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84 その頃の大人たち(sideジャン)
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「うちの坊ちゃんが失礼いたしました」
「いいえ、子供だけの方がなにかと楽しいでしょうしね」
小さく笑ったロニー殿は、先程からベネット殿とにこやかに談笑している。
ユリス様から目を離すのは正直不安でしかないがティアンも一緒である。それにフランシス様は面倒見がよいし、キャリー様も落ち着いておられるので大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
セドリック殿は置いて行かれたことが不満なようで険しい顔をしている。彼とは最近ずっと行動を共にしているが、あまり仲良くはなれていない。あくまで仕事の同僚なので仲良くなろうとも思わない。白状するとちょっと怖い。
元副団長であることは知っていた。しかし一体何をやらかしたのかは誰も知らない。おそらくブルース様でさえよく事態を把握していらっしゃらないらしい。ちょっとどころではなく、かなり怖い。
わかっているのはユリス様がセドリック殿を副団長の席から降ろしたことと、それをなぜかオーガス様が了承しているということ。後者については、オーガス様の性格を考慮すればユリス様に押し切られたのだと理解できる。なのでてっきりユリス様は相当セドリック殿のことを嫌っているのかと思えばどうもそうでもないらしい。もう何がなんだかよくわからない。
そんな繊細な話題にアロン殿が積極的に首を突っ込んでいく様は見ていて恐怖だ。すれ違うたびにセドリック殿に向かって「元副団長でしたね」と爽やかに嫌味を言い放つ彼のメンタルは一体どうなっているのか。後ろで胃をキリキリさせているこちらの身にもなって欲しい。
今回の訪問も初めは護衛役にアロン殿が手をあげたと聞いて内心ヒヤヒヤしていた。セドリック殿も当然同行するのだし、必然的に間に挟まれるところだった。ブルース様が渋ってくださったおかげで命拾いした。
代わりにやってきたのは騎士のロニー殿だ。ユリス様がご執心で、先のエリック殿下による誘拐まがいの連れ去り事件でも随分と活躍した方だ。
ユリス様の背後から見ているだけだったが、こうして一緒に仕事をするととても信頼できる相手だと思う。比較基準がアロン殿なのでそう思えるだけかもしれないが。
しばらくはお戻りにならないでしょう、とベネット殿が控えの間に案内してくれる。
「そうだ。ジャン殿にお願いがあるのですが」
「……はい?」
突然ロニー殿に声をかけられて一瞬反応が遅れた。お願いってなんだ。ほぼほぼ初対面みたいな関係性の私に?
身構えると、ロニー殿は苦笑して頰を掻く。
「実は私には恋人がいるとさり気なくユリス様にお伝えしてもらいたいのですが」
お願いできますか? と小首を傾げたロニー殿。なんの話だ。固まっていると今まで黙り込んでいたセドリック殿が「あぁ」と納得いったように唸る。ちなみにベネット殿は所用があるとかで席を外している。
「あれか。サムとの一件」
「それです、それ。なんだか話が大きくなりそうなのでここらで止めておきませんと。最初はアロン殿にお願いしようかとも思ったのですが、彼に任せると面白おかしく話を誇張されるような気がして」
「アロンはそうだろうな」
納得した。先の誘拐事件でなぜだかユリス様は王立騎士団のサムソン殿がロニー殿に好意を寄せていると事実を曲解したらしい。あちこちに口止めという体で広めまわっている場面をよく目にする。
「それは構いませんが、ロニー殿がご自分でお伝えになった方が効果的では?」
正直ユリス様が私の話を真剣に聞き入れてくれる気がしない。どうにも扱われ方が他の人より雑なのだ。先日だってユリス様が猫を追い回すのに散々付き合わされた。隣にいたセドリック殿にはそういう命令はしない。そういう変なことを命じられるのはいつも私なのだ。
「そうなのですが。私はサムソン殿の好意には気が付いていないという設定になっていますので」
またややこしい。
確かにそれだとロニー殿が突然ユリス様相手に恋人の有無を暴露するのは不自然かもしれない。
一番いいのはユリス様の誤解を知っている私がそれとなく横から情報提供するということだろう。セドリック殿に目を向けるが特になにも言われない。ユリス様はセドリック殿を非常に無口で説教しか口にしないと思っておられる節がある。仮に彼がこの情報を提供すれば、ユリス様は内容よりもセドリック殿が喋ったことに食いついて話を聞き流される恐れがある。となれば適任は私しかいないわけで。
「恋人、いらっしゃるんですね」
了承の意味も込めて呟けば、ロニー殿はきりっと表情を引き締めた。
「えぇ、どうにか来年までには見つけるつもりでおります」
「え、それっていないってことじゃあ」
「近いうちに見つけるつもりなので問題ないかと」
にこりと押し切られて頰が引き攣る。真面目で優しい青年かと思っていたのだが。案外食えない人なのかもしれない。
「いいえ、子供だけの方がなにかと楽しいでしょうしね」
小さく笑ったロニー殿は、先程からベネット殿とにこやかに談笑している。
ユリス様から目を離すのは正直不安でしかないがティアンも一緒である。それにフランシス様は面倒見がよいし、キャリー様も落ち着いておられるので大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
セドリック殿は置いて行かれたことが不満なようで険しい顔をしている。彼とは最近ずっと行動を共にしているが、あまり仲良くはなれていない。あくまで仕事の同僚なので仲良くなろうとも思わない。白状するとちょっと怖い。
元副団長であることは知っていた。しかし一体何をやらかしたのかは誰も知らない。おそらくブルース様でさえよく事態を把握していらっしゃらないらしい。ちょっとどころではなく、かなり怖い。
わかっているのはユリス様がセドリック殿を副団長の席から降ろしたことと、それをなぜかオーガス様が了承しているということ。後者については、オーガス様の性格を考慮すればユリス様に押し切られたのだと理解できる。なのでてっきりユリス様は相当セドリック殿のことを嫌っているのかと思えばどうもそうでもないらしい。もう何がなんだかよくわからない。
そんな繊細な話題にアロン殿が積極的に首を突っ込んでいく様は見ていて恐怖だ。すれ違うたびにセドリック殿に向かって「元副団長でしたね」と爽やかに嫌味を言い放つ彼のメンタルは一体どうなっているのか。後ろで胃をキリキリさせているこちらの身にもなって欲しい。
今回の訪問も初めは護衛役にアロン殿が手をあげたと聞いて内心ヒヤヒヤしていた。セドリック殿も当然同行するのだし、必然的に間に挟まれるところだった。ブルース様が渋ってくださったおかげで命拾いした。
代わりにやってきたのは騎士のロニー殿だ。ユリス様がご執心で、先のエリック殿下による誘拐まがいの連れ去り事件でも随分と活躍した方だ。
ユリス様の背後から見ているだけだったが、こうして一緒に仕事をするととても信頼できる相手だと思う。比較基準がアロン殿なのでそう思えるだけかもしれないが。
しばらくはお戻りにならないでしょう、とベネット殿が控えの間に案内してくれる。
「そうだ。ジャン殿にお願いがあるのですが」
「……はい?」
突然ロニー殿に声をかけられて一瞬反応が遅れた。お願いってなんだ。ほぼほぼ初対面みたいな関係性の私に?
身構えると、ロニー殿は苦笑して頰を掻く。
「実は私には恋人がいるとさり気なくユリス様にお伝えしてもらいたいのですが」
お願いできますか? と小首を傾げたロニー殿。なんの話だ。固まっていると今まで黙り込んでいたセドリック殿が「あぁ」と納得いったように唸る。ちなみにベネット殿は所用があるとかで席を外している。
「あれか。サムとの一件」
「それです、それ。なんだか話が大きくなりそうなのでここらで止めておきませんと。最初はアロン殿にお願いしようかとも思ったのですが、彼に任せると面白おかしく話を誇張されるような気がして」
「アロンはそうだろうな」
納得した。先の誘拐事件でなぜだかユリス様は王立騎士団のサムソン殿がロニー殿に好意を寄せていると事実を曲解したらしい。あちこちに口止めという体で広めまわっている場面をよく目にする。
「それは構いませんが、ロニー殿がご自分でお伝えになった方が効果的では?」
正直ユリス様が私の話を真剣に聞き入れてくれる気がしない。どうにも扱われ方が他の人より雑なのだ。先日だってユリス様が猫を追い回すのに散々付き合わされた。隣にいたセドリック殿にはそういう命令はしない。そういう変なことを命じられるのはいつも私なのだ。
「そうなのですが。私はサムソン殿の好意には気が付いていないという設定になっていますので」
またややこしい。
確かにそれだとロニー殿が突然ユリス様相手に恋人の有無を暴露するのは不自然かもしれない。
一番いいのはユリス様の誤解を知っている私がそれとなく横から情報提供するということだろう。セドリック殿に目を向けるが特になにも言われない。ユリス様はセドリック殿を非常に無口で説教しか口にしないと思っておられる節がある。仮に彼がこの情報を提供すれば、ユリス様は内容よりもセドリック殿が喋ったことに食いついて話を聞き流される恐れがある。となれば適任は私しかいないわけで。
「恋人、いらっしゃるんですね」
了承の意味も込めて呟けば、ロニー殿はきりっと表情を引き締めた。
「えぇ、どうにか来年までには見つけるつもりでおります」
「え、それっていないってことじゃあ」
「近いうちに見つけるつもりなので問題ないかと」
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