冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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87 真犯人

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 ぱちりと目が覚めた。

 窓の外は真っ暗である。ということは夜中。辺りもしんと静まり返っている。

 お腹が空いて眠れない。
 やはり夕飯を食べなかったのは間違いだったな。変な時間に空腹になってしまった。このままでは眠れそうにないし仕方がない。決断の早い俺はそろそろとベッドから降りる。こういう時、部屋に食料を隠しておけば便利なのだがそうもいかない。俺がお菓子を隠すとすぐにジャンが「傷んだらいけません」と持って行ってしまう。

 俺は知っている。
 厨房の戸棚に保存用のお菓子が隠してあることを。今ならこっそり食べてもお菓子泥棒(アロン)のせいにできる。俺が怒られることはない。完璧。

 ジャケットを羽織ってゆっくりとドアを開く。明るい廊下に出て少しの間様子を伺う。左右のドアの隙間は真っ暗だ。ジャンもセドリックも寝ているらしい。好都合だ。ジャンはお間抜けなので警戒すべきはセドリックの方。足音を殺してゆっくりゆっくり前に進む。

 時折風が吹いて窓がカタカタと揺れている。外では見回りの騎士たちが持つあかりが微かに見えるくらい。煌々と明るい廊下を、身を屈めながら前進する。気分はさながらスパイだ。

 長い廊下をなんとかクリアして厨房前に辿り着く。しかしなぜか半開きになっているドアを前にして、俺の足はぴたりと止まった。

 閉め忘れ?

 よくわからんが不用心だな。隙間に手を入れてドアをそっと開いてみた。部屋の中は真っ暗で人影はない。一応廊下を振り返ってセドリックが追ってきていないことを確かめる。よし、大丈夫。

 そそくさと戸棚に歩み寄った。けれども何やらガサゴソと音がする。はっと足を止める。

「……誰かいる?」

 小声で問いかけるが返事はない。
 もしかしておばけ? いやいやそんなわけ。
 頭をよぎる不穏な考えを振り払って、おそるおそる近づいて行く。その時。

「にゃーん」
「猫!」

 なんと戸棚の前に猫がいるではないか。恐怖なんて忘れてテンションの上がった俺は猫に駆け寄る。逃げる気はないらしく、ぺたんと床に座った猫の目がきらりと光っている。

 そのまま毛を撫でればふわふわしていた。あと暖かい。猫は大人しくクッキーを食べている。

 ん? クッキー?

 くるりと視線を戸棚に向ける。見事に開け放たれた扉と床に散らばったクッキー。

「……もしかしてお菓子泥棒はおまえか?」
「にゃーん」

 なんてこった。真犯人を見つけてしまった。
 ということは先日アロンに濡れ衣を着せてしまったということになる。悪いことをしてしまった。

「まぁ、でもアロンがお菓子泥棒してたのも事実だし。別にいいか」

 週一だろうが毎日だろうがアロンがお菓子泥棒をやっていたことに変わりはない。だったら別に冤罪でもないかと開き直ることにする。

 ついでに俺もクッキーを頬張って猫を撫でる。なんて幸せな空間なのか。これで部屋が寒くなければ完璧なのに。

 互いに空腹がおさまった頃、猫は静かに立ち上がると前足を使って器用に戸棚を閉めた。どうやら証拠隠滅しているらしい。なんて賢い猫ちゃん。アロンよりも賢いかもしれない。

 すごいすごいと小声で褒め倒してから猫を解放してやる。どうやら出て行くようなので俺も部屋に帰ることにする。ちょっと冷えてきた。

 立ち上がって厨房から出ると、その後を猫はてくてくとついてくる。やばい、可愛い。
 厨房は暗くてよくわからなかったが、黒猫だった。この間から敷地内でちょいちょい見かけていた猫と同じやつだ、きっと。そのまま猫と並んで楽しく歩いていればいつの間にか部屋に到着した。期待を込めてドアを大きく開け放てば、猫は俺の望み通り中に入ってきてくれた。やった!

 急いでドアを閉めて猫を室内に閉じ込める。黒猫は大人しくしている。外に出せと騒ぐ気配はない。このまま朝までここに置いておこう。できれば一緒に寝たいと思いベッドの掛け布団をはがしてみる。横になって「こっち来て」と呼びかけてみるが応答はない。

 猫は部屋の中央でじっとしている。

 やはり一緒に寝るのは無理か。諦めようと目を閉じた。ドアと窓はしっかり閉まっているから猫が逃げ出す危険はない。心配があるとすれば明日の朝、俺を起こそうとドアを開けたジャンが逃してしまうかもしれないという点である。

 気をつけろよ、ジャン。心の中で念を送っておく。伝わらないと思うけど。

 そうして暖かい布団の中でうとうとしてきた頃だった。

『おまえ、僕を飼え』

 今なんか聞こえた。
 ばっと体を起こして視線を走らせる。いつの間にか黒猫が目の前に来ていた。金色にも見える不思議な瞳がじっとこちらを見据えている。

『きちんと世話はしろ。わかったな』

 どうしよう。猫が喋った。
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