいつものことだ。
しかし無断外出がバレるのはまずい。ジャンは別にいいが、セドリックにバレるのはまずい。怒られる。機転を利かせて「外には出てない」と言い張ることにした。
「猫が勝手に入ってきた」
「……そ」
なぜか言葉を飲み込んだジャンであるが、彼の言いたいことはなんとなく察した。要するに「そんなことある?」と言いたかったようである。ジャンは気弱なので、どうも俺に対して反対意見が言えないらしい。十歳児相手にいまだにびびっているのは正直どうかと思う。
だが今日のジャンは非常に困惑した様子である。いつもなら大人しく引き下がるはずなのに、妙に粘ってくる。もしかして猫を部屋に入れるのはまずかったのだろうか? でもこいつ厨房に居たしな。最初から屋敷の中に居た。そういやお菓子泥棒事件の真犯人はこいつだって教えた方がいいのだろうか。でもそうすると夜中に俺がお菓子泥棒したことが明るみになってしまう。黙っておこう。
「猫飼うことにした」
「え」
いつものジャンなら「左様で」と頷くところだ。もしかして猫嫌いなのかな。犬派だって言ってたもんね。でもジャンには迷惑かけないので安心してほしい。
「大丈夫。俺がちゃんとお世話する」
「……左様で」
渋々と頷いたジャンは着替えを手伝ってくれる。寒そうな猫を布団の中に押し込めてやれば、なんだか怒ったような鳴き声が聞こえてきた。
『やめろ!』
「でも布団の中暖かいよ」
『いきなり埋める奴があるか。僕を殺す気か?』
今にも爪を立てそうな猫を解放してやる。というかやっぱりこの猫喋ってる。ジャンも何も言わないし、やはりこの世界の猫は喋るんだ。もふもふと意思疎通できるなんて素晴らしい世界だな。
ニヤニヤ笑っているとセドリックがやってきた。彼にも紹介してやらねば。
「見てセドリック。猫」
片眉を持ち上げた彼は、それきりなにも言わない。リアクションの薄い奴だ。代わりにジャンが前に出た。
「ユリス様。猫を飼うというのであればブルース様に許可をお取りになった方がよろしいかと」
なぜブルース兄様の許可がいるのか。しかしあの兄様である。内緒で飼い始めたら見つかった時にうるさいだろうな。それに俺の飼っている猫なのにブルース兄様が勝手に餌とかあげて懐かれたら困る。俺の猫だもん。
ということで朝食後。
早速ブルース兄様の部屋を訪れた俺は難しい顔の兄様と対面していた。黒猫は逃げないようにジャンが抱きかかえている。
「猫飼っていい?」
「ダメだ」
この野郎。
とりつく島もない態度である。
「こんなに可愛いのに」
「生き物を飼うのは大変なんだぞ。わかっているのか」
「ちゃんとお世話する」
「嘘つけ。どうせ早々にジャンに丸投げするんだろうが」
「そんなことないもん」
「そんなことある」
きっぱり言い捨てたブルース兄様は「もとの場所に戻してこい」と顎で指示をする。そんなこと言ったら厨房に戻すことになるぞ? いいんか?
「アロンも猫飼いたいよね」
とりあえず味方をゲットしようとソファーでゆったりと足を組むアロンに目を向ける。いつ見てもアロンはブルース兄様より偉そうにしている。こいつ仕事ないのかな?
「猫ですか。あんまり興味ないですね」
つれないアロンにはとりあえず蹴りをお見舞いしておいた。「いて」と棒読みのセリフが返ってくる。バカにしやがって。
「でも猫が俺に飼って欲しいって言った」
「猫はそんなこと言わん」
「言ったもん! 本当に言ったもん!」
「うるさいうるさい。さっさと戻して来い!」
どうやら不機嫌らしい兄様は勢い任せに扉を指し示す。こんなことで諦めてたまるか。
俺はジャンから猫を受け取るとブルース兄様の部屋を飛び出した。
反射的に否定しようとして思い至る。そういえばここ異世界だったな。あまり役に立たないため普段は存在を忘れがちではあるが、一応魔法も存在する世界である。
ということはだ。
喋る猫がいてもおかしくはない。こういうファンタジー世界だと魔物やら魔獣やら、なんかそういう不思議な存在がいるのが定番である。その多くは人間との意思疎通が可能。なるほど、理解した。
この世界の猫は喋る。
「猫ちゃん何歳?」
『ちゃん付けするな。不愉快だ』
ふいっとそっぽを向いた猫。愛想のない奴だ。
『返事はどうした』
「返事?」
『僕を飼えと言っただろ。いいか、世話は怠るな。馴れ馴れしく触るな。僕の言うことに従え。わかったな』
なんだこの偉そうな猫。しかし相手は可愛いもふもふだ。許せてしまう。
ぐしゃぐしゃと毛を豪快に撫で回してみると『触るなと言っただろう』と毛を逆立てられた。仕方がないので少し遠慮して指先でちょんちょんと突くだけにとどめておけば『だから触るなと言っている!』と逃げられてしまった。
飼えとお願いされたからには仕方がない。俺が責任を持ってお世話しようと思う。
『僕はもう寝る。邪魔をするなよ』
偉そうに言い放った猫は我が物顔でベッドに丸まった。俺も隣に横になってそろそろと手を伸ばしてみるが、直前で避けられてしまった。なんて愛想のない猫だ。でもいいや。
念願の猫をゲットした。
※※※
「……ユリス様」
翌朝。
いつになく困ったようなジャンの声でぱちりと目を開けた俺は、昨夜のことを思い出して飛び起きる。
「猫!」
体を起こすのと同時に叫べば、ジャンが「そちらに」と足元を指し示す。視線を落とすと床のカーペットに黒い猫がふんわりと丸まっていた。
「おはよう、猫」
声をかけると「にゃーん」と一声返ってきた。あれ? 喋らないの?
首を捻っているとジャンが「ユリス様」と困惑したように猫の隣に屈み込む。
「あの、こちらの猫は?」
「昨日の夜捕まえた」
「まさか外に出たのですか? 外出する時は夜中だろうと声をかけていただきませんと、その、はい。すみません」
なぜか後半言葉を濁したジャンはオドオドしている。彼が挙動不審なのはいつものことだ。
しかし無断外出がバレるのはまずい。ジャンは別にいいが、セドリックにバレるのはまずい。怒られる。機転を利かせて「外には出てない」と言い張ることにした。
「猫が勝手に入ってきた」
「……そ」
なぜか言葉を飲み込んだジャンであるが、彼の言いたいことはなんとなく察した。要するに「そんなことある?」と言いたかったようである。ジャンは気弱なので、どうも俺に対して反対意見が言えないらしい。十歳児相手にいまだにびびっているのは正直どうかと思う。
だが今日のジャンは非常に困惑した様子である。いつもなら大人しく引き下がるはずなのに、妙に粘ってくる。もしかして猫を部屋に入れるのはまずかったのだろうか? でもこいつ厨房に居たしな。最初から屋敷の中に居た。そういやお菓子泥棒事件の真犯人はこいつだって教えた方がいいのだろうか。でもそうすると夜中に俺がお菓子泥棒したことが明るみになってしまう。黙っておこう。
「猫飼うことにした」
「え」
いつものジャンなら「左様で」と頷くところだ。もしかして猫嫌いなのかな。犬派だって言ってたもんね。でもジャンには迷惑かけないので安心してほしい。
「大丈夫。俺がちゃんとお世話する」
「……左様で」
渋々と頷いたジャンは着替えを手伝ってくれる。寒そうな猫を布団の中に押し込めてやれば、なんだか怒ったような鳴き声が聞こえてきた。
『やめろ!』
「でも布団の中暖かいよ」
『いきなり埋める奴があるか。僕を殺す気か?』
今にも爪を立てそうな猫を解放してやる。というかやっぱりこの猫喋ってる。ジャンも何も言わないし、やはりこの世界の猫は喋るんだ。もふもふと意思疎通できるなんて素晴らしい世界だな。
ニヤニヤ笑っているとセドリックがやってきた。彼にも紹介してやらねば。
「見てセドリック。猫」
片眉を持ち上げた彼は、それきりなにも言わない。リアクションの薄い奴だ。代わりにジャンが前に出た。
「ユリス様。猫を飼うというのであればブルース様に許可をお取りになった方がよろしいかと」
なぜブルース兄様の許可がいるのか。しかしあの兄様である。内緒で飼い始めたら見つかった時にうるさいだろうな。それに俺の飼っている猫なのにブルース兄様が勝手に餌とかあげて懐かれたら困る。俺の猫だもん。
ということで朝食後。
早速ブルース兄様の部屋を訪れた俺は難しい顔の兄様と対面していた。黒猫は逃げないようにジャンが抱きかかえている。
「猫飼っていい?」
「ダメだ」
この野郎。
とりつく島もない態度である。
「こんなに可愛いのに」
「生き物を飼うのは大変なんだぞ。わかっているのか」
「ちゃんとお世話する」
「嘘つけ。どうせ早々にジャンに丸投げするんだろうが」
「そんなことないもん」
「そんなことある」
きっぱり言い捨てたブルース兄様は「もとの場所に戻してこい」と顎で指示をする。そんなこと言ったら厨房に戻すことになるぞ? いいんか?
「アロンも猫飼いたいよね」
とりあえず味方をゲットしようとソファーでゆったりと足を組むアロンに目を向ける。いつ見てもアロンはブルース兄様より偉そうにしている。こいつ仕事ないのかな?
「猫ですか。あんまり興味ないですね」
つれないアロンにはとりあえず蹴りをお見舞いしておいた。「いて」と棒読みのセリフが返ってくる。バカにしやがって。
「でも猫が俺に飼って欲しいって言った」
「猫はそんなこと言わん」
「言ったもん! 本当に言ったもん!」
「うるさいうるさい。さっさと戻して来い!」
どうやら不機嫌らしい兄様は勢い任せに扉を指し示す。こんなことで諦めてたまるか。
俺はジャンから猫を受け取るとブルース兄様の部屋を飛び出した。
592
お気に入りに追加
3,136
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」
応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。
三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。
『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。


実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる