上 下
77 / 577

72 無茶なお願い(sideアロン)

しおりを挟む
「だから、今からちょっと厨房に行って戸棚から保存用の菓子を盗んでこいと言っている」
「副団長。ついに頭がどうかなりましたか」

 あ、元副団長でしたねと訂正して、俺はいきなり眼前に現れたセドリックに困惑する。生真面目で有名なセドリックらしからぬセリフである。

 なんの前触れもなくブルース様の部屋にやって来たこともそうだし、どうやら本日の副団長殿は調子が悪いらしい。そんなんだから副団長から解任されるんだぞ。

「ブルース様。いまの聞きました? セドリック殿が俺に盗みをやれと脅迫してくるのですが」
「セドリック。どうした? 一体なにがあったんだ」

 心配そうに眉を寄せるブルース様も困ったように手を止めている。俺相手であれば問答無用で怒鳴りつけるくせになんだこの扱いの差は。

「実は」

 どうも原因はユリス様らしい。
 なんでもお菓子泥棒を捕まえると息巻いて厨房で張り込んでいるのだとか。

「それと今の脅迫はなんの関係が?」

 なんだか嫌な予感がした俺は、強気にセドリックを睨みつける。すると彼は「お菓子泥棒とはアロンのことだろう」と悪びれもせずに言ってのける。

「俺への侮辱ですよ。ですよね、ブルース様」
「そうか? アロン以外にいないだろ」

 こいつら。毎度のことながら俺の扱いが失礼すぎる。ムスッと腕を組んでみればセドリックがさっさと行けと背中を押してくる。行くわけないだろうに。

「そもそもユリス様の言うお菓子泥棒とやらが俺だという証拠はあるんですか」
「おまえ、ユリス様の前で厨房の菓子をくすねたらしいじゃないか。ジャンに聞いたぞ」

 あの従者め。口止めしたのになにをポロッともらしているのか。俺を犯人だと決めつけてくるセドリックと、「あいつ。また変な遊びをしやがって」と頭を抱えるブルース様。俺に勝ち目はなさそうだった。仕方がない。ここは将来のために恩を売っておこう。

「いいですよ。今回だけですからね。料理人が苦労していそうなのでユリス様を厨房から早々に引き離すためにそのお菓子泥棒とやらを演じてやりましょう」

 上手くいったら俺を副団長にしてくださいね、とブルース様を見やるが「それとこれとは話が別だ」とすげなく断られてしまう。俺がどれだけヴィアン家に貢献していると思っているのか。そろそろ昇任してもいい頃合だと思うけどな。

「適当にユリスに捕まってこい」
「了解でーす」

 主人の投げやりな指示にもきちんと従う俺は実に職務をまっとうしている。

 こうして俺はユリス様に捕まるために厨房を目指したのだった。


※※※


 うーん、これは。
 渋々厨房に向かった俺であったが、なんだろう。なんか嫌だな。

 というのもセドリックの話だとユリス様はお菓子泥棒とやらをとっ捕まえるために戸棚近くに隠れているらしい。

 隠れて、隠れてるんか、あれ。すごく丸見えなのだが。

 俺は今、厨房前の廊下にいる。入口からこっそり様子を伺っているのだが、なんというかユリス様が丸見えである。ついでに言うと横のティアンとジャンも見えている。あのふたりはそもそも隠れるつもりなんてないだろ。やる気のなさが見てとれる。

 ユリス様本人はごくごく真剣にテーブルの陰に潜んでいるつもりらしい。なぜテーブルの足元に隠れたのか。普通に考えて一切隠れきれていない。清々しいほどに見えている。

 俺、いまからあれに捕まりに行かなければならないのか。とんでもない屈辱である。一応ヴィアン家騎士団では諜報・潜入を主に担う立場である。隠密行動は得意だ。そんな俺があんな間抜けな罠に引っ掛かるとか冗談ではない。俺のプライドが許さない。

 ブルース様の命令と己自身のプライド。天秤にかけた結果、俺はにやりと口元をつりあげた。

「ブルース様! やりましたよ!」

 勢いよく部屋のドアを開け放てば「ご苦労だったな」と素っ気ない返事が返ってくる。こちらに一瞥もくれないブルース様に、俺は得意気に戦利品を突きつけた。

「見てくださいこれ。ユリス様に見つからないよう上手く盗んできましたよ! すごくないですか、俺!」
「捕まってこいと言っただろうが! 誰が普通に盗んでこいと言った!」

 頭ごなしに怒鳴りつけるブルース様の横で、セドリックが呆れた顔をしている。

 プライドを優先した俺は、ユリス様が料理人に近寄って焼き立ておやつの摘み食いをしている間にこっそり盗み出すことに成功していた。ティアンとジャンにも気が付かれなかった。我ながら完璧な仕事をしたと思う。

 しかしブルース様はお怒りのご様子だ。

「もう一度行ってこい」

 高圧的に指示されて肩をすくめる。仕方がない。今度こそ大人しく捕まってこようと思う。
しおりを挟む
感想 415

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!

柑橘
BL
王道詰め合わせ。 ジャンルをお確かめの上お進み下さい。 7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです! ※目線が度々変わります。 ※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。 ※火曜日20:00  金曜日19:00  日曜日17:00更新

処理中です...