80 / 637
75 長男
しおりを挟む
「えっと、ここ使うんだよね。すぐにどくから」
そそくさと立ち上がったオーガス兄様は、ずっと目を伏せている。二十代後半くらいか。細身で武術とは無縁そうな見た目だ。
なんで温室になんて居たのだろうか。仕事が忙しいのではなかったのか。もしかして俺と一緒で最近寒いから温室暮らしを目論んでいるのだろうか。
「オーガス兄様って温室に住んでるの?」
「え。いやそんなことは。え? 屋敷で暮らすなってこと? 遠回しにうちから出て行けって言われてる?」
僕ってそんなに嫌われてんの? と顔色を悪くしたオーガス兄様。よくわからん勢いで勘違いをしている。というか卑屈過ぎないか。ブルース兄様だったら「そんなわけないだろ」と一蹴する場面だぞ。
なんだか挙動不審なオーガス兄様は小さく震えていた。もしかして寒いのかな? でもここ結構暖かいけどな。
そういえばオーガス兄様に会ったら訊きたいことがあったんだった。
「……オーガス兄様」
「ん? なんだい」
手を止めたオーガス兄様は、こちらに顔を向ける。しかしその目は頑なに俺を捉えない。視線を合わせるのが苦手なタイプかな?
「この前、俺誘拐されたんだけど」
「うん。聞いたよ」
「なんで迎えに来てくれなかったの」
ピシリとオーガス兄様が音を立てて固まった。その目がみるみると開かれていく。
「……え。迎えに行った方がよかった?」
迎えに来ない方がいいことなんてある?
ひどく真剣な表情で問いかけてきたオーガス兄様に俺は思わず半眼になってしまう。
え? うちの長男ってこんな冷たいの?
見た目的にはブルース兄様の方がおっかないけれど内面的にはオーガス兄様の方が断然冷たいかもしれない。
ぽかんとしていると、なにやら慌てたらしいオーガス兄様がわたわたと手を振った。
「いや、あの。本当にごめん。僕が迎えにいくとユリスが怒るかなと思ってブルースに任せちゃった」
え。ユリスってオーガス兄様が迎えに来ると怒るような奴だったのか? そういえばふたりは絶望的に仲悪いような雰囲気だったもんな。
考え込んでいると、オーガス兄様は「次があったら今度は僕が迎えに行くね」とふざけたことを言ってのける。
「次って。俺はそんなに何度も誘拐されないから」
「気にするのはそこなんだ」
そう何度もエリックの標的になってたまるか。憮然として言い返せば、オーガス兄様は困ったように「ごめんごめん」と小さく笑っている。
そのまま本を片手に立ち去ろうとしたオーガス兄様であったが、入口で待機していたセドリックを見るなり目を剥いた。
「え! ほんとにセドリックを護衛にしたんだ」
「なんかダメだった?」
振り返って尋ねれば、「ダメとかではないけど」と歯切れの悪い言葉が返ってくる。
「もう気は済んだの?」
なんの話だろうか。意味がわからず黙っていると、オーガス兄様は「いやいやごめん!」と勝手に謝罪してくる。沈黙が苦手なタイプなのか?
「余計な首は突っ込まないようにするよ。ユリスのやりたいようにやればいいんじゃないかな」
「はぁ」
「……もしかして怒ってる?」
おずおずと俺の機嫌を伺う兄様は、なんというか頼りない。ヴィアン家はみんな目力強いなと思っていたのだがオーガス兄様はどうやら例外らしい。
怒ってないと伝えれば「本当に?」と非常に鬱陶しい確認をされた。その質問に腹が立ちそうなのだが。
「あの、兄様」
「うそうそ、ごめん。僕はもう行くから」
邪魔してごめんねと何度もこちらを振り返ったオーガス兄様は、温室を出るなりダッシュで去って行った。なんだったんだ。
「あれってオーガス兄様であってる?」
長男なのに頼りなさすぎて不安になってくる。思わず後ろに居たティアンに確認すれば「すぐそういうことを言う。ご兄弟なんですから仲良くしないとダメですよ」と怒られてしまった。ということは本物のオーガス兄様で間違いないらしい。
なんか思ってたんと違うな。ブルース兄様より強そうなのをイメージしていたから拍子抜けだ。
肝心の温室はちょっと暖かいだけであんまり楽しいものではなかった。
「見てください、ユリス様。きれいに咲いていますよ」
「興味ない」
ティアンがひとりではしゃいでいる。どうやら花を見るのが楽しいらしい。俺はまったく楽しくない。
「もう帰ろう」
「今きたばかりなのに」
ティアンは不満そうだ。しかし彼は俺のための遊び相手なのだから俺の言うことをきくべきだと思う。
帰ろうと入口付近にいるセドリックを振り返った時。俺は今のモヤモヤとした気分を晴らしてくれるすごくいいものを発見した。
「猫!」
なんと壁際に黒猫が丸まっているではないか。きっと外が寒いからここに逃げ込んで来たのだろう。柔らかそうな黒い艶々の毛は非常に魅力的だった。
「ジャン!」
名前を呼べば、ジャンはびくりと肩を揺らした。その顔がなんだか引き攣っている。
「捕まえて!」
勢いよくお願いすれば、横からティアンが「やめなさい」と制止してくる。まさかこいつも犬派か?
「遊び半分に追いかけたらダメですよ。可哀想じゃないですか」
「真剣だったらいいってこと?」
「よくありません。屁理屈言わない」
その間も黒猫は呑気に丸まっている。ちょっとだけでいいから触ってみたい。
そろそろと近寄れば、黒猫はすっと立ち上がった。そのまま外へ逃げてしまう。
「……ティアンのせいで逃げられた」
「なんでもかんでも僕のせいにしないでください」
俺のもふもふ、逃げてしまった。
そそくさと立ち上がったオーガス兄様は、ずっと目を伏せている。二十代後半くらいか。細身で武術とは無縁そうな見た目だ。
なんで温室になんて居たのだろうか。仕事が忙しいのではなかったのか。もしかして俺と一緒で最近寒いから温室暮らしを目論んでいるのだろうか。
「オーガス兄様って温室に住んでるの?」
「え。いやそんなことは。え? 屋敷で暮らすなってこと? 遠回しにうちから出て行けって言われてる?」
僕ってそんなに嫌われてんの? と顔色を悪くしたオーガス兄様。よくわからん勢いで勘違いをしている。というか卑屈過ぎないか。ブルース兄様だったら「そんなわけないだろ」と一蹴する場面だぞ。
なんだか挙動不審なオーガス兄様は小さく震えていた。もしかして寒いのかな? でもここ結構暖かいけどな。
そういえばオーガス兄様に会ったら訊きたいことがあったんだった。
「……オーガス兄様」
「ん? なんだい」
手を止めたオーガス兄様は、こちらに顔を向ける。しかしその目は頑なに俺を捉えない。視線を合わせるのが苦手なタイプかな?
「この前、俺誘拐されたんだけど」
「うん。聞いたよ」
「なんで迎えに来てくれなかったの」
ピシリとオーガス兄様が音を立てて固まった。その目がみるみると開かれていく。
「……え。迎えに行った方がよかった?」
迎えに来ない方がいいことなんてある?
ひどく真剣な表情で問いかけてきたオーガス兄様に俺は思わず半眼になってしまう。
え? うちの長男ってこんな冷たいの?
見た目的にはブルース兄様の方がおっかないけれど内面的にはオーガス兄様の方が断然冷たいかもしれない。
ぽかんとしていると、なにやら慌てたらしいオーガス兄様がわたわたと手を振った。
「いや、あの。本当にごめん。僕が迎えにいくとユリスが怒るかなと思ってブルースに任せちゃった」
え。ユリスってオーガス兄様が迎えに来ると怒るような奴だったのか? そういえばふたりは絶望的に仲悪いような雰囲気だったもんな。
考え込んでいると、オーガス兄様は「次があったら今度は僕が迎えに行くね」とふざけたことを言ってのける。
「次って。俺はそんなに何度も誘拐されないから」
「気にするのはそこなんだ」
そう何度もエリックの標的になってたまるか。憮然として言い返せば、オーガス兄様は困ったように「ごめんごめん」と小さく笑っている。
そのまま本を片手に立ち去ろうとしたオーガス兄様であったが、入口で待機していたセドリックを見るなり目を剥いた。
「え! ほんとにセドリックを護衛にしたんだ」
「なんかダメだった?」
振り返って尋ねれば、「ダメとかではないけど」と歯切れの悪い言葉が返ってくる。
「もう気は済んだの?」
なんの話だろうか。意味がわからず黙っていると、オーガス兄様は「いやいやごめん!」と勝手に謝罪してくる。沈黙が苦手なタイプなのか?
「余計な首は突っ込まないようにするよ。ユリスのやりたいようにやればいいんじゃないかな」
「はぁ」
「……もしかして怒ってる?」
おずおずと俺の機嫌を伺う兄様は、なんというか頼りない。ヴィアン家はみんな目力強いなと思っていたのだがオーガス兄様はどうやら例外らしい。
怒ってないと伝えれば「本当に?」と非常に鬱陶しい確認をされた。その質問に腹が立ちそうなのだが。
「あの、兄様」
「うそうそ、ごめん。僕はもう行くから」
邪魔してごめんねと何度もこちらを振り返ったオーガス兄様は、温室を出るなりダッシュで去って行った。なんだったんだ。
「あれってオーガス兄様であってる?」
長男なのに頼りなさすぎて不安になってくる。思わず後ろに居たティアンに確認すれば「すぐそういうことを言う。ご兄弟なんですから仲良くしないとダメですよ」と怒られてしまった。ということは本物のオーガス兄様で間違いないらしい。
なんか思ってたんと違うな。ブルース兄様より強そうなのをイメージしていたから拍子抜けだ。
肝心の温室はちょっと暖かいだけであんまり楽しいものではなかった。
「見てください、ユリス様。きれいに咲いていますよ」
「興味ない」
ティアンがひとりではしゃいでいる。どうやら花を見るのが楽しいらしい。俺はまったく楽しくない。
「もう帰ろう」
「今きたばかりなのに」
ティアンは不満そうだ。しかし彼は俺のための遊び相手なのだから俺の言うことをきくべきだと思う。
帰ろうと入口付近にいるセドリックを振り返った時。俺は今のモヤモヤとした気分を晴らしてくれるすごくいいものを発見した。
「猫!」
なんと壁際に黒猫が丸まっているではないか。きっと外が寒いからここに逃げ込んで来たのだろう。柔らかそうな黒い艶々の毛は非常に魅力的だった。
「ジャン!」
名前を呼べば、ジャンはびくりと肩を揺らした。その顔がなんだか引き攣っている。
「捕まえて!」
勢いよくお願いすれば、横からティアンが「やめなさい」と制止してくる。まさかこいつも犬派か?
「遊び半分に追いかけたらダメですよ。可哀想じゃないですか」
「真剣だったらいいってこと?」
「よくありません。屁理屈言わない」
その間も黒猫は呑気に丸まっている。ちょっとだけでいいから触ってみたい。
そろそろと近寄れば、黒猫はすっと立ち上がった。そのまま外へ逃げてしまう。
「……ティアンのせいで逃げられた」
「なんでもかんでも僕のせいにしないでください」
俺のもふもふ、逃げてしまった。
601
お気に入りに追加
3,136
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛する人
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」
応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。
三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。
『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる