冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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75 長男

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「えっと、ここ使うんだよね。すぐにどくから」

 そそくさと立ち上がったオーガス兄様は、ずっと目を伏せている。二十代後半くらいか。細身で武術とは無縁そうな見た目だ。

 なんで温室になんて居たのだろうか。仕事が忙しいのではなかったのか。もしかして俺と一緒で最近寒いから温室暮らしを目論んでいるのだろうか。

「オーガス兄様って温室に住んでるの?」
「え。いやそんなことは。え? 屋敷で暮らすなってこと? 遠回しにうちから出て行けって言われてる?」

 僕ってそんなに嫌われてんの? と顔色を悪くしたオーガス兄様。よくわからん勢いで勘違いをしている。というか卑屈過ぎないか。ブルース兄様だったら「そんなわけないだろ」と一蹴する場面だぞ。

 なんだか挙動不審なオーガス兄様は小さく震えていた。もしかして寒いのかな? でもここ結構暖かいけどな。

 そういえばオーガス兄様に会ったら訊きたいことがあったんだった。

「……オーガス兄様」
「ん? なんだい」

 手を止めたオーガス兄様は、こちらに顔を向ける。しかしその目は頑なに俺を捉えない。視線を合わせるのが苦手なタイプかな?

「この前、俺誘拐されたんだけど」
「うん。聞いたよ」
「なんで迎えに来てくれなかったの」

 ピシリとオーガス兄様が音を立てて固まった。その目がみるみると開かれていく。

「……え。迎えに行った方がよかった?」

 迎えに来ない方がいいことなんてある?
 ひどく真剣な表情で問いかけてきたオーガス兄様に俺は思わず半眼になってしまう。

 え? うちの長男ってこんな冷たいの?

 見た目的にはブルース兄様の方がおっかないけれど内面的にはオーガス兄様の方が断然冷たいかもしれない。

 ぽかんとしていると、なにやら慌てたらしいオーガス兄様がわたわたと手を振った。

「いや、あの。本当にごめん。僕が迎えにいくとユリスが怒るかなと思ってブルースに任せちゃった」

 え。ユリスってオーガス兄様が迎えに来ると怒るような奴だったのか? そういえばふたりは絶望的に仲悪いような雰囲気だったもんな。

 考え込んでいると、オーガス兄様は「次があったら今度は僕が迎えに行くね」とふざけたことを言ってのける。

「次って。俺はそんなに何度も誘拐されないから」
「気にするのはそこなんだ」

 そう何度もエリックの標的になってたまるか。憮然として言い返せば、オーガス兄様は困ったように「ごめんごめん」と小さく笑っている。

 そのまま本を片手に立ち去ろうとしたオーガス兄様であったが、入口で待機していたセドリックを見るなり目を剥いた。

「え! ほんとにセドリックを護衛にしたんだ」
「なんかダメだった?」

 振り返って尋ねれば、「ダメとかではないけど」と歯切れの悪い言葉が返ってくる。

「もう気は済んだの?」

 なんの話だろうか。意味がわからず黙っていると、オーガス兄様は「いやいやごめん!」と勝手に謝罪してくる。沈黙が苦手なタイプなのか?

「余計な首は突っ込まないようにするよ。ユリスのやりたいようにやればいいんじゃないかな」
「はぁ」
「……もしかして怒ってる?」

 おずおずと俺の機嫌を伺う兄様は、なんというか頼りない。ヴィアン家はみんな目力強いなと思っていたのだがオーガス兄様はどうやら例外らしい。

 怒ってないと伝えれば「本当に?」と非常に鬱陶しい確認をされた。その質問に腹が立ちそうなのだが。

「あの、兄様」
「うそうそ、ごめん。僕はもう行くから」

 邪魔してごめんねと何度もこちらを振り返ったオーガス兄様は、温室を出るなりダッシュで去って行った。なんだったんだ。

「あれってオーガス兄様であってる?」

 長男なのに頼りなさすぎて不安になってくる。思わず後ろに居たティアンに確認すれば「すぐそういうことを言う。ご兄弟なんですから仲良くしないとダメですよ」と怒られてしまった。ということは本物のオーガス兄様で間違いないらしい。

 なんか思ってたんと違うな。ブルース兄様より強そうなのをイメージしていたから拍子抜けだ。

 肝心の温室はちょっと暖かいだけであんまり楽しいものではなかった。

「見てください、ユリス様。きれいに咲いていますよ」
「興味ない」

 ティアンがひとりではしゃいでいる。どうやら花を見るのが楽しいらしい。俺はまったく楽しくない。

「もう帰ろう」
「今きたばかりなのに」

 ティアンは不満そうだ。しかし彼は俺のための遊び相手なのだから俺の言うことをきくべきだと思う。

 帰ろうと入口付近にいるセドリックを振り返った時。俺は今のモヤモヤとした気分を晴らしてくれるすごくいいものを発見した。

「猫!」

 なんと壁際に黒猫が丸まっているではないか。きっと外が寒いからここに逃げ込んで来たのだろう。柔らかそうな黒い艶々の毛は非常に魅力的だった。

「ジャン!」

 名前を呼べば、ジャンはびくりと肩を揺らした。その顔がなんだか引き攣っている。

「捕まえて!」

 勢いよくお願いすれば、横からティアンが「やめなさい」と制止してくる。まさかこいつも犬派か?

「遊び半分に追いかけたらダメですよ。可哀想じゃないですか」
「真剣だったらいいってこと?」
「よくありません。屁理屈言わない」

 その間も黒猫は呑気に丸まっている。ちょっとだけでいいから触ってみたい。

 そろそろと近寄れば、黒猫はすっと立ち上がった。そのまま外へ逃げてしまう。

「……ティアンのせいで逃げられた」
「なんでもかんでも僕のせいにしないでください」

 俺のもふもふ、逃げてしまった。
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