冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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73 確保

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 お菓子泥棒はなかなか姿を現さない。途中で焼き立ておやつをモグモグしてから再び隠れる。部屋できちんと座って食べるよりもこういう摘み食いの方が美味しい気がする。ティアンにも勧めたのだが「お行儀悪いですよ」と眉を顰められた。お子様のくせにお菓子を我慢するとは。やるな。

「今初めてティアンのことを見直したよ」
「そんなくだらないことで見直さないでください」

 そのまましばらく息を潜めていると、ついに厨房へと近づいてくる影が見えた。

 その人物はカツカツと呑気に足音を響かせながら厨房を覗き込んだ。いまだ。

「行くぞ、ティアン!」
「え」

 目を丸くするティアンを待っている暇はなかった。厨房に足を踏み入れた人物に突進していけば「おっと」という声と共に件の彼が立ち止まった。

「捕まえたぞ! お菓子泥棒め!」
「やはりアロン殿でしたか」

 呑気に侵入してきたアロンの足にしがみつけば、ティアンが冷たい目でアロンを睨みあげる。それをなんだか不満そうな顔で流したアロンは、「えっと、ユリス様」と頰を掻く。

「俺まだなにもしていませんが」
「お菓子盗みにきたんでしょ」
「そういうのって普通手を出した瞬間に捕まえるものでは? 俺はまだ厨房に入っただけです」
「往生際が悪いぞ」
「いやいや。冤罪ですよ、こんなの」

 なにやら文句を垂れるアロンは納得いかないと顔を顰めている。さすが、クソ野郎。諦めが非常に悪い。

「よし。行くぞ、ティアン」
「どちらに?」

 アロンの手をとって歩き出す。渋々足を動かしたアロンは思ったよりも大人しくついてくる。ようやく観念したらしい。ぐいぐい引っ張りながら階段に足をかければ、眉を寄せたアロンが俺を抱っこしてしまう。まぁいいや。

「ブルース兄様の部屋に行く」

 腕を叩いて行き先を告げれば「はいはい」とアロンが肩をすくめる。捕まったくせに随分と偉そうだ。

「ブルース様。戻りました」

 まっすぐブルース兄様の部屋に向かったアロン。室内にはなぜかセドリックもいる。兄様と仕事の話でもしていたのだろうか。

「兄様みて! お菓子泥棒捕まえた」
「俺にはおまえが捕まっているように見えるんだが」

 失礼な。どう見ても俺がアロンを捕まえている。アピールするようにアロンの腕を掴んでみれば、兄様は「おまえが満足ならそれでいいんじゃないのか」と適当な返事をよこす。おそらく俺がアロンに抱っこされていることが原因だろう。

「降ろして、アロン」
「どうしましょうかね」

 なんだその返事は。
 力任せにアロンの腕を叩けば「まったく痛くも痒くもありませんね」とどや顔で言われた。

「アロン。十歳児相手に張り合って楽しい?」
「ユリス様ってたまにすごく嫌なこと言いますよね」

 言葉通り顔を引き攣らせたアロンは、やっとのことで俺を降ろしてくれる。ようやく自由になった俺は仕事中の兄様に右手を差し出した。

「……なんだその手は」

 顔を上げた兄様は相変わらず察しが悪い。

「お菓子泥棒捕まえた」
「よかったな」

 それだけか? 他にあるだろ。これだから脳筋は。気が利かなくて困る。

「お手柄だから、なんかよこせ」

 ブルース兄様が無言でこちらを睨みつけてくる。ティアンが呆れたように「それが目的ですか」とわかったような口を利く。ジャンはなにもかも諦めたような顔で部屋の隅に突っ立っている。

 なんだか進展のなさそうな空気に、セドリックが動いた。

「ユリス様。お手柄でございましたね」
「そうだろう」
「ブルース様も大変お喜びでございます」
「うんうん」

 兄様はあまり喜んでいるようには見えないけどな。しかし兄様は照れ屋さんだから素直に喜べないのだろう。そうに違いない。

 にやにやと兄様の様子を見ていたら、セドリックが何かを差し出してきた。反射的に受け取って、俺は両手を上げた。

「お菓子!」

 なんか美味しそうなやつだ。中身はわからないがちょっと高そうな包みで非常によろしいと思う。

 ひとり喜んでいるとアロンが「いやそれ。さっき俺がとってきたやつ」と文句を言っている。どうやら彼が入手してきた代物らしい。だがもう俺の物だ。アロンにはあげない。

「もう満足したなら帰れ。俺は忙しいんだ」
「そんな忙しいアピールしてもあげないから」
「いらん」

 しっしと犬を追い払うかのような失礼な扱いをしたブルース兄様。お菓子をゲットした俺は上機嫌でアロンを振り返った。

「もうお菓子泥棒しちゃダメだよ」
「……はい」

 セドリックに背中を小突かれたアロンが渋々頷く。俺に捕まったことがよほど悔しいらしい。

「料理長が困ってたよ。毎日お菓子がなくなるって」
「……毎日?」

 なんだかやる気のなかったアロンが急に声を大きくした。

「毎日なくなっているんですか?」
「そう言ってたよ。料理長」

 おまえが毎日お菓子泥棒してるんだろうが。なんでそんなに驚いているのか。しかしアロンはそれは自分ではないと無茶な言い逃れを始める。

「俺はやっても週に一回くらいですよ。毎日なんてとんでもない。それは俺じゃないです」
「週一ではやってるんだ」

 なんかさらりと自白したな、こいつ。というか往生際が悪すぎる。毎日でなければ見逃してもらえるとでも思っているのか。なんてクソ野郎だ!

 ジト目でアロンを見つめていると部屋の冷たい空気に気がついたらしいアロンが声を大きくする。

「ほんとですって! 確かに俺はたまには余計なことをしますけど」
「たまにではなくない? 結構やってるよ」

 むしろアロンが余計なことをしない方が珍しい。だが彼は引かない。

「バレたらちゃんと認めてたでしょ! でも今回は違いますって。マジで俺じゃないです」

 眉を顰めたブルース兄様は完全に仕事の手を止めていた。

「おまえ以外にそんなことする奴居ないだろうが」
「そんなこと言われても。信じてくださいよ! 毎日はやってないです! それは俺じゃない」

 なんだかアロンにしては必死だな。
 いつも悪事がバレても開き直るか飄々とやり過ごすかのどちらかだ。それがこんなにも懸命に否定するのは珍しい。もしかして本当にアロンじゃない?

「とにかく! 俺は毎日はやってないです! そんなに暇じゃないです!」

 アロンの剣幕にブルース兄様も戸惑ったようだ。「おまえがそこまで否定するのは珍しいな」と首を捻っている。

 もし本当にアロンの仕業でないのなら、お菓子泥棒がもうひとり居ることになってしまう。そんなことってある?
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