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74 温室
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「最近、庭で遊ぶのにも飽きてきた」
「むしろ長続きした方だと思いますけどね」
ようやくか、という顔で応じたティアンは「別のことして遊びましょう」とにこやかに提案してくる。
ティアンは庭遊びが嫌いらしい。毎日外に行こうと俺が言い出すたびにちょっと嫌そうな顔をしていたもんな。
「私としてはもう少し真面目に勉強してほしいんですけどね」
遠い目をして呟いたカル先生はなんだか疲れた顔をしていた。いつもそうだ。やって来た時には涼しい顔をしているカル先生だが、帰る頃にはどっと疲労を滲ませている。俺相手の授業ってそんなに大変か?
「カル先生」
「はい?」
片付けをするカル先生に寄っていけば、先生は手を止めてくれる。ちなみにジャンとセドリックはいない。あいつらは休憩中だ。
「侯爵ってなに。どんくらい偉いの」
「……ユリス様」
苦い顔をするカル先生と、すっと真顔になるティアン。
「その説明はすでに三回ほどしましたね」
「そうだっけ?」
残念ながら記憶にない。
「いつも授業中は上の空ですもんね」
ティアンがやれやれと肩をすくめる。俺のための授業なのだが毎回ティアンの方が熱心だもんな。
「侯爵とは貴族階級のひとつですよ。簡単に言えば上から二番目です」
「ふーん。子爵は?」
「子爵は上から四番目です」
ということはアロンよりもフランシスの方が偉いのか。ふむふむ。
「フランシスはなんか偉そうだと思ってたけど、偉いんだね」
「侯爵家のご令息ですからね。爵位は基本的に世襲となります」
補足したカル先生は「何度も説明しますが毎度初めて聞いたみたい顔をしますよね、ユリス様」とため息をついた。そんなに何度も説明されたっけ? 記憶にないな。
「で? 庭遊びより楽しいことってなんだと思う」
このままではカル先生の小言が炸裂しそうなので無理やりに話題を戻す。けれども話を振られたティアンは「勉強されては?」と蒸し返そうとしてくる。なんて嫌な奴だ。肘で小突いていると、カル先生が眼鏡をくいっと上げた。
「それでは温室に行かれてはいかがですか?」
「温室?」
そんなのあるのか、ここ。
なんで教えてくれなかったんだとティアンを見やれば、「だってユリス様、花には興味ないと言ってたじゃないですか」と悪びれない返事があった。
「そんな面白そうなものを隠しておくなんて許せない」
「べつに隠してはいませんよ。ユリス様何年ここに住んでるんですか。むしろご存じないことにびっくりなのですが」
そうと決まれば早速行ってみよう。
「さよなら、カル先生」
「ちゃんと予習復習するんですよ」
苦い声を無視して廊下に出る。セドリックにも声をかけてやろうと彼の部屋のドアノブに手をかければ、すかさず扉が開いた。どうやら俺の気配を察知して出てきたらしい。実に優秀だと思う。
「ジャンも行く?」
ティアンに呼ばれて慌てて出てきたらしいジャンは「もちろんです」と首を縦に振った。
※※※
温室とやらは外にあるらしい。今まで存在に気が付かなかった。どんだけ広いんだよ、この屋敷。しかし温室というくらいだから暖かいに違いない。最近ちょっと寒いからな。
「俺今日から温室に住もうと思う。暖かそうだから」
そう宣言すればティアンが「無理に決まっているでしょ」と眉を寄せる。
「温室なんて所詮は屋根のついた庭ですよ。住めません」
すげなく言い放ったティアン。まったく夢がなくて困るな。
やがて到着した温室はガラス張りの結構デカい小屋みたいなものだった。透明だから外からでも中の様子が窺える。早速中に入った俺であったが、温室中央に据えられたアンティーク調のガーデンテーブルに人影を見つけて踏み止まった。
どうやら読書をしていたらしい金髪の人物は、俺を見るなり静かに目を見開いた。
「ユリス」
おや。俺を呼び捨てするとは珍しい奴だ。格好からしても高級そうなジャケットを羽織っているし絶対に使用人の類ではない。儚そうな見た目でなんだか弱そう。ガタイのいいブルース兄様とは違って、なんか折れそうなくらいに細身である。しかし金髪に青い目か。エリックやお父様そっくりの色合いだな。
なぜか横に居たはずのティアンが、いつの間にか後ろに下がっている。セドリックは入口付近に待機しているし、ジャンも青い顔でティアンの近くに佇んでいる。
「……誰?」
ここ最近、ユリスに馴染んできてすっかり油断していた俺は馬鹿正直に浮かんだ疑問を吐き出した。パタンと本を閉じた件の人物が、「え」と目を丸くする。
「……嫌われているんだろうなとは思っていたけれど。まさかそこまで嫌われていたとは。もしかして存在自体抹消されている感じ? ちょっとびっくりなんだけど」
気まずそうに目を伏せた金髪のお兄さんは、言いにくそうに口をモゴモゴさせる。
「あの、一応は君の兄なんだけど。覚えておいてくれると嬉しいな」
あははと乾いた笑みをこぼして、お兄さんはすっと目を逸らした。
え、兄? ということは。
「オーガス兄様?」
おそるおそるその名を口にすれば、金髪お兄さんは「あ、名前は覚えててくれたんだ」と苦笑した。
うん、マジでごめんなさい。なんだか久々にやらかした気がする。気まずい空気の中、オーガス兄様は居心地悪そうにひたすら本の表紙を撫でていた。
「むしろ長続きした方だと思いますけどね」
ようやくか、という顔で応じたティアンは「別のことして遊びましょう」とにこやかに提案してくる。
ティアンは庭遊びが嫌いらしい。毎日外に行こうと俺が言い出すたびにちょっと嫌そうな顔をしていたもんな。
「私としてはもう少し真面目に勉強してほしいんですけどね」
遠い目をして呟いたカル先生はなんだか疲れた顔をしていた。いつもそうだ。やって来た時には涼しい顔をしているカル先生だが、帰る頃にはどっと疲労を滲ませている。俺相手の授業ってそんなに大変か?
「カル先生」
「はい?」
片付けをするカル先生に寄っていけば、先生は手を止めてくれる。ちなみにジャンとセドリックはいない。あいつらは休憩中だ。
「侯爵ってなに。どんくらい偉いの」
「……ユリス様」
苦い顔をするカル先生と、すっと真顔になるティアン。
「その説明はすでに三回ほどしましたね」
「そうだっけ?」
残念ながら記憶にない。
「いつも授業中は上の空ですもんね」
ティアンがやれやれと肩をすくめる。俺のための授業なのだが毎回ティアンの方が熱心だもんな。
「侯爵とは貴族階級のひとつですよ。簡単に言えば上から二番目です」
「ふーん。子爵は?」
「子爵は上から四番目です」
ということはアロンよりもフランシスの方が偉いのか。ふむふむ。
「フランシスはなんか偉そうだと思ってたけど、偉いんだね」
「侯爵家のご令息ですからね。爵位は基本的に世襲となります」
補足したカル先生は「何度も説明しますが毎度初めて聞いたみたい顔をしますよね、ユリス様」とため息をついた。そんなに何度も説明されたっけ? 記憶にないな。
「で? 庭遊びより楽しいことってなんだと思う」
このままではカル先生の小言が炸裂しそうなので無理やりに話題を戻す。けれども話を振られたティアンは「勉強されては?」と蒸し返そうとしてくる。なんて嫌な奴だ。肘で小突いていると、カル先生が眼鏡をくいっと上げた。
「それでは温室に行かれてはいかがですか?」
「温室?」
そんなのあるのか、ここ。
なんで教えてくれなかったんだとティアンを見やれば、「だってユリス様、花には興味ないと言ってたじゃないですか」と悪びれない返事があった。
「そんな面白そうなものを隠しておくなんて許せない」
「べつに隠してはいませんよ。ユリス様何年ここに住んでるんですか。むしろご存じないことにびっくりなのですが」
そうと決まれば早速行ってみよう。
「さよなら、カル先生」
「ちゃんと予習復習するんですよ」
苦い声を無視して廊下に出る。セドリックにも声をかけてやろうと彼の部屋のドアノブに手をかければ、すかさず扉が開いた。どうやら俺の気配を察知して出てきたらしい。実に優秀だと思う。
「ジャンも行く?」
ティアンに呼ばれて慌てて出てきたらしいジャンは「もちろんです」と首を縦に振った。
※※※
温室とやらは外にあるらしい。今まで存在に気が付かなかった。どんだけ広いんだよ、この屋敷。しかし温室というくらいだから暖かいに違いない。最近ちょっと寒いからな。
「俺今日から温室に住もうと思う。暖かそうだから」
そう宣言すればティアンが「無理に決まっているでしょ」と眉を寄せる。
「温室なんて所詮は屋根のついた庭ですよ。住めません」
すげなく言い放ったティアン。まったく夢がなくて困るな。
やがて到着した温室はガラス張りの結構デカい小屋みたいなものだった。透明だから外からでも中の様子が窺える。早速中に入った俺であったが、温室中央に据えられたアンティーク調のガーデンテーブルに人影を見つけて踏み止まった。
どうやら読書をしていたらしい金髪の人物は、俺を見るなり静かに目を見開いた。
「ユリス」
おや。俺を呼び捨てするとは珍しい奴だ。格好からしても高級そうなジャケットを羽織っているし絶対に使用人の類ではない。儚そうな見た目でなんだか弱そう。ガタイのいいブルース兄様とは違って、なんか折れそうなくらいに細身である。しかし金髪に青い目か。エリックやお父様そっくりの色合いだな。
なぜか横に居たはずのティアンが、いつの間にか後ろに下がっている。セドリックは入口付近に待機しているし、ジャンも青い顔でティアンの近くに佇んでいる。
「……誰?」
ここ最近、ユリスに馴染んできてすっかり油断していた俺は馬鹿正直に浮かんだ疑問を吐き出した。パタンと本を閉じた件の人物が、「え」と目を丸くする。
「……嫌われているんだろうなとは思っていたけれど。まさかそこまで嫌われていたとは。もしかして存在自体抹消されている感じ? ちょっとびっくりなんだけど」
気まずそうに目を伏せた金髪のお兄さんは、言いにくそうに口をモゴモゴさせる。
「あの、一応は君の兄なんだけど。覚えておいてくれると嬉しいな」
あははと乾いた笑みをこぼして、お兄さんはすっと目を逸らした。
え、兄? ということは。
「オーガス兄様?」
おそるおそるその名を口にすれば、金髪お兄さんは「あ、名前は覚えててくれたんだ」と苦笑した。
うん、マジでごめんなさい。なんだか久々にやらかした気がする。気まずい空気の中、オーガス兄様は居心地悪そうにひたすら本の表紙を撫でていた。
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