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68 帰宅

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「ところでおまえはいつまでユリス様を抱っこしているつもりだ」
「おまえじゃない。ベネット」

 ついにはベネットに突っかかり始めたアロンを制止すれば、彼は目に見えて嫌そうな顔をする。なんだか不穏な空気を察知して、ベネットの首に手を回すとアロンが舌打ちした。ガラ悪いな。

「ユリスくん。そろそろベネットを返してくれないかな」

 フランシスに優しく声をかけられるが、理想の長髪男子さんである。もう会えないかもと思うとなんだか別れ難い。左手でしっかり長髪を握れば、ティアンが半眼になっていることに気が付いた。なんだよ、なんか文句でもあるのか。

「ベネットってどこに住んでるの?」
「私はシモンズのお屋敷に勤めておりますので」
「シモンズ?」

 どこそれ。
 すかさずフランシスが「僕の家だよ」とウインクひとつ。キザな仕草だが様になっている。俺には到底真似できない。

「ベネットに会いたいならいつでも遊びにおいで。だからそろそろ彼を返して欲しいんだけど」
「……いや」

 首を横に振れば、フランシスがやれやれと肩をすくめる。

「なんだか随分とベネットに懐いたみたいでね。どうにかならないかな」
「そいつのどこがそんなに気に入ったんですか」

 アロンがちょっと切れ気味である。もはや優しいお兄さんの面影はない。もう少し猫を被ってくれてもいいんだけどな。仲良くなりたいとは思っていたが、誰も猫をかなぐり捨てろとは言っていない。

 内心ニヤニヤしながらベネットの黒い長髪を愛でていると、こちらを見上げているティアンと目があった。その目がすっと細められる。

「ユリス様」
「なにティアン」
「まさかその者の髪が長いから気に入ったなんて馬鹿なことは言わないですよね」
「ティアン。よくわかってるな」
「やめなさい」

 静かに苦言を呈したティアンは俺のことをよくわかっている。一方のアロンとセドリックは怪訝な顔だ。

「髪が長いから?」

 首を傾げる一同に、ティアンは「あー」と困ったように説明を試みる。

「ユリス様は髪の長い方がお好みらしいですよ。というかこの話前にアロン殿にしましたよね?」
「したっけ?」
「あれしませんでしたっけ?」

 考えるように視線を右上に向けたアロンは「あぁ、君が俺を嵌めようとしたやつね」と意地の悪い笑みを浮かべる。一体なにがあったんだよ、こいつら。

「ロニーを気に入ったのも長髪だからですよ」
「髪が長ければ誰でもいいんですか」

 じっと視線が俺に集中する。

「セドリックも髪伸ばしなよ」

 ずっと思っていたんだけどさ。セドリックって長髪似合いそうだよね。希望としてはぜひとも伸ばして欲しい。俺の要望にセドリックが虚をつかれた顔をする。

「お戯を」

 静かに答えて口を閉ざしてしまう。セドリックとの会話は長続きしない。俺としてはもっとぐいぐいきて欲しいんだけどな。

 その間にもベネットの長髪を堪能していると、ティアンがはっと口元に手を当てた。

「まさかベネットを追いかけて迷子になったとか」

 さすがティアン。俺のことをよくわかっていらっしゃる。


※※※


「ただいま兄様! お土産ないよ!」
「ないのかよ」

 アロンに抱っこされて帰宅した俺は、門前でお出迎えしてくれたブルース兄様に手を振った。横にはジャンもいる。

「ジャンにもお土産ないよ!」
「左様でございますか。ご無事でなによりです」

 なんにも気にしていないらしいジャンは丁寧に一礼する。お土産ないと知ったら悲しんじゃうと思ったんだけどな。

 フランシス、ベネットと別れた俺たちはその足で帰路についた。日が暮れる前に帰ってこいというブルース兄様の言葉を思い出したからだ。

 行きは抱っこを渋ったアロンであったが、帰りは自ら抱っこを申し出てきた。おそらく俺が迷子になった件をブルース兄様に告げ口されたくないがための賄賂のつもりだろう。まったく困った奴だな。ティアンが「嫉妬は醜いですよ」とアロンを嗜めていたが、意味はわからない。まぁ、ティアンはお子様だからな。大人の真似をして難しい言葉を使いたいお年頃なのだろう。放っておくに限る。

「兄上には会ったか?」
「ううん。近くまでは行ったけどね。人が多くて見えなかった」
「そうか」
「ブルース兄様は仕事しないの? オーガス兄様は働いてるのに」
「俺も毎日働いてるだろうが」

 偉そうに鼻を鳴らした兄様は屋敷に足を向ける。

「楽しかったか?」
「まあまあ」
「可愛くない奴だな。素直に楽しかったと言えんのか」
「は? 俺は可愛いですが?」
「どこから出てくるんだその自信は」

 なにを言うのか、兄様め。ユリスはどこからどう見ても可愛い美少年だろうに。

「どこに行ったんだ」
「え?」
「だから。どこに行ってきたんだ」
「どこにも。そんな暇なかったし。あ、ジュースは飲んだ!」

 半分アロンに奪われたけど。
 俺がいかに悔しい思いをしたのか語って聞かせるが、兄様は怪訝な様子で眉を顰めている。

「帰りも遅いし、随分満喫していると思っていたのだが?」
「アロン探すのに時間かかったから」
「ユリス様!」
「あ」

 すごい形相でアロンが俺の肩を掴んでくるが、たぶんもう遅かった。うっかり真実を語ってしまった。なんとか誤魔化さねば。

「い、いや。アロンはずっと俺の隣にいたよ。ほんとだよ。これっぽっちも離れてないよ。迷子なんてなっていない。俺嘘なんてついてないからね」
「ちょ! ユリス様、一旦黙りましょう?」

 アロンが慌てて俺の口を塞いでくる。しかし一歩遅かったらしい。兄様がみるみる冷たい目になっていく。

「……おい、アロン」
「なんでしょうか。ブルース様」
「おまえまさかとは思うがユリスから目を離したのか?」
「そんな。ブルース様は俺がそんなヘマをするとでも?」
「するだろうよ」
「侮辱ですよ!」

 頑張れ、アロン。なんとか誤魔化してくれ。
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