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78 お返事を書こう
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ベネットに会いに行くと決めた俺であったが、予想外の困難に直面していた。
「ティアンが適当に書いといてよ」
「フランシス殿に対して失礼ですって。お返事くらい書けるでしょう?」
そう。手紙の返事を書かなければならない。どうもこの世界には電話がないらしい。フランシスの屋敷は割と近いらしく、手紙は馬を走らせて届けてくれるらしい。しかし俺は手紙なんて書いたことがない。前世でもそうだった。ゆえに書き方がわからない。
ジャンが用意したレターセットを前に腕を組む。アロンは要件を伝えたらさっさと帰ってしまった。まあアロンは居ても役に立ちそうにないから別にいいけど。
「ジャン。代わりに書いといて」
「ダメです!」
ジャンが返事をするよりも早くティアンが割り込んできた。こいつ。
「書き方わかんないもん」
「僕がお教えします。手紙くらい書けなくてどうするんですか」
ティアンはなぁ。こういうところが面倒なんだよな。変に真面目というかなんというか。自分より年下の俺をガッツリ子供扱いしてくる。自分も子供のくせして偉そうに。隙さえあれば俺相手に先生ごっこだ。非常に面倒くさい。相手をしてやるこっちの身にもなってほしい。
「とりあえず用件を簡潔に伝えるんですよ」
「明日行く、でいい?」
「よくありません。いくらなんでも簡潔すぎます。それに明日は行けません」
そうなの?
俺は今すぐにでも行きたい気分なのに。どうやらフランシス側も色々準備があるそうなので日にちをあけるのがいいらしい。準備ってなんだろう。美味しいお菓子かな。だといいな。
「用件だけだと味気ないので、なにか一言添えるといいですよ」
「ひとこと?」
俺はベネットに会いに行くのだ。だとしたらその旨をきちんと書いておいた方がいいかもしれない。もしベネットが不在だったら行く意味ないもんな。ティアンにしてはいいことを言う。
便箋にさらさらと書き留めていく。横から覗き込んでいたティアンが眉を寄せた。
「いや字汚い」
「なんだと」
今まであまり気にしていなかったけれど、なぜかこの世界の文字が読めるし書ける。たぶん本物ユリスが覚えていたものが体に染み付いているのだと思う。しかし俺にとっては見慣れない文字であることに変わりはないため書くのはちょっと苦手だったりする。決して俺のせいではないはずだ。ぐにゃっと歪んだ文字はたしかに綺麗とは言い難い。しかし十歳児なんてこんなものだろ。
「読めれば問題なし!」
「読めませんよ」
きっぱり言い切ったティアン。それはおまえが真剣に読もうとしていないからだ。しかしここで言い合いをしても仕方がないので読んでやることにする。俺の方が精神年齢的に大人だからな。折れてやらないと。
「ベネットに会いにいく。首を洗って待ってろって書いた」
「ベネットの処刑にでも行くんですか?」
んなわけあるか。
相変わらず思考が物騒な奴である。
「そもそも宛名を書いてないじゃないですか」
「ベネットへ」
「フランシス殿宛てです」
いやうるさい。俺が何かを書き付けるたびに口を出してくるティアン。助けを求めてセドリックを見たが、静かに首を横に振られてしまった。見捨てるなよ。
「いきなり本題に入るのではなく、季節の挨拶など入れるとよいですよ」
季節の挨拶ってなに。そんな気の利く文言浮かばないっての。とりあえず寒くなりましたねとか適当に書いておこう。
「こちらの近況も入れておくとよいですよ」
「きんきょー」
「……意味わかってます?」
「うんうん」
最近あったこととかですよ、と心配そうにこちらをうかがってくるティアン。心配せずともそれくらいわかる。
しかし最近の出来事ね。そうだ、あれでいいか。
「お菓子泥棒を捕まえたって書いておこう」
「絶対にダメです」
「なぜ」
「ヴィアンの屋敷に泥棒が入っただなんて冗談でも口外してはいけません。ヴィアン家の信用に関わります」
「でも犯人アロンだよ」
「だとしてもダメです。泥棒という単語がダメです」
むっず。手紙ひとつにそんなに気を使わないといけないのか。でも他に書くことない。
むむっと難しい顔をすれば、ティアンが「温室の花が綺麗だったとか当たり障りないことでいいんですよ」とアドバイスをよこす。
「花じゃなくて猫にする。猫見たって」
「あー、はいはい。いいんじゃないですか、それで」
ついには面倒になったらしいティアンが心のこもっていない返事をよこす。おまえが始めたことだろうが。最後まで責任を持て。
その後もああでもないこうでもないと飛んでくるアドバイスという名の文句に耐えて俺はついに手紙を完成させた。我ながら完璧だと思う。これならティアンも文句はあるまい。
出来上がったものを早速ジャンに見せると、彼は「ユリス様ですし。どんなものを送ってもシモンズ侯爵家は文句を言ってはこないでしょう」とよくわからんことを言ってきた。
それってどういう意味? 送り主が俺じゃなければクレームくるレベルの出来って意味か、こら。
じっと手紙を凝視していたティアンは「わかりました!」と勢いよくテーブルに叩きつけた。おい、せっかく俺が書いたものだ。雑に扱うんじゃない。
「今回は代筆ということで僕が書いておきますね」
なんでだよ、この野郎。
「ティアンが適当に書いといてよ」
「フランシス殿に対して失礼ですって。お返事くらい書けるでしょう?」
そう。手紙の返事を書かなければならない。どうもこの世界には電話がないらしい。フランシスの屋敷は割と近いらしく、手紙は馬を走らせて届けてくれるらしい。しかし俺は手紙なんて書いたことがない。前世でもそうだった。ゆえに書き方がわからない。
ジャンが用意したレターセットを前に腕を組む。アロンは要件を伝えたらさっさと帰ってしまった。まあアロンは居ても役に立ちそうにないから別にいいけど。
「ジャン。代わりに書いといて」
「ダメです!」
ジャンが返事をするよりも早くティアンが割り込んできた。こいつ。
「書き方わかんないもん」
「僕がお教えします。手紙くらい書けなくてどうするんですか」
ティアンはなぁ。こういうところが面倒なんだよな。変に真面目というかなんというか。自分より年下の俺をガッツリ子供扱いしてくる。自分も子供のくせして偉そうに。隙さえあれば俺相手に先生ごっこだ。非常に面倒くさい。相手をしてやるこっちの身にもなってほしい。
「とりあえず用件を簡潔に伝えるんですよ」
「明日行く、でいい?」
「よくありません。いくらなんでも簡潔すぎます。それに明日は行けません」
そうなの?
俺は今すぐにでも行きたい気分なのに。どうやらフランシス側も色々準備があるそうなので日にちをあけるのがいいらしい。準備ってなんだろう。美味しいお菓子かな。だといいな。
「用件だけだと味気ないので、なにか一言添えるといいですよ」
「ひとこと?」
俺はベネットに会いに行くのだ。だとしたらその旨をきちんと書いておいた方がいいかもしれない。もしベネットが不在だったら行く意味ないもんな。ティアンにしてはいいことを言う。
便箋にさらさらと書き留めていく。横から覗き込んでいたティアンが眉を寄せた。
「いや字汚い」
「なんだと」
今まであまり気にしていなかったけれど、なぜかこの世界の文字が読めるし書ける。たぶん本物ユリスが覚えていたものが体に染み付いているのだと思う。しかし俺にとっては見慣れない文字であることに変わりはないため書くのはちょっと苦手だったりする。決して俺のせいではないはずだ。ぐにゃっと歪んだ文字はたしかに綺麗とは言い難い。しかし十歳児なんてこんなものだろ。
「読めれば問題なし!」
「読めませんよ」
きっぱり言い切ったティアン。それはおまえが真剣に読もうとしていないからだ。しかしここで言い合いをしても仕方がないので読んでやることにする。俺の方が精神年齢的に大人だからな。折れてやらないと。
「ベネットに会いにいく。首を洗って待ってろって書いた」
「ベネットの処刑にでも行くんですか?」
んなわけあるか。
相変わらず思考が物騒な奴である。
「そもそも宛名を書いてないじゃないですか」
「ベネットへ」
「フランシス殿宛てです」
いやうるさい。俺が何かを書き付けるたびに口を出してくるティアン。助けを求めてセドリックを見たが、静かに首を横に振られてしまった。見捨てるなよ。
「いきなり本題に入るのではなく、季節の挨拶など入れるとよいですよ」
季節の挨拶ってなに。そんな気の利く文言浮かばないっての。とりあえず寒くなりましたねとか適当に書いておこう。
「こちらの近況も入れておくとよいですよ」
「きんきょー」
「……意味わかってます?」
「うんうん」
最近あったこととかですよ、と心配そうにこちらをうかがってくるティアン。心配せずともそれくらいわかる。
しかし最近の出来事ね。そうだ、あれでいいか。
「お菓子泥棒を捕まえたって書いておこう」
「絶対にダメです」
「なぜ」
「ヴィアンの屋敷に泥棒が入っただなんて冗談でも口外してはいけません。ヴィアン家の信用に関わります」
「でも犯人アロンだよ」
「だとしてもダメです。泥棒という単語がダメです」
むっず。手紙ひとつにそんなに気を使わないといけないのか。でも他に書くことない。
むむっと難しい顔をすれば、ティアンが「温室の花が綺麗だったとか当たり障りないことでいいんですよ」とアドバイスをよこす。
「花じゃなくて猫にする。猫見たって」
「あー、はいはい。いいんじゃないですか、それで」
ついには面倒になったらしいティアンが心のこもっていない返事をよこす。おまえが始めたことだろうが。最後まで責任を持て。
その後もああでもないこうでもないと飛んでくるアドバイスという名の文句に耐えて俺はついに手紙を完成させた。我ながら完璧だと思う。これならティアンも文句はあるまい。
出来上がったものを早速ジャンに見せると、彼は「ユリス様ですし。どんなものを送ってもシモンズ侯爵家は文句を言ってはこないでしょう」とよくわからんことを言ってきた。
それってどういう意味? 送り主が俺じゃなければクレームくるレベルの出来って意味か、こら。
じっと手紙を凝視していたティアンは「わかりました!」と勢いよくテーブルに叩きつけた。おい、せっかく俺が書いたものだ。雑に扱うんじゃない。
「今回は代筆ということで僕が書いておきますね」
なんでだよ、この野郎。
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