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71 お菓子泥棒
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ザアザアと雨が降っている。
「今日はもしかしたら庭で遊べないかもしれないよ、ティアン」
「もしかしなくとも遊べませんよ。外見えてます?」
窓に打ちつける雫が邪魔で外の景色がよく見えない。鍵を外して全開にしようとすれば横からティアンに腕を掴まれた。
「ですから外見えてます? どう見ても大雨でしょ。開けないでください」
神経質なティアンは「まったくもう」と文句を言っている。
「ユリス様。今日はお部屋で遊びましょう」
苦笑するジャンは絶賛部屋の片付け中である。先程まで俺は暇すぎて戸棚の物を片っ端から引っ張り出していたのだ。最初は後片付けも手伝っていたのだが、俺が片付けるそばからジャンがやり直していくので早々にやめた。どうやら片付け方が違ったらしい。よくわからない。
ティアンも遊び相手という役割は名ばかりでまったく一緒に遊んでくれない。先程からしきりに俺に本を読めと言ってくる。おまえの趣味に俺を巻き込むんじゃない。セドリックはいつも通り無言だし。
そうして暇すぎる俺は名案を思いついた。
「ねぇ、ティアン」
「今度はなんですか」
「厨房に行こうよ」
「は?」
首を捻るティアンに、俺はたった今思いついた本日の計画を打ち明けた。
「お菓子泥棒を捕まえよう!」
「なんですって?」
器用に片眉を持ち上げるティアンの後ろで、セドリックも怪訝な顔をする。どうやら泥棒という物騒な単語に反応したらしい。
けれども俺は知っていた。この屋敷の厨房にはお菓子泥棒が定期的に出没していることを。捕まえてブルース兄様に教えてあげよう。きっと俺に感謝するに違いない。
そうと決まれば行動あるのみ。
さっさと部屋を出て厨房へ向かえば、慌てた様子のティアンとセドリックが続く。片付けに夢中になっていたジャンは一歩出遅れる。
厨房は屋敷一階。俺の部屋とは反対側にある。
廊下をダッシュで駆け抜ければ「走っちゃダメですよ!」とティアンの大声が飛んでくる。いやおまえも走ってるじゃん。
時刻はそろそろおやつの時間だ。お菓子泥棒を確保するにはちょうどいい時間帯。
厨房からは焼き菓子のいい匂いが漂ってくる。料理人がおやつの準備をしているらしい。ひょっこり顔を覗かせれば「ユリス様⁉︎」と驚きの声があちこちから聞こえてきた。
「今日のおやつなに?」
背伸びして確認すれば焼き立てらしいお菓子がみえた。名前はわからんがマドレーヌみたいな代物で俺の好きなやつだ。にんまり笑っているとティアンが「おやつの確認をしにきたんですか」と冷めた目で腕を組んでいた。
「違うよ。お菓子泥棒捕まえにきたんだって」
「なんなのですか。そのお菓子泥棒って」
「こっちきて」
厨房の奥に備え付けられている木製の大きな戸棚へ近付けば、ジャンが「あ」と小さく呻いた。どうやら思い出したらしい。あの時ジャンも一緒に居たもんね。
近くに居た料理人たちがさっと避けてくれたので遠慮なく手を伸ばした。一番下にある大きな扉を開け放てば、いつか見た通り日持ちのする市販の焼き菓子類が詰め込まれていた。
「……まさかこれをとりにきたんですか?」
「違うよ。今からお菓子泥棒がこれを奪いにくるかもだから見張っとくの」
そしてあわよくば捕まえようと思う。気分はさながら張り込み中の刑事だ。パタンと扉を閉めて、死角になるであろうテーブルの影にしゃがみ込む。
しかしティアンたちは動かない。厨房入口から丸見えの位置に突っ立っている。仮にこの状態でお菓子泥棒が来たら迷うことなく引き返すだろうよ。
「ちょっと。みんなも隠れて」
俺ひとり隠れても意味ないだろうが、まったく。
「まったくもって意味がわかりません」
呆れを隠さない様子で言ってのけたティアンは、しかし俺が手招きすれば隣に来てくれた。その隙にジャンが何やらセドリックに耳打ちしている。ジャンがセドリックに話しかけるのは珍しいな。
「ユリス様」
「どうした、セドリック」
ジャンとのお話が終わったらしいセドリックは頭を下げる。
「申し訳ごさいません。所用を思い出しましたので少し外してもよろしいでしょうか」
「どうぞー」
「ありがとうございます。なにかありましたらジャンにお申し付けください」
「はいはい」
ひらひらと手を振ればセドリックは厨房を後にする。彼は騎士団でも結構な実力らしくたまにこうやって居なくなることがあるから気にしない。
「ジャンも早く隠れて」
「はい!」
勢いよく返事をしたジャンが俺の後ろにしゃがみ込む。よしよし。あとは犯人がのこのこやって来るのを待つだけだ。
わくわくして身を小さくしていれば、ティアンがひどく真面目な声で問いかけてきた。
「ユリス様。この遊びいつ飽きますか?」
「遊びではない。真剣にやってるんだからお菓子泥棒捕まえるまで帰らない」
「だからそのお菓子泥棒ってなんですか」
ぐちぐち言うティアンは、今度はセドリックが逃げたと文句を垂れはじめた。セドリックはそんな奴じゃありません。仕事に行ったんだよ。
「今日はもしかしたら庭で遊べないかもしれないよ、ティアン」
「もしかしなくとも遊べませんよ。外見えてます?」
窓に打ちつける雫が邪魔で外の景色がよく見えない。鍵を外して全開にしようとすれば横からティアンに腕を掴まれた。
「ですから外見えてます? どう見ても大雨でしょ。開けないでください」
神経質なティアンは「まったくもう」と文句を言っている。
「ユリス様。今日はお部屋で遊びましょう」
苦笑するジャンは絶賛部屋の片付け中である。先程まで俺は暇すぎて戸棚の物を片っ端から引っ張り出していたのだ。最初は後片付けも手伝っていたのだが、俺が片付けるそばからジャンがやり直していくので早々にやめた。どうやら片付け方が違ったらしい。よくわからない。
ティアンも遊び相手という役割は名ばかりでまったく一緒に遊んでくれない。先程からしきりに俺に本を読めと言ってくる。おまえの趣味に俺を巻き込むんじゃない。セドリックはいつも通り無言だし。
そうして暇すぎる俺は名案を思いついた。
「ねぇ、ティアン」
「今度はなんですか」
「厨房に行こうよ」
「は?」
首を捻るティアンに、俺はたった今思いついた本日の計画を打ち明けた。
「お菓子泥棒を捕まえよう!」
「なんですって?」
器用に片眉を持ち上げるティアンの後ろで、セドリックも怪訝な顔をする。どうやら泥棒という物騒な単語に反応したらしい。
けれども俺は知っていた。この屋敷の厨房にはお菓子泥棒が定期的に出没していることを。捕まえてブルース兄様に教えてあげよう。きっと俺に感謝するに違いない。
そうと決まれば行動あるのみ。
さっさと部屋を出て厨房へ向かえば、慌てた様子のティアンとセドリックが続く。片付けに夢中になっていたジャンは一歩出遅れる。
厨房は屋敷一階。俺の部屋とは反対側にある。
廊下をダッシュで駆け抜ければ「走っちゃダメですよ!」とティアンの大声が飛んでくる。いやおまえも走ってるじゃん。
時刻はそろそろおやつの時間だ。お菓子泥棒を確保するにはちょうどいい時間帯。
厨房からは焼き菓子のいい匂いが漂ってくる。料理人がおやつの準備をしているらしい。ひょっこり顔を覗かせれば「ユリス様⁉︎」と驚きの声があちこちから聞こえてきた。
「今日のおやつなに?」
背伸びして確認すれば焼き立てらしいお菓子がみえた。名前はわからんがマドレーヌみたいな代物で俺の好きなやつだ。にんまり笑っているとティアンが「おやつの確認をしにきたんですか」と冷めた目で腕を組んでいた。
「違うよ。お菓子泥棒捕まえにきたんだって」
「なんなのですか。そのお菓子泥棒って」
「こっちきて」
厨房の奥に備え付けられている木製の大きな戸棚へ近付けば、ジャンが「あ」と小さく呻いた。どうやら思い出したらしい。あの時ジャンも一緒に居たもんね。
近くに居た料理人たちがさっと避けてくれたので遠慮なく手を伸ばした。一番下にある大きな扉を開け放てば、いつか見た通り日持ちのする市販の焼き菓子類が詰め込まれていた。
「……まさかこれをとりにきたんですか?」
「違うよ。今からお菓子泥棒がこれを奪いにくるかもだから見張っとくの」
そしてあわよくば捕まえようと思う。気分はさながら張り込み中の刑事だ。パタンと扉を閉めて、死角になるであろうテーブルの影にしゃがみ込む。
しかしティアンたちは動かない。厨房入口から丸見えの位置に突っ立っている。仮にこの状態でお菓子泥棒が来たら迷うことなく引き返すだろうよ。
「ちょっと。みんなも隠れて」
俺ひとり隠れても意味ないだろうが、まったく。
「まったくもって意味がわかりません」
呆れを隠さない様子で言ってのけたティアンは、しかし俺が手招きすれば隣に来てくれた。その隙にジャンが何やらセドリックに耳打ちしている。ジャンがセドリックに話しかけるのは珍しいな。
「ユリス様」
「どうした、セドリック」
ジャンとのお話が終わったらしいセドリックは頭を下げる。
「申し訳ごさいません。所用を思い出しましたので少し外してもよろしいでしょうか」
「どうぞー」
「ありがとうございます。なにかありましたらジャンにお申し付けください」
「はいはい」
ひらひらと手を振ればセドリックは厨房を後にする。彼は騎士団でも結構な実力らしくたまにこうやって居なくなることがあるから気にしない。
「ジャンも早く隠れて」
「はい!」
勢いよく返事をしたジャンが俺の後ろにしゃがみ込む。よしよし。あとは犯人がのこのこやって来るのを待つだけだ。
わくわくして身を小さくしていれば、ティアンがひどく真面目な声で問いかけてきた。
「ユリス様。この遊びいつ飽きますか?」
「遊びではない。真剣にやってるんだからお菓子泥棒捕まえるまで帰らない」
「だからそのお菓子泥棒ってなんですか」
ぐちぐち言うティアンは、今度はセドリックが逃げたと文句を垂れはじめた。セドリックはそんな奴じゃありません。仕事に行ったんだよ。
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