72 / 577
68 帰宅
しおりを挟む
「ところでおまえはいつまでユリス様を抱っこしているつもりだ」
「おまえじゃない。ベネット」
ついにはベネットに突っかかり始めたアロンを制止すれば、彼は目に見えて嫌そうな顔をする。なんだか不穏な空気を察知して、ベネットの首に手を回すとアロンが舌打ちした。ガラ悪いな。
「ユリスくん。そろそろベネットを返してくれないかな」
フランシスに優しく声をかけられるが、理想の長髪男子さんである。もう会えないかもと思うとなんだか別れ難い。左手でしっかり長髪を握れば、ティアンが半眼になっていることに気が付いた。なんだよ、なんか文句でもあるのか。
「ベネットってどこに住んでるの?」
「私はシモンズのお屋敷に勤めておりますので」
「シモンズ?」
どこそれ。
すかさずフランシスが「僕の家だよ」とウインクひとつ。キザな仕草だが様になっている。俺には到底真似できない。
「ベネットに会いたいならいつでも遊びにおいで。だからそろそろ彼を返して欲しいんだけど」
「……いや」
首を横に振れば、フランシスがやれやれと肩をすくめる。
「なんだか随分とベネットに懐いたみたいでね。どうにかならないかな」
「そいつのどこがそんなに気に入ったんですか」
アロンがちょっと切れ気味である。もはや優しいお兄さんの面影はない。もう少し猫を被ってくれてもいいんだけどな。仲良くなりたいとは思っていたが、誰も猫をかなぐり捨てろとは言っていない。
内心ニヤニヤしながらベネットの黒い長髪を愛でていると、こちらを見上げているティアンと目があった。その目がすっと細められる。
「ユリス様」
「なにティアン」
「まさかその者の髪が長いから気に入ったなんて馬鹿なことは言わないですよね」
「ティアン。よくわかってるな」
「やめなさい」
静かに苦言を呈したティアンは俺のことをよくわかっている。一方のアロンとセドリックは怪訝な顔だ。
「髪が長いから?」
首を傾げる一同に、ティアンは「あー」と困ったように説明を試みる。
「ユリス様は髪の長い方がお好みらしいですよ。というかこの話前にアロン殿にしましたよね?」
「したっけ?」
「あれしませんでしたっけ?」
考えるように視線を右上に向けたアロンは「あぁ、君が俺を嵌めようとしたやつね」と意地の悪い笑みを浮かべる。一体なにがあったんだよ、こいつら。
「ロニーを気に入ったのも長髪だからですよ」
「髪が長ければ誰でもいいんですか」
じっと視線が俺に集中する。
「セドリックも髪伸ばしなよ」
ずっと思っていたんだけどさ。セドリックって長髪似合いそうだよね。希望としてはぜひとも伸ばして欲しい。俺の要望にセドリックが虚をつかれた顔をする。
「お戯を」
静かに答えて口を閉ざしてしまう。セドリックとの会話は長続きしない。俺としてはもっとぐいぐいきて欲しいんだけどな。
その間にもベネットの長髪を堪能していると、ティアンがはっと口元に手を当てた。
「まさかベネットを追いかけて迷子になったとか」
さすがティアン。俺のことをよくわかっていらっしゃる。
※※※
「ただいま兄様! お土産ないよ!」
「ないのかよ」
アロンに抱っこされて帰宅した俺は、門前でお出迎えしてくれたブルース兄様に手を振った。横にはジャンもいる。
「ジャンにもお土産ないよ!」
「左様でございますか。ご無事でなによりです」
なんにも気にしていないらしいジャンは丁寧に一礼する。お土産ないと知ったら悲しんじゃうと思ったんだけどな。
フランシス、ベネットと別れた俺たちはその足で帰路についた。日が暮れる前に帰ってこいというブルース兄様の言葉を思い出したからだ。
行きは抱っこを渋ったアロンであったが、帰りは自ら抱っこを申し出てきた。おそらく俺が迷子になった件をブルース兄様に告げ口されたくないがための賄賂のつもりだろう。まったく困った奴だな。ティアンが「嫉妬は醜いですよ」とアロンを嗜めていたが、意味はわからない。まぁ、ティアンはお子様だからな。大人の真似をして難しい言葉を使いたいお年頃なのだろう。放っておくに限る。
「兄上には会ったか?」
「ううん。近くまでは行ったけどね。人が多くて見えなかった」
「そうか」
「ブルース兄様は仕事しないの? オーガス兄様は働いてるのに」
「俺も毎日働いてるだろうが」
偉そうに鼻を鳴らした兄様は屋敷に足を向ける。
「楽しかったか?」
「まあまあ」
「可愛くない奴だな。素直に楽しかったと言えんのか」
「は? 俺は可愛いですが?」
「どこから出てくるんだその自信は」
なにを言うのか、兄様め。ユリスはどこからどう見ても可愛い美少年だろうに。
「どこに行ったんだ」
「え?」
「だから。どこに行ってきたんだ」
「どこにも。そんな暇なかったし。あ、ジュースは飲んだ!」
半分アロンに奪われたけど。
俺がいかに悔しい思いをしたのか語って聞かせるが、兄様は怪訝な様子で眉を顰めている。
「帰りも遅いし、随分満喫していると思っていたのだが?」
「アロン探すのに時間かかったから」
「ユリス様!」
「あ」
すごい形相でアロンが俺の肩を掴んでくるが、たぶんもう遅かった。うっかり真実を語ってしまった。なんとか誤魔化さねば。
「い、いや。アロンはずっと俺の隣にいたよ。ほんとだよ。これっぽっちも離れてないよ。迷子なんてなっていない。俺嘘なんてついてないからね」
「ちょ! ユリス様、一旦黙りましょう?」
アロンが慌てて俺の口を塞いでくる。しかし一歩遅かったらしい。兄様がみるみる冷たい目になっていく。
「……おい、アロン」
「なんでしょうか。ブルース様」
「おまえまさかとは思うがユリスから目を離したのか?」
「そんな。ブルース様は俺がそんなヘマをするとでも?」
「するだろうよ」
「侮辱ですよ!」
頑張れ、アロン。なんとか誤魔化してくれ。
「おまえじゃない。ベネット」
ついにはベネットに突っかかり始めたアロンを制止すれば、彼は目に見えて嫌そうな顔をする。なんだか不穏な空気を察知して、ベネットの首に手を回すとアロンが舌打ちした。ガラ悪いな。
「ユリスくん。そろそろベネットを返してくれないかな」
フランシスに優しく声をかけられるが、理想の長髪男子さんである。もう会えないかもと思うとなんだか別れ難い。左手でしっかり長髪を握れば、ティアンが半眼になっていることに気が付いた。なんだよ、なんか文句でもあるのか。
「ベネットってどこに住んでるの?」
「私はシモンズのお屋敷に勤めておりますので」
「シモンズ?」
どこそれ。
すかさずフランシスが「僕の家だよ」とウインクひとつ。キザな仕草だが様になっている。俺には到底真似できない。
「ベネットに会いたいならいつでも遊びにおいで。だからそろそろ彼を返して欲しいんだけど」
「……いや」
首を横に振れば、フランシスがやれやれと肩をすくめる。
「なんだか随分とベネットに懐いたみたいでね。どうにかならないかな」
「そいつのどこがそんなに気に入ったんですか」
アロンがちょっと切れ気味である。もはや優しいお兄さんの面影はない。もう少し猫を被ってくれてもいいんだけどな。仲良くなりたいとは思っていたが、誰も猫をかなぐり捨てろとは言っていない。
内心ニヤニヤしながらベネットの黒い長髪を愛でていると、こちらを見上げているティアンと目があった。その目がすっと細められる。
「ユリス様」
「なにティアン」
「まさかその者の髪が長いから気に入ったなんて馬鹿なことは言わないですよね」
「ティアン。よくわかってるな」
「やめなさい」
静かに苦言を呈したティアンは俺のことをよくわかっている。一方のアロンとセドリックは怪訝な顔だ。
「髪が長いから?」
首を傾げる一同に、ティアンは「あー」と困ったように説明を試みる。
「ユリス様は髪の長い方がお好みらしいですよ。というかこの話前にアロン殿にしましたよね?」
「したっけ?」
「あれしませんでしたっけ?」
考えるように視線を右上に向けたアロンは「あぁ、君が俺を嵌めようとしたやつね」と意地の悪い笑みを浮かべる。一体なにがあったんだよ、こいつら。
「ロニーを気に入ったのも長髪だからですよ」
「髪が長ければ誰でもいいんですか」
じっと視線が俺に集中する。
「セドリックも髪伸ばしなよ」
ずっと思っていたんだけどさ。セドリックって長髪似合いそうだよね。希望としてはぜひとも伸ばして欲しい。俺の要望にセドリックが虚をつかれた顔をする。
「お戯を」
静かに答えて口を閉ざしてしまう。セドリックとの会話は長続きしない。俺としてはもっとぐいぐいきて欲しいんだけどな。
その間にもベネットの長髪を堪能していると、ティアンがはっと口元に手を当てた。
「まさかベネットを追いかけて迷子になったとか」
さすがティアン。俺のことをよくわかっていらっしゃる。
※※※
「ただいま兄様! お土産ないよ!」
「ないのかよ」
アロンに抱っこされて帰宅した俺は、門前でお出迎えしてくれたブルース兄様に手を振った。横にはジャンもいる。
「ジャンにもお土産ないよ!」
「左様でございますか。ご無事でなによりです」
なんにも気にしていないらしいジャンは丁寧に一礼する。お土産ないと知ったら悲しんじゃうと思ったんだけどな。
フランシス、ベネットと別れた俺たちはその足で帰路についた。日が暮れる前に帰ってこいというブルース兄様の言葉を思い出したからだ。
行きは抱っこを渋ったアロンであったが、帰りは自ら抱っこを申し出てきた。おそらく俺が迷子になった件をブルース兄様に告げ口されたくないがための賄賂のつもりだろう。まったく困った奴だな。ティアンが「嫉妬は醜いですよ」とアロンを嗜めていたが、意味はわからない。まぁ、ティアンはお子様だからな。大人の真似をして難しい言葉を使いたいお年頃なのだろう。放っておくに限る。
「兄上には会ったか?」
「ううん。近くまでは行ったけどね。人が多くて見えなかった」
「そうか」
「ブルース兄様は仕事しないの? オーガス兄様は働いてるのに」
「俺も毎日働いてるだろうが」
偉そうに鼻を鳴らした兄様は屋敷に足を向ける。
「楽しかったか?」
「まあまあ」
「可愛くない奴だな。素直に楽しかったと言えんのか」
「は? 俺は可愛いですが?」
「どこから出てくるんだその自信は」
なにを言うのか、兄様め。ユリスはどこからどう見ても可愛い美少年だろうに。
「どこに行ったんだ」
「え?」
「だから。どこに行ってきたんだ」
「どこにも。そんな暇なかったし。あ、ジュースは飲んだ!」
半分アロンに奪われたけど。
俺がいかに悔しい思いをしたのか語って聞かせるが、兄様は怪訝な様子で眉を顰めている。
「帰りも遅いし、随分満喫していると思っていたのだが?」
「アロン探すのに時間かかったから」
「ユリス様!」
「あ」
すごい形相でアロンが俺の肩を掴んでくるが、たぶんもう遅かった。うっかり真実を語ってしまった。なんとか誤魔化さねば。
「い、いや。アロンはずっと俺の隣にいたよ。ほんとだよ。これっぽっちも離れてないよ。迷子なんてなっていない。俺嘘なんてついてないからね」
「ちょ! ユリス様、一旦黙りましょう?」
アロンが慌てて俺の口を塞いでくる。しかし一歩遅かったらしい。兄様がみるみる冷たい目になっていく。
「……おい、アロン」
「なんでしょうか。ブルース様」
「おまえまさかとは思うがユリスから目を離したのか?」
「そんな。ブルース様は俺がそんなヘマをするとでも?」
「するだろうよ」
「侮辱ですよ!」
頑張れ、アロン。なんとか誤魔化してくれ。
621
お気に入りに追加
3,003
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!
柑橘
BL
王道詰め合わせ。
ジャンルをお確かめの上お進み下さい。
7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです!
※目線が度々変わります。
※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。
※火曜日20:00
金曜日19:00
日曜日17:00更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる